Catégories:“戯曲・詩”

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ポントコートの祝日にアーサー王が催していた宴の席で、騎士・キャログルナンが語ったのは、7年ほど前に冒険を探す旅に出た時のこと。旅の途中、不思議な泉の話を聞いたキャログルナンは、早速そこに向かいます。その泉の水は、大理石よりも冷たいのに煮え立っており、そこにある純金の盥で泉のそばの大きな石に水をかけると、たちまちひどい嵐が起こるというのです。そして話に聞いた以上の凄まじい嵐が起きた後、そこに現れたのは1人の騎士。キャログルナンは泉を守るその騎士と戦い、そして敗れることに。その話を聞いたキャログルナンの従弟の騎士・イヴァンは、翌朝早速その泉を目指すのですが...。

12世紀後半にフランスの詩人・クレティアン・ド・トロワによって書かれたという「獅子の騎士」の初の訳出、そしてその分析と解説をしたという本。
内容的には、以前読んだ「マビノギオン」(感想)の中のエピソードの1つとそっくりで、びっくりしました。中野節子訳「マビノギオン」では「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」、井辻朱美訳「シャーロットゲスト版 マビノギオン」では「泉の貴婦人」ですね。登場人物の名前は違うんですけど、本筋はあまりに似てるので、クレティアン・ド・トロワがマビノギオンのエピソードを書き直したのかと思ったほど。でもマビノギオンは、14世紀半ばに書き残されたルゼルフの白本とそれより後のヘルゲストの赤本が元になってるし、そもそも作られたのは早くても13世紀らしいんですよね。なのにクレティアン・ド・トロワがこの作品を書き上げたのは、12世紀後半のこと。どうやら直接的な相関関係はなさそうです。もちろん口承文学だし、根っこの部分は同じなんでしょうけどね。でもケルト色のとても強い「マビノギオン」に比べて、クレティアン・ド・トロワの作品は、ケルト色は濃いながらも、それ以上に「宮廷愛」の色の濃いものになっていました。さすがフランス宮廷のために書かれただけあって洗練されてますね。そして読んでいて面白いのは、この「獅子の騎士」の物語と平行して「荷車の騎士ランスロ」の出来事が起きているのが作中で分かること。いくつかの物語の存在が重なって、その世界が重層化していくなんて手法が、この時代の詩人によって使われていたというのがびっくりです。「荷車の騎士ランスロ」も読みたいなあ。(平凡社)

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夏至の前日の夕方、ダンとユーナの兄妹は、両親の地所で自分たちが「野外劇場」と呼んでいる場所に行き、3頭の牝牛相手に「夏の夜の夢」を演じます。おとうさんにシェイクスピアの戯曲を短く書き直してもらい、おかあさん相手に何度も練習して台詞を暗記したのです。上手く演じられて嬉しくなった2人は、思わず最初から最後まで3回も演じてしまうことに。そして腰を下ろして持ってきたおやつを食べようとした時、妖精のパックが現れて...。

妖精パックが連れてくる歴史上の人物たちが、自分の体験談をダンとユーナという兄妹に語り聞かせてくれるという形式の連作短編集。これを読む前にシェイクスピアの「夏の夜の夢」も再読しちゃいました。シェイクスピアに限っては悲劇の方が好きなんですが、「夏の夜の夢」はとても好きな作品。でも随分前に読んだっきりなので、細部はすっかり忘却の彼方... 読み返して良かった。現在の可憐な妖精像を作り出したのはシェイクスピアだとこの間読んだところなので、以前読んだ時とは違った部分に注目して読めたし、福田恆存氏の訳もすごく良かったし。右の画像は私が読んだ新潮文庫版。この表紙も素敵ですよねー。

