Catégories:“石堂藍Fブックガイド”

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怪奇幻想文学からSF、純文学、児童文学、古典など幅広く網羅する「ファンタジー」。その捉え方は人によって様々です。分かるようで分からない、新しいようでいて実は古い「ファンタジー」を、19世紀のイギリスから現代の日本におけるファンタジーノベル大賞に至るまで、歴史的な流れに沿って概観する本。

ファンタジーというのは、基本的には現実ではない、空想の物語なんですが、やっぱりその時代からの影響を受けずにはいられないし、その時代の変革を色濃く反映するもの。小谷真理さんは、実際に一度、出版目録や専門事典に載っている全てのファンタジー作品を時系列上に並べて歴史の流れを見てみたことがあるのだそうです。これは、私もやってみたーい! 膨大な作業なので、実際にはなかなか無理だと思いますが、やっぱりファンタジー好きである以上、主な作品の流れぐらいは知っておきたいですし、やれば色々な発見がありそうです。そしてそんな歴史の流れが、この本の中ではとても分かりやすくまとめられていました。これはいいかもー。
ただ、ここに登場するファンタジーは、ハヤカワ文庫FTやハヤカワ文庫SF、創元推理文庫で出ているような大人向けのファンタジー作品が中心なんですよね。児童文学に含まれるファンタジーはほとんど出てきません。(未訳作品の紹介も多いので、実際にはなかなか読めない本も多いのが残念) だから、子供の頃にファンタジー好きだった、という程度ではとっつきにくいかも。紹介されてるような本をある程度読んでいないと、ちょっとキビシそうな気がします。入門編というよりも、ある程度ファンタジー作品を読んだ人間向け? 私は今年はかなりハヤカワ文庫FTを読んだので、既読作品が結構あったし、とても興味深く読めたんですが、去年のこの時期に読んでいたら、今の半分も面白くなかったでしょうね。でもだからといって、限られたページ数の中でそれほど深くつっこんでるわけでもないので、来年の今頃読んでたら、もしかしたら物足りなかったかもしれません... 分かりませんが。(丁度いい頃合に読めてラッキー♪)

ところで、この本を読んでいて一番驚いたのは、「指輪物語」についてのくだり。「指輪物語」が、「魔王サウロンと、妖精女王ガラドリエルの間で世界を分ける大戦争が起きる」物語だと説明されてるんですが... えっ、そうなの?! そういう読み方をするものなの?! だってガラドリエルって、ロスロリエンから応援してるだけの人じゃないですか! それにトールキンにとっては物語創作の始めから存在していた人物じゃないんですよー。後から出てきても、「シルマリル」を遡って書き換えさせたほどの人物ではありますけど、やっぱりそれはちょっと違うんじゃないかなあ。...と、それまで楽しく読んでいたのに、いきなり不安になった私です。^^; (ちくま新書)


+既読の小谷真理作品の感想+
「ファンタジーの冒険」小谷真理
「星のカギ、魔法の小箱」小谷真理

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神(アラー)の御心によって、イスラム教の第三天国にいる生と死を司る天使・イズライールの前に立っていたのは、妖霊(ジン)・ハーリド。ナジド王国の世にも美しいジフワー姫が結婚することになった時、その王子が嘘つきで偽善者と知り、殺してしまったハーリド。最初はアラーによる死を免れないと思われるのですが、王子がイスラム教を信じる気がないどころか、ジフワー姫や人々を異教に改宗させようとする不信心者だったと分かったため、ハーリドは命を救われ、購いとして人間としての生を与えられることに。そしてジフワー姫と結婚し、もし姫がハーリドへの愛に目覚めればハーリドには不死の魂を授けられ、愛に目覚めなければ地獄で焼かれることになったのです。

