Catégories:“石堂藍Fブックガイド”

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以前エドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」を読んだんですけど(感想)、このシラノ・ド・ベルジュラックという人は、ロスタンの創作ではなく、17世紀に実在した人物。本物のシラノは戯曲のシラノとは多少人格が違うみたいなんですが、その多才ぶりは確かだったようです。そして本物のシラノの代表作が、この「日月両世界旅行記」。
これはSF小説(「空想科学小説」と言った方が相応しいかも)のはしりと言えそうな作品で、月と太陽の世界へ旅する奇想天外な旅行記となっています。丁度「ガリヴァー旅行記」みたいな感じですね。「ガリヴァー旅行記」は随分前に読んだきりなので、あんまりちゃんと覚えてないんですが、どことなく精神疾患的なイメージのスウィフトとは違って、同じように風刺小説になっていても、こちらはもっとおおらかで朗らかな感じがします。キリスト教に関して、結構痛烈なことを書いてるので、後が大変だったんじゃないかと思うんですが...。何て言っても、月の世界にはエデンの園があるんですもん!(笑) アダムとイヴが追放された今は、エノクやら預言者エリヤやらが住んでいる様子。あと月の世界には4つ足で歩く人獣の国があり、太陽の国には鳥の国や哲学者の国があります。
でも、ユーモアたっぷり風刺たっぷりで、面白いことは面白いんですけど、たとえばこの作品が書かれた頃の天動説派と地動説派のバランスとか、当時の思想や最先端の科学についてもう少し知ってれば、もっと楽しめたんだろうなあって思うんですよね。思わず流し読みしてしまう部分もあって、なんだか勿体ないことしちゃいました。あ、でもロスタンの描くシラノ・ド・ベルジュラックも良かったんですが、本物の方が破天荒ぶりが優っているようで、見てる分には楽しそうな人物です。(岩波文庫)

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ウィラン・サーガ全3巻。オーストラリアの原住民・アボリジニの青年を主人公にしたファンタジーです。
オーストラリアのファンタジーとは珍しいですね。もしかしたら私、ファンタジーに限らず、オーストラリアを舞台にした小説を読むのって初めてかもしれません。そういえばオーストラリア出身の作家さんというのも全然知らないし。
オーストラリアといえば南半球。当たり前のことなんですが、北半球とはまるで逆なんですよね。私が生まれ育った日本は北半球の国だし、読んでる本もほとんど北半球の人間によって書かれた本ばかり。「北国」と聞けば反射的に「寒い」と思うし、「春」と聞けば、まず4月や5月頃を思い浮かべてしまうので、最初は少し戸惑いました。南に向かう旅が「どんどん寒くなる」と書いてあってもピンと来ないし、10月末が夏だっていうのにも、「...えっ?」状態。確かに半年ずらすと4月末。うちの辺りではそろそろ半袖を着始めたりしますけど... でも夏って言うには早いですよねえ。なんて未だに思っちゃう部分はあるんですが、馴れてしまえば大丈夫。アボリジニの伝承に伝わる土着の精霊たちなどが多く登場して、現代のオーストラリアという舞台にしっくりと馴染んでるのを見てると、北半球のファンタジーには見られない個性がとても楽しかったです。
でもアボリジニのことも精霊たちのことも大地のことも、とても興味深かったし、面白かったんですけど... 物語としては、あと一歩踏み込みが足りないというか、最後の詰めが甘い気も...。オーストラリアの土着の精霊には馴染みが薄いから、それだけで面白く読んでしまうんですけど、欧米のファンタジーでいくらエルフだのドワーフだのが沢山登場しても、それだけじゃあ話にならないですもんね。そういう意味では、精霊たちが舞台背景で終わってしまって、今ひとつ生かしきれてないような、勿体ない印象が残ってしまいました。アボリジニの、大地に根ざして生きる民としてのメッセージ性は十分感じられたし、色々と考えさせられるのだけど... この作家さん自身は、アボリジニではないわけで。
でも、それはともかくとして、アボリジニについてはもっと何か本を読んでみたくなりました。日本の作家さんでは、上橋菜穂子さんが興味を持ってらっしゃると聞いたことがあるんですけど、守り人シリーズにも、アボリジニの影響が色々とあったりするのかな。調べてみると、「隣のアボリジニ」という本があるので、今度読んでみようかしら。アイヌやインディアンもそうだけど、アボリジニの歴史にも、なかなか凄まじいものがありそう。これはノンフィクションなのかな? そうだったらいいな。(ハヤカワ文庫FT)

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古代バビロンの研究をしている考古学者のフォーサイスがジョン・ケントンに送ってきたのは、巨大な石盤。ケントンは早速、石盤に刻まれた古代楔状文字の碑文を調べ始めます。そこにあったのは、光の女神イシュタル、暗黒神ネルガル、知恵をもたらす青の神ナブ、そしてザルパニトとアルサルという名前。そして調べているうちに、ケントンは石盤の中に何かが閉じ込められていたことに気づきます。それは宝石で作られた1隻の魔法の船でした。