で、こちらの「プークが丘の妖精パック」ですが、これもすごく面白かったです!
まず、なんで登場する妖精がパックだけなのか、他の妖精は今はどうしてるのかという部分で、パックの説明にはすごく説得力があったし... これは上手い。そして中で語られる物語を読んでいて、どことなくローズマリー・サトクリフの本の題名を連想しちゃうなと思っていたら(中身は読んでないので、題名だけ)、サトクリフもこの作品に影響を受けてるんだそうです。ちょっとびっくり。でもやっぱりこれは、他の作家さんに影響を与えるタイプの本だろうな。1つ1つのお話も面白かったし、大きな歴史の流れを追うという意味でもすごく面白かった。パック自身が、「どうだった? ウィーランドが剣を与え、その剣が宝をもたらし、宝が法律を生んだ。オークが伸びるように自然なことだ」と言ってますが、まさにその通りですねー。しかも読者にとっても2人の子供たちにとっても単に歴史の教科書に載ってるってだけだった出来事が、語られることによって生き生きと再現されてました。
でもどんなに面白い話を聞いても、家に帰る時間になると、子供たちはオークとトネリコとサンザシの魔法で全てを忘れちゃうんです。なんだか気の毒。もちろん次にパックに会った時に、ちゃんと全部思い出すことにはなるんですが...。ちなみにパックという妖精は、ケルト神話のプークが原型と言われてるので、この題名は要するにパックの丘のパックってことですね。偶然アメリカ版を見つけたら、表紙がラッカムでした。ラッカムの絵は表紙だけなのかしら。中も見てみたーい。(光文社古典新訳文庫)


+既読のラドヤード・キプリング作品の感想+
「少年キム」ラドヤード・キプリング
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「キプリング短篇集」キプリング

+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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大気の乙女・イルマタルは、波の上へと降り立った時に、澄んだ海の面を吹き渡る風によって身ごもります。しかし赤ん坊は700年もの間生まれようとせず、乙女は水の母として東に西に、北西に南へと泳ぎ続けることに。そしてようやく生まれたワイナミョイネンは、生まれた時から老人の姿をしていました。

世界三大叙事詩の1つ、フィンランドの叙事詩「カレワラ」。(他の2つは「イーリアス」と「ラーマーヤナ」) 以前にも読んだことはあるんですが(感想)、それは子供用の物語形式だったので、ちょっと欲求不満状態だったんですよね。ぜひ詩の形で訳されているものを読みたいと思っていたら、ようやく読めました! 嬉しい~。小泉保さん訳のこの本は、大満足。随分前に絶版になっているし、市内の図書館にも置いてなかったので、入手は大変だったんですけどねー。

「カレワラ」で一番面白いのは、魔法のかけ方。関係する事物の起源の呪文を唱えなければならないんです。例えば鉄による傷を治すなら、まず「鉄の起源の呪文」を唱え、続いて「鉄を罵倒する呪文」で鉄を支配。続いて「血止めの呪文」「軟膏の呪文」「守りの呪文」「包帯の呪文」という一連の呪文で治療することになります。しかもこの呪文というのは歌なんです。さっさと血止めをすればいいようなものなのに(笑)、みんな朗々と歌い上げちゃう。カッコいい。でもその事物の起源を知らなければ、傷を治せずに死んでしまうわけです。つまり必要な呪文を次々に唱えられる呪術師こそが、最も強いヒト。...この「カレワラ」の中で、ワイナミョイネンが必要な言葉を求めてアンテロ・ピプネンという巨人の口から身体の中に入ってしまう場面があるんですが、この時ピプネンは正体不明の異物を出してしまいたくて、「駆除の呪文」「不明な危害の根元の呪文」「自然の病気での保護の呪文」「厄病呪病の根元の呪文」「災禍抑制の呪文」「救援の呪文」「生地へ駆逐する呪文」「報復の呪文」「一般魔除けの呪文」「閉じ込めの呪文」「運び出しの呪文」「起動の呪文」「脅迫の呪文」「困惑の呪文」と次々に唱えて、その実力を見せ付けることになります。(結局排除できないんですけどねー・笑)
1~2章で軽く天地創造についても語られてるんですが、こういう呪文の中で新たな創造の一面が分かるのがまた面白いんですよね。

小泉保さんの訳はとても読みやすくて面白いし、解説も勉強になります。ただ、この世界の神々については、あんまり体系的に語られていない... というか、時々話のついでに登場する程度なんですよね。どうやら「カレワラ」こそが神話というわけでもないみたい。神話と重なる部分も多いはずだけど、これはあくまでもフィンランドの伝説に基づく叙事詩。純粋な神話も読みたいんだけど... そういう本はあるのかしら?(岩波文庫)