思いがけず、同じような場所が舞台の作品が続きました。でもダマール王国物語が昼の砂漠のイメージなら、こちらは夜です。華麗なアラビアンナイトの世界~。作品自体は100年以上前に書かれたものだし、言ってみればよくあるパターンではあるんですが、でもすごく素敵でした。ダマール王国物語も面白かったけど、比べてしまうと深みが全然違うなあ。
感情よりも理性が遥かに勝っているジフワー姫に自分を愛させることは、ハーリドにとって予想外の難問。ハーリドはまず戦争で勇敢に戦って勝利を収め、その勇気と強さを見せつけ、次に敵の城を落として夥しい戦利品を手に入れ、その後は美しい女性絡みでジフワー姫の嫉妬心を煽ろうとします。そしてその合間にも、愛について語ろうとするのですが... これがなかなかうまくいきません。もちろん、最後にはハーリドが姫の愛情を得るのだろうというのが予測できるんですけど、それまでの過程にイスラム教徒とその風俗や文化、世界観などが現れていてとても面白かったです。欲を言えば、ハーリドが妖霊だった時の場面を最初に少し見てみたかったかなあ。あとイスラム教の天国の描写をもっと読みたかったですね。でもきっと今の形の方が全体的なまとまりとしては良いのでしょう。子供の頃からアラビアンナイトは大好きだったし、やっぱりこの雰囲気には憧れます。(ハヤカワ文庫FT)

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両親が亡くなり、兄に呼ばれるがまま本国を船で発って、砂漠の町・イースタンにやって来た少女・ハリー。そしてある日イースタンに現れたのは、古くからある砂漠の王国、ダマール王国の王・コールラスでした。コールラスは、北方族の侵略に対して、イースタンの人々と共同戦線を張りたいと申し入れに来たのです。しかしイースタンの人々はその申し出を断り、数日後、コールラスは部屋で眠っていたハリーを人質としてひそかにダマール王国へと連れ出すことに... という「青い剣」と、「青い剣」では既に伝説となっているいにしえのイーリン姫の物語「英雄と王冠」。

ダマール王国シリーズ2冊。
ハリーの本国は、はっきりとは書かれてないのですが、19世紀~20世紀の華やかなりし頃の大英帝国という感じ。「青い剣」は、砂漠の国の王に攫われた背高のっぽの少女・ハリーが、伝説のイーリン姫の力も借りて成長し、いつの間にか英雄になっていくという物語です。攫われたハリーがやけに落ち着きすぎてるし(もちろん泣き寝入りぐらいはするんですが)、攫ったコールラスに対してまるで敵意を持たないし(丁重すぎるほど丁重に扱われるとは言っても、ねえ)、ダマールの人々とすっかり仲良くなってしまって、言われるがまま行動するのにはちょっと引っかかるんですが...(ストックホルム症候群?) でも、まあ、それに対する理由もないわけではないんですよね。その辺りを気にしすぎなければ、結構面白かったです。砂漠の民であるダマール王国の人々の旅の情景も鮮やかだし、脇役たちもとても魅力的。そしてダマール王国でも限られた人々の持つケラーという力が謎めいていて、興味をそそります。
「英雄と王冠」の方も面白かったのだけど、こちらは「青い剣」ほどではなかったかな。「青い剣」で語られるイーリン姫は、颯爽とした気の強いお姫さまのイメージなのに、本物は結構情けないし、それ以前に、構成がちょっと分かりづらくって。あと、イーリンと仲良しのトー王子が気に入ってたので、余計な男がしゃしゃり出て来てイヤだったというのもありました。(笑)
訳者あとがきによると、ダマール王国シリーズ第3作が予定されていたようなんですが、どうなってるのかな? もう書かれてないのかしら? まあ、この2冊で完結してる方がすっきりしてるかもしれませんが...。(ハヤカワ文庫FT)

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ニューヨークの共同墓地・ヨークチェスターに19年もの間隠れ住んでいるジョナサン・レベック。ある時ぐでんぐでんに酔っ払ってここに迷い込んで以来、鴉に1日2回の食事を運んでもらいながら、ここに暮らしているのです。幽霊を見ることができるレベックは、死者の話し相手となって相手の気持ちを落ち着かせたり、一緒にチェスをしたり、本を朗読する毎日。そんなある日、新たにマイケル・モーガンという男が墓地に埋葬されます。