古代バビロンの石盤から美しい帆船が出てくる辺りはとても素敵だし、気づいたらケントン自身がその船に乗り込んでいたという展開も、かなり好きなパターン。女神イシュタルは暗黒神ネルガル、知恵の神ナブ、そしてその巫女や神官たちという設定も異国情緒たっぷり。でも、魅力的な設定の割に、物語自体はどうも...。主人公がつまらなさ過ぎです。考古学好きの普通の青年の人生が一変してしまうという辺りはまだしも、奴隷になって帆船を漕ぐうちに、頭の中まですっかり筋肉になってしまったみたい。彼が考えているのは、シャラーネという美女のことばっかりだし、それ以外のことでは仲間と一緒にやりたい放題。ケントンが逞しくなった途端に優しくなるシャラーネの造形も含めて、あまりに男性作家的な物語の展開にはがっかりです。(ハヤカワ文庫FT)

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恋人のアンジーが、大学の研究室の霊体投射実験でどこかに転送されてしまった?! 目の前でアンジーが消えてびっくりしたジムは、早速自分も同じように投射してもらうのですが、気がついた時、ジムの意識はなんとドラゴンの中に入り込んでいて...。

中世のイギリスらしき場所に飛ばされてしまい、しかもドラゴンの身体の中に入り込んでしまったジムが、アンジーと一緒に現代アメリカに戻るために、魔法使いや騎士、弓矢の名人、言葉を話す狼、ドラゴン仲間などの協力を得て、「暗黒の力ある者たち(ダーク・パワーズ)」を滅ぼすという、言ってみれば正統派のファンタジー。
設定もいいんですけど、何よりも登場人物たちが魅力的で良かったです。種族も気質も様々な寄せ集めの仲間なんですけど、下手に同じ志を持たせたりしないで、それぞれの思惑の通りに進んでいくと最終的に目的が一致するという辺りもいいんですよねえ。ただ単に悪を倒すというんじゃなくて、運命と歴史のバランスを保つという論理も面白かったし。
ラストも意外性たっぷり。霊体投射実験って一体何だったのかしら? この世界は結局パラレルワールドだったのかしら? なんて良く分からなかった部分もあるんですが、続きがあるそうなので、これはぜひ読んでみたいです。(ハヤカワ文庫FT)

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題名の「ムルガー」とはサルのことで、要するにサルが主人公のファンタジーです。本国イギリスでは、トールキンの「ホビットの冒険」が出るまでは、並ぶ作品がないと言われるほど評価されてたそうなんですけど... うーん、読みにくかったです。沢山いるサルの種類にも、食べ物や樹木の名前にもムルガー語の名前がついてて、それを追うのが大変なんですよね。巻末に「ムルガー語小辞典」がついてるんですけど、そんなのをいちいち調べてたら、話の流れになんて、とてもじゃないけど乗れませんー。脇役として登場する人間や水の精が印象的だったし、厳しい冬の情景がとても綺麗だっただけに残念。この厄介なムルガー語さえなければ、もっと楽しめたでしょうに。

この作品はハヤカワ文庫FTと岩波少年文庫から出てますが、どちらも絶版状態。読んだのはハヤカワ文庫なんですが、岩波少年文庫の画像があったので、そちらを載せておきますね。訳者さんは同じなのでどちらを選んでも一緒だろうと思ったんですが、岩波少年文庫の方が新しくて、色々と手を加えてあるようです。岩波少年文庫版を選んだら、もっと読みやすくて良かったのかも... 図書館にあったのに、惜しいことしちゃいました。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のウォルター・デ・ラ・メア作品の感想+
「妖精詩集」W.デ・ラ・メア
「ムルガーのはるかな旅」ウォルター・デ・ラ・メア
「昨日のように遠い日 少女少年小説選」

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子供の頃大好きだった「クローディアの秘密」と、今回初読の「エリコの丘」。
「エリコの丘」は河合隼雄さんの「ファンタジーを読む」に紹介されていた作品。それで興味を持ったんですけど、以前一度読もうとした時は、どうも文章そのものが受け付けなくて挫折。でもその後調べてみると、どうやら小島希里さんの訳は相当評判が悪かったらしいですね。読者だけでなくカニグズバーグ本人からも色々と指摘が来て、岩波は小島希里訳作品の全面改訂に踏み切ったのだそう。ということで、今回読んだのは、以前の訳に金原瑞人さんが手を入れたという新訳です。やっぱり全然違う! あのまま我慢して読み続けなくて本当に良かった。