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イギリスのヴィクトリア朝の詩人・テニスンと明治時代の文豪・夏目漱石の共通項は、実はアーサー王伝説。テニスンはアーサー王伝説に題材をとって「シャロット姫」「国王牧歌」といった作品を書いていますし、夏目漱石も、マロリーの「アーサー王の死」やテニスンの詩を元に「薤露行(かいろこう)」という作品を書いてるんですね。漱石にこういう作品があったとは知らなかった。

ということで、まずテニスンの「シャロット姫」。
塔に1人で住んでいるシャロット姫は、外を直接見ると呪いがかかると言われているので、日々鏡の中を覗き込み、そこに見える情景を布の中に織り込んでいます。しかしそんなある日、鏡に騎士ランスロットが映り、シャロット姫は思わず窓の方へ... その途端、鏡は割れ、織物は飛び散ります。その後キャメロットに流れ着いたのは、息絶えたシャロット姫の遺体を載せた小船。
この詩には多くの画家も触発されたようで、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(こんなのこんなの... こんなのもありますね)やウイリアム・ホルマン・ハント(こんなの)など、ラファエル前派の画家によって多く描かれています。こんなページも発見。アガサ・クリスティの「鏡は横にひび割れて」もここから取った題名ですね。「赤毛のアン」のアンも、友達とシャロット姫ごっこをしてますし~。
そしてテニスンの詩に触発されたのは、夏目漱石も同様。
テニスンの「シャロット姫」では、ランスロットに恋し、その恋によって死んで小船で流れ着くのはシャロット姫ただ1人なんですが、漱石の「薤露行」では、塔からランスロットを見て死ぬシャロット姫と、ランスロットに恋して死んで小船でキャメロットへとたどり着くエレーンという2人の女性がいます。この女性のどちらもが、テニスンのシャロット姫とはまたちょっと違うんですねえ。塔のシャロット姫は怖いです。ランスロットを一目見た時、「シャロットの女を殺すものはランスロット。ランスロットを殺すものはシャロットの女。わが末期の呪いを負うて北の方へ走れ」なんてランスロットに呪いをかけた途端、「?(どう)と仆(たお)れ」て死にますし(いきなり...)、ランスロットが北へ向かう途中出会うエレーンは逆に、全然振り向いてくれないランスロットに焦がれながら死ぬんですが、自分を憐れに思って欲しいなんて手紙を書いて、死んだら手に握らせておいてくれと父親に頼んでます。思いが深いというか情が強いという点では共通していますけどね。

どちらの作品もとても美しいです。でも私にとって一読して簡単に理解できるような作品でもないので(こんな浅い記事ですみませんー)、味わいつつ噛み締めつつ、折に触れて読み返すことになりそうです。そうやって読み続ければ、そのうちもっと色々のことが感じ取れてくるでしょう、きっと。
それに対して、テニスンの「国王牧歌」はそれほど難しくないです。これは全12巻1万余行の叙事詩。叙情的な詩に比べると、やっぱり叙事詩は読みやすいー。でも、この詩集に収められているのは、最終巻の「アーサーの死」だけなんです。致命傷を受けたアーサーに頼まれたベデヴィア卿が3度エクスキャリバーを捨てに行く場面と、アーサーを乗せた船が去っていく場面。(こっちも船だ!) この「国王牧歌」が全部読みたいんですけど、どうやら日本語には訳されてないみたいで残念。原書で読むしかないのかなあ...。

「テニスン詩集」にも「倫敦塔・幻影の盾」にも、他にも色んな作品が載ってますし、もちろんそちらも読んでるんですが、今回の注目はアーサー王伝説ということで♪ (岩波文庫・新潮文庫)


+既読の夏目漱石作品の感想+
「夢十夜」「冥途」「猫町」
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「対訳 テニスン詩集」「倫敦塔・幻影の盾」夏目漱石