以前「最後のユニコーン」を読んだ時に(感想)、ちょろいもさんがこの「心地よく秘密めいたところ」もいいと伺って、読もうと思っていた本。もっと早く読むつもりだったのに、ずいぶん遅くなってしまいましたー。(それでも1年は経ってないからまだマシなのだ)
まるで神話の世界のような「最後のユニコーン」とは違って、とても現実に近い物語なのだけど、独特の雰囲気は共通してますね。あくまでも静か。墓地が舞台の物語なので当然といえば当然なんですが、本当に静かに淡々と進んでいきます。途中、マイケルの死は毒殺なのか自殺なのかといった興味はあるんですが、基本的にはそれほど起伏のない物語。ただ、舞台が墓地で、死と隣り合わせだけに、とても登場人物たちの言葉に哲学的な雰囲気があるんですよね。レベック氏がマイケルに語る「死」というもの、静かに記憶がなくなっていくそのイメージが素敵です。人生から逃げ出したレベック氏や、夫を失って以来時間が止まっているようなクラッパー夫人にとって、ここはまさに「心地よく秘密めいたところ」。ここにいることは、人生における執行猶予期間なんでしょうね。人生半ばで死んでしまい、死んだ自分と向き合う時間を持つことになったマイケルやローラにとっても同様。まさにそれぞれにとっての「死」と「再生」の物語なのでしょう。
そしてこの作品で印象に残るのが鴉! ボロニヤ・ソーセージやローストビーフ・サンドイッチの重さによろけ、時にはトラックの荷台で休みながらも、レベック氏に食べ物を届け続け、皮肉な言葉を吐き続ける鴉の姿がとても微笑ましくて良かったです♪ こんな話を読んだら、鴉に対するイメージが変わっちゃうな。(そういえば、ジョージ・マクドナルドの「リリス」でも鴉が印象的だったなあ)

この作品は、ピーター・S・ビーグルが19歳の時に書いたものだと知ってびっくり。19歳でこういう作品が書けるものなんですか! てっきり、既に人生を重ねて老成した時期の作品かと... 凄いなあ。良かったです。(創元推理文庫)


+既読のピーター・S・ビーグル作品の感想+
「最後のユニコーン」ピーター・S・ビーグル
「心地よく秘密めいたところ」ピーター・S・ビーグル

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魔法の国ザンスシリーズの4作目と5作目。最初の3冊を読んだ時にすっかりおなかいっぱいになってしまって(感想)、これでオシマイにしておこうかななんて思ったんですが、読んでみたらやっぱり面白かった!
特に「魔法の通廊」の方は、読みながら何度も笑ってしまいました。これはザンスの外の魔法の存在しない世界(全部ひっくるめてマンダニアと呼ばれています)に行った王と女王が予定の1週間を過ぎても帰って来なくて、1作目の主人公ビンクの息子ドオアが探しに行く話。ドオアの魔法の力は、無生物と話す能力なんですよね。だからドオアがいると、石だの水だの壁だのが話し始めてとっても賑やか。たとえば、ドオアが城の堀の水に「知っていることを言え。でないと、この石をぶつけるぞ」と脅すと、水もおびえるんですけど、投げられそうになった石も「うへえ! こんなドロドロの汚水になんか、投げ込まないでくれ!」と言ってたり。(笑) 3巻の「ルーグナ城の秘密」もドオアが主人公で面白かったし、ドオアが主人公の話って実は結構好きかも。そしてこの4巻では、ザンスとマンダニアの地理的時間的繋がりが、初めて明らかになりました。これは色々冒険ができそうな設定ですねー。
5巻は、人喰い鬼のメリメリが7人の人外美女たちと旅をすることになる話。人喰い鬼なのに菜食主義者のメリメリは、気が優しくて力持ち。愛すべきキャラクターです。でも今回、知能(アイキュー)蔓の呪いですっかり賢くなってしまったり、魂の半分を取られて力が弱くなってしまったりと、アイデンティティの危機が! まあ、結末は想像がつくんですけど、意外と最後までじらして読ませてくれました。やっぱりこのシリーズは、もうちょっと読み進めよう。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「カメレオンの呪文 魔法の国ザンス1」ピアズ・アンソニイ
「カメレオンの呪文」「魔王の聖域」「ルーグナ城の秘密」ピアズ・アンソニイ
「魔法の通廊」「人喰い鬼の探索」ピアズ・アンソニイ
「夢馬の使命」「王女とドラゴン」ピアズ・アンソニイ

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地図屋のヤキン=ボアズは、何年もかけて息子にやる親地図を作り続けていました。そして息子のボアズ=ヤキンが16歳になった時、その地図を息子に見せることに。そこにはヤキン=ボアズが知っている全ての物事が書き込まれているのです。しかし息子が言ったのは、「ライオンは?」という言葉。ライオンは既に絶滅して久しいというのに...。そして数ヵ月後、ヤキン=ボアズは旅に出ます。1ヶ月経っても戻って来なかった時、ボアズ=ヤキンが親地図がしまってある引き出しをあけると、そこには地図はなく、「ライオンをさがしに行った」という書付が残されていました。