でも読みやすくなって、「エリコの丘」も素敵な話だったんですけど、やっぱり「クローディアの秘密」の方が上だったかな。
これは小学校6年生のクローディアと3年生のジェイミーという姉弟がある日家出をするという話。でも家出とは言ってもそんじょそこらの無計画な家出じゃなくて、クローディアが綿密な計画を立てた家出。宿泊予定は、ニューヨークのメトロポリタン美術館だし!...同じような趣向の作品はいくつか読んだことがありますが、多分この作品が一番最初。本国では1967年に発表された作品なので、もう40年近く経ってることになるんですけど、全然話が古くないどころか、今読んでもワクワクしちゃう。そして肝心のクローディアの「秘密」については、大人になった今読んだ方が理解できたかも。その辺りもじっくりと楽しめました。
「エリコの丘」は、女優志願のジーンマリーと科学者志望のマルコムが、ひょんなことから、もう亡くなってる女優のタルーラに出会って、彼女に頼まれた仕事をするという話。このタルーラが素敵なんです。成熟した大人の女性で、美人というより個性的なのに、その個性で自分を美しく見せちゃうような人。ジーンマリーとマルコムは不思議な機械を通って、誰からも見えない姿になって活躍するんですけど、この「見えない」ということから、色んなことを学ぶんですよね。考えてみれば、どちらの作品も目に見えない部分をとても大切にしている作品でした。

「エリコの丘」をこれから読まれる方は、2004年11月に改訂された新訳を選んで下さいね。「金原瑞人・小島希里訳」って感じになってますので。以前の版は絶版になったそうなんですが、図書館だと旧訳を置いてるところの方が多そうですし。
カニグズバーグの作品は、岩波少年文庫から何冊か出ていて、すごく読みたいんですけど、「ティーパーティーの謎」と「800番への旅」は小島希里訳なので、ちょっと読む気になれない... 早く新訳が出ればいいのですが。あ、「魔女ジェニファとわたし」は、「クローディアの秘密」と同じ松永ふみ子さんの訳ですね。こちらを先に読んでみようっ。(岩波少年文庫)


*既刊のE.L.カニグズバーグ作品の感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ
「ティーパーティーの謎」「800番への旅」「ベーグル・チームの作戦」カニグズバーグ

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22歳の青年・コランは、働かなくてもいいだけの資産を持ち、腕の良い料理人を雇っていて、毎週のように友人のシックを夕食に招く生活。シックは、技師としての乏しい給料からジャン・ソオル・パルトルの著作を買うのを楽しむ青年。シックにアリーズという恋人ができ、コランにも、アリーズの友達のクロエという恋人ができて、じきにコランはクロエと結婚。コランは、シックとアリーズの結婚も願って、自分の資産のうちの4分の1をシックに贈るのですが、シックはその金でパルトルの著作を買いあさり始めます。そしてクロエが、睡蓮の花が肺の中に咲くという奇病にかかり...。

レーモン・クノーによると「現代の恋愛小説中もっとも悲痛な小説」、ピエール・マッコルランによると「現代の青春の稀有な書物」という、とても不思議で、美しくて、そして哀しい作品。先日のたらいまわし企画「教えてください!あなたのフランス本」でLINさんが挙げてらした本です。(記事
冒頭から奇妙な描写がいくつも出てきて、おや?とは思ってたんです。コランが鏡を覗き込むと、ニキビは自分たちの姿が拡大鏡に映るのを見てびっくりして皮膚の下に逃げ込むし、バスマットに粗塩をふりかけると小さなシャボン玉が無数にふきだすし、洗面台の蛇口からはパイナップル味のはみがき粉目当てでウナギが顔を出して、それをパイナップルで釣って料理に使ってるし... 演奏をすると本当のカクテルを作るというカクテルピアノも登場。コランとクロエの初デートに登場する小さな薔薇いろの雲は、肉桂入りの砂糖の匂い♪ (ジョルジュ・サンドの作品にも薔薇いろの雲が登場するんですけど、これって慣用句か何かなのでしょうか) それでも最初は、話自体は普通に展開するんだろうと思ってたんです。でもふと気づけば、どんどん思わぬ方向へ... クロエの病気のせいで、コランの家が変容し始める辺りなんて、すっごくシュール。まさかこんな展開になるとは思ってもいませんでしたよー。びっくり。序盤がとても繊細で綺麗なだけに、終盤の痛ましさや残酷さが印象に残ります。もう、読んでいるこちらの精神状態まで左右されてしまいそう。でも、そこまでブラックなのに、やっぱり美しいというのが、また凄いんですよね。いやあ、面白かった。読み終わった途端に、もう一度最初から読みたくなりました。
ちなみにシックが狂信的に入れ込んでいるジャン・ソオル・パルトルは、ジャン・ポール・サルトルのこと。本来の作品名の「嘔吐」も、「はきけ」「へど」などの言葉で置き換えられています。あまり分からなかったけど、他にも 色々とあるんでしょうね。(新潮文庫)


+既読のボリス・ヴィアン作品の感想+
「日々の泡」ボリス・ヴィアン
「心臓抜き」ボリス・ヴィアン
「アンダンの騒乱」「ヴェルコカンとプランクトン」ボリス・ヴィアン

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