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「マビノギオン」は、イギリスのウェールズ地方で吟遊詩人たちによって伝えられてきた叙事詩。その後、「ヘルゲストの赤い本」「レゼルッフの白い本」といった本に書き残されることになり、それらに収められた11編の物語が、19世紀になって初めてシャーロット・ゲストによって英訳され、「マビノギオン」という題名で広く知られるようになったのだそうです。
左の「マビノギオン」は、中野節子さんがウェールズ語から日本語へと直接訳したという初の完訳本。右はシャーロット・ゲストが19世紀に英訳した本にアラン・リーが挿絵を描いたのを、井辻朱美さんが日本語に訳したというもの。こちらには、ウェールズに広く流布していたという「タリエシン」という短い物語も収められています。

11編のうちの最初の4編は、まさに超自然的なケルト神話の世界。そこから徐々に現実的な物語へと移り、後半になると、後にアーサー王伝説を作り上げることになる騎士道物語になっていきます。ただ、アーサー王自身も登場するし、アーサー王の宮廷の様子も垣間見えるんですけど、むしろ騎士たちのエピソードが中心なんですよね。ここには魔術師マーリンも登場しませんし(これが残念)、アーサー王自身のエピソードもほとんどありません。
この2冊、内容的にはほぼ一緒なんですが、ウェールズ語からの直接の翻訳と、英訳からの翻訳ということもあって、固有名詞の表記が結構違うんですよね。あとシャーロット・ゲスト版ではまるっきり書かれていなかったり、表現がぼかされてる部分が目につきました。例えば「ダヴェドの大公プイス」(シャーロット・ゲスト版では「ダヴェドの王子プウィル」)では、大公プイスとアラウン王がお互いの立場を密かに入れ替えて1年間過ごすというエピソードがあるんですけど、アラウン王が許可(?)してるのに、プイスは絶世の美女であるアラウン王の妃の体には触れようとしないんです。それが後に友情をさらに強くすることにもなるんですが、シャーロット・ゲスト版では、その辺りがまるっきり欠落してました。こういうのって、18~19世紀のモラルによるものなのかしら? 同じく18~19世紀の作家トマス・ブルフィンチの著作でも、性的な部分が色々と欠落してると聞いた覚えが...。
中野節子さんの日本語訳は、平易で読みやすいです。井辻朱美さんの訳は、わざと古めかしい日本語にしているので、慣れるまでがちょっと読みにくかったんですが、雰囲気はたっぷり。「蒼天なんじに報いたまわんことを」といった感じですね。どちらの本がオススメかといえば、ちょっと難しいですが... シャーロット・ゲスト版の方が美麗な挿画も入っているし、固有名詞の訳でも一般的な名称を使ってるので、純粋に物語として楽しむにはいいかも。(例えばアーサー王に関して、井辻訳では「アーサー」と表記してますが、中野訳では「アルスル」なんです) でも中野訳の方には詳細な解説や、人名や地名の一覧がついているので便利なんですよね。一長一短かな? 私にとっては、どちらも読んで正解でした。(JULA出版局・原書房)

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ローマ時代の詩人・オウィディウスによるギリシャ・ローマ神話。そのキーワードは、「変身」。神々の怒りによって、あるいは哀れみによって、あるいは気まぐれによって、植物や動物に変えられてしまうエピソードが250ほど、次々に語り手を変えながら語られていきます。下巻の後半になると、トロイア戦争とその後の物語へ。

子供の頃愛読していたブルフィンチの「ギリシア・ローマ神話」に「変身物語」のエピソードがかなり取り入れられていたし、ホメーロスの2つの叙事詩や様々なギリシャ悲劇作品も下敷きになってるので、既に知っている部分も多かったんですが、「変身物語」という作品として通して読むのは、今回が初めて。ものすごい量のエピソードが、語り手を代えながらも途切れずに続けられていくのがすごいです。元々は詩の形で書かれた作品が、すっかり散文調になってるのは残念だったんですが、訳注を最小限にとどめるようにしたという訳文はいいですね。ただ、ゼウスがユピテル、ヘラがユノー、アプロディテがウェヌスみたいに、神々の名前がローマ神話名になっているのがちょっと分かりにくい...。ローマ時代の詩人のオウィディウスがローマ神話名、というかラテン語名を使うのは当然としても、日本人にとっては、やはりギリシャ神話名の方が馴染みが深いですよね。なんで「ゼウス」や「ヘラ」じゃあダメだったんでしょう。