うーん、これは今ひとつ分からなかったです... とてもアレゴリカルな物語なのは分かるのですが...。荒俣宏さんの訳者あとがきに「ライオン」や、「ヤキン」と「ボアズ」という言葉について、色々と解説されていました。「ヤキン」と「ボアズ」はソロモンの神殿の2本の青銅の柱のことで、ユダヤ教とキリスト教にとってはとても重要なシンボル性を持つ言葉なのだそうです。...へええ。普通であれば、若い息子が冒険を求めて旅に出て、父親は家にいるものですが、この物語ではその逆。年老いた父親がまず家を出ています。探し求めるのは、既に失われてしまった「力」(ライオン)。父親は既に自分の妻の夜の相手ができなくなっているのですが、家を出てグレーテルに出会うことによって、そういった「力」の1つを取り戻しています。そして息子もまた父親を探す旅に出るのですが...。
帯にはピーター・S・ビーグルの「くやしい。ぼくは本書のような物語を書きたかったのだ!見事に先を越されてしまった」という言葉があったんですが、ピーター・S・ビーグルにそこまで思わせたものは何だったのか。うーん、私にはやっぱりよく分からない...。(ハヤカワ文庫FT)

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「マビノギオン」は、イギリスのウェールズ地方で吟遊詩人たちによって伝えられてきた叙事詩。その後、「ヘルゲストの赤い本」「レゼルッフの白い本」といった本に書き残されることになり、それらに収められた11編の物語が、19世紀になって初めてシャーロット・ゲストによって英訳され、「マビノギオン」という題名で広く知られるようになったのだそうです。
左の「マビノギオン」は、中野節子さんがウェールズ語から日本語へと直接訳したという初の完訳本。右はシャーロット・ゲストが19世紀に英訳した本にアラン・リーが挿絵を描いたのを、井辻朱美さんが日本語に訳したというもの。こちらには、ウェールズに広く流布していたという「タリエシン」という短い物語も収められています。

11編のうちの最初の4編は、まさに超自然的なケルト神話の世界。そこから徐々に現実的な物語へと移り、後半になると、後にアーサー王伝説を作り上げることになる騎士道物語になっていきます。ただ、アーサー王自身も登場するし、アーサー王の宮廷の様子も垣間見えるんですけど、むしろ騎士たちのエピソードが中心なんですよね。ここには魔術師マーリンも登場しませんし(これが残念)、アーサー王自身のエピソードもほとんどありません。
この2冊、内容的にはほぼ一緒なんですが、ウェールズ語からの直接の翻訳と、英訳からの翻訳ということもあって、固有名詞の表記が結構違うんですよね。あとシャーロット・ゲスト版ではまるっきり書かれていなかったり、表現がぼかされてる部分が目につきました。例えば「ダヴェドの大公プイス」(シャーロット・ゲスト版では「ダヴェドの王子プウィル」)では、大公プイスとアラウン王がお互いの立場を密かに入れ替えて1年間過ごすというエピソードがあるんですけど、アラウン王が許可(?)してるのに、プイスは絶世の美女であるアラウン王の妃の体には触れようとしないんです。それが後に友情をさらに強くすることにもなるんですが、シャーロット・ゲスト版では、その辺りがまるっきり欠落してました。こういうのって、18~19世紀のモラルによるものなのかしら? 同じく18~19世紀の作家トマス・ブルフィンチの著作でも、性的な部分が色々と欠落してると聞いた覚えが...。
中野節子さんの日本語訳は、平易で読みやすいです。井辻朱美さんの訳は、わざと古めかしい日本語にしているので、慣れるまでがちょっと読みにくかったんですが、雰囲気はたっぷり。「蒼天なんじに報いたまわんことを」といった感じですね。どちらの本がオススメかといえば、ちょっと難しいですが... シャーロット・ゲスト版の方が美麗な挿画も入っているし、固有名詞の訳でも一般的な名称を使ってるので、純粋に物語として楽しむにはいいかも。(例えばアーサー王に関して、井辻訳では「アーサー」と表記してますが、中野訳では「アルスル」なんです) でも中野訳の方には詳細な解説や、人名や地名の一覧がついているので便利なんですよね。一長一短かな? 私にとっては、どちらも読んで正解でした。(JULA出版局・原書房)

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