ここに描かれているのは、相変わらず人間以上に人間臭い神々の姿。懲りもせず浮気を繰り返すユピテル、自分の夫よりも相手の女に憎しみをぶつけるユノー、気侭な恋を繰り返す男神たち、自分よりも美しかったり技能がすぐれている女に嫉妬する女神たち。変身物語といえば、アントニーヌス・リーベラーリスの「メタモルフォーシス」もそうなんですが、こちらは未読。こちらには載っていないエピソードもあるそうで、興味をそそります。でもリーベラーリスの作品に比べると、こちらの方が遙かに人間や神々の心情を細やかに描いているみたい。まあ、確かに相当ロマンティックではありますね。(笑) それだけに、文学だけでなく、その後の芸術全般に大きな影響を与えたというのも納得なんですが。
この中では、ピュラモスとティスベのエピソードがシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にそっくりで、特に印象に残りました。そっかあ、シェイクスピアはここから題材を取ったのかあ。(岩波文庫)

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アーサー王伝説の中でも特に有名な、中世英語詩の傑作「サー・ガウェインと緑の騎士」、瑕疵ひとつない大切な真珠を失ってしまったという宗教的な詩「真珠(パール)」、王妃を連れ去られてしまい、竪琴だけ持って荒れ野に隠遁するオルフェオ王の物語「サー・オルフェオ」、そして緑の礼拝堂へと向かう前のガウェインの歌「ガウェインの別れの歌」の4編。14世紀に中英語で書かれた作品のJ.R.R.トールキンによる現代英語訳、の日本語訳です。(笑)

「サー・ガウェインと緑の騎士」に関しては、英語でなら大学時代に読んだんですけど、日本語できちんと読むのは初めてかも。子供の頃に、R.L.グリ-ンの「アーサー王物語」(岩波少年文庫)の中で読んで以来ですね。でも、英語版にも、この冒頭の部分はあったかなあ... トロイア戦争、ローマ建国、ブリテン建国に触れられている辺りにはまるで覚えがないです。トールキンの創作? 緑の騎士の外見の描写も、私が読んだのとはかなり違うから、やっぱり創作なのかも。私が思っていた緑の騎士は「緑色の鎧兜に身を固めた大柄な騎士」なんですが、ここに登場する緑の騎士はすごいんですもん。この表紙の絵もすごいですよね。左がその緑の騎士。これじゃあまるで原始人? 右の小さな人影がガウェインです。「この世(ミドルアース)に常ならぬものすごさ」「巨鬼(トロル)の半分ほどもあろうかというほどの巨躯」という文章が、まるで「指輪物語」みたいで、さすがトールキンの世界になってます。...とまあ、その辺りはいいんですが、散文の形に訳されているのが、やっぱりとても残念。頭韻を日本語に移し変えるのは不可能だと思うけど、やっぱり詩にして欲しかった。うーん。

「真珠」は一種の挽歌なのだそう。幼くして死んだ娘になぞらえた「真珠」に導かれて、エルサレムを垣間見る美しい詩。(これは詩に訳されていました) 「サー・オルフェオ」は、ギリシャ神話のオルフェウスの物語のブリテン版。王妃がなぜ突然連れ去られたのかは分からないんですが、王と王妃の愛情、そして王の人望の厚さが清々しい読後感。

アーサー王関連の物語も、色々読みたいんですよね。アーサー王の伝説に関しては、子供の頃からずっと好きだったんですが、例えば「アーサー王の死」や「トリスタンとイゾルデ」みたいな本家本元的作品や研究書ばかりで、アーサー王伝説に触発されて作った作品にはあまり目を向けてなかったのです。それが一昨年、マリオン・ジマー・ブラッドリーの「アヴァロンの霧」を読んで開眼してしまって! と言いつつ、なかなか本格的に手がまわらなかったんですが、ギリシャ神話関連もそろそろ一段落しそうだし(読みたいのはまだあるけど)、今度こそ色々読んでみようかと~。(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

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