Catégories:“幻想文学1500”

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ウォルターは美しく優しく賢い若者。しかし、お互いに恋に落ちて結婚したはずの美しい妻に裏切られ、富裕な商人である父の船に乗って他国を色々と見て回りたいと考え始めます。船出の前日、波止場で目に入ったのは奇妙な3人組でした。最初の1人は暗褐色のぞっとするような肌色をした小人。次は20歳ほどの花のように美しい、しかし右足のくるぶしに鉄の環をはめた乙女、そして最後は、背が高く威厳に満ちた、あまりの美しさでじっと見つめることができないような貴婦人。ウォルターは故郷を後にした後、再びその3人連れを目にすることになります。

「輝く平原の物語」と同じような、こじんまりとした中編。モリスの晩年である60代の頃に書かれたという作品です。でも「輝く平原の物語」や「不思議なみずうみの島々」のように水を越えて異界へと旅立つのではなくて... こちらの作品でも海を越えてはいるんですけどね。異界への入り口は岩壁の「裂け目」。
この作品を読んでいて一番感じたのは、「ナルニア」のC.S.ルイスへの影響。美しいけれど傲慢な貴婦人は、丁度ナルニア国に出てくる女王・ジェイディスのようだし、この世界の描写とか異界への入り方は、「銀のいす」のイメージ。別にそっくりというわけじゃないし、実際違う部分も多いんだけど、読み始めてそれが頭に一旦浮かんできたら不思議なほどしっくりきて、すっかり頭から離れなくなってしまいましたー。
相変わらずの豊かなイメージ、森の中の瑞々しい描写を楽しめたんですが、純真な乙女のはずの「侍女(メイド)」の狡猾さに驚かされたり、「女王(レイディ)」の最期の呆気なさにはこちらが呆気に取られたり。ウォルターの故郷の話はどうなっちゃったの? 行きて還りし物語ではなかったの? 形式的ではあっても、最後はきちんと閉じてくれる物語の方が好きだし、安心できるんだけどなあ...(笑)

ということで、晶文社のウィリアム・モリス・コレクションを読んできたんですが、「アイスランドへの旅」だけが入手できてなくて読めない状態。これは、アイスランド・サガゆかりの地を訪ねた6週間の旅の紀行文だそうです。私もアイスランド・サガにはものすごく興味があるので、とても読んでみたいのだけど、残念。でも、いずれ読むぞー。(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

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12歳のアブリにとって初の旅となったのは、父が引き連れる小さなラクダの隊商に入って、同じ砂漠に住む別の遊牧の民を訪ねる旅。そしてその帰り道に一行が出会ったのは、1人で旅をしている見知らぬ男でした。スレイマンという名のその男は、昔話の語り部。彼は一行に加わることになり、帰り道の間、一行がお茶や食事で休むたびに物語を語ることになります。

日常&読んだ本log のつなさんのところで知った作品です。(記事
舞台となっているのは現代のサハラ砂漠なんですが、砂漠の民は昔ながらにラクダの隊商を引き連れて旅をして、語り部は昔話を語っています。アブリの希望で、スレイマンの語る物語には車や飛行機や電灯が登場するんですが、実際には魔法と冒険の物語。水の妖精ペリが登場して捨て子のサイードに贈り物をするところなんかを見ても、昔ながらの物語といった感じですしね。でも昔話の語り手と言えば、既に存在している話を自分なりにアレンジしながら語っていくものなのかと思っていたんですが、ここに登場するスレイマンの物語は違いました。隊商の面々の助けを得ながら、身の回りに現れる様々な物にインスピレーションを得ながら、物語を聞き手と一緒に作り上げていくんです。どんな話を聞きたいか聞き手に尋ねるのは当然としても、その後はかなり成り行き任せ。これが面白い~。スレイマンによると物語には3つの種類があって、1つはまず本当に起きた出来事が物語になったもの、次は夢が物語になったもの。そして最後は周囲にある物から紡がれた物語なのだそう。ここで語られてるのはこの最後のタイプの物語ですね。語っているスレイマン自身にも、話がどんな風に発展していくのか分かりません。ただ、周囲に現れる事象を見逃さないように気をつけながら、物語を絨毯のように織り上げていくだけ。
スレイマンの語る物語の主人公・サイードの旅は、宝物を探す旅。サハラ砂漠のニジェール河に始まり、モロッコや、エジプトのカイロ、北イエメンの首都サヌア、そして再びニジェール河へとサハラ砂漠の周囲を巡る旅。出会いと別れを繰り返しながらの物語は、最後の最後で意外な方向へ。いや、この最後がいいですね。まさかこんな風に繋がっていくとは!

そして物語を語るたびに、その締めくくりに登場する言葉も素敵。

誉むべきかな、アッラーの神。われらに言葉を授け、昔語りをする術を与えたまいしアッラーの神に感謝!

これこれ、こういうのが好きなんです♪ これは手紙の最後の署名のように、語り手それぞれに決まった言葉があるのだそう。
この物語の作者はドイツ人なんですが、本が読めるようになった頃からずっとアラビアの世界に魅せられて来たんですって。うんうん、分かる~。ものすごく伝わってきます。いや、もう雰囲気たっぷりの作品でした。(福武書店)

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イラン人なら誰でもその一節を暗誦することができる、と言われているほどイランの人々に愛されているという、11世紀の詩人・フェルドウスィーによるペルシャ英雄叙事詩「王書」から英雄サームの子・ザールの物語、そして12世紀の詩人・ニザーミーによる「ホスローとシーリーン」「ライラとマジュヌーン」「七王妃物語」といった作品が、美しいミニアチュールと共に紹介されている本です。

去年、日常&読んだ本log のつなさんに教えて頂いた本です。(記事) 去年はギリシャ物やケルト物を中心に読もうと思っていて、まだペルシャ物に関しては暴走しないように自粛気味だったんですが、今年はこの辺りの本も積極的に読む予定~♪ 「王書」だけは、既に岩波文庫で読んでるんですけどね。(感想

「王書」は、10世紀中頃にイラン北東部の地主の家に生まれたフェルドウスィーが、それまでに残されていたイラン王朝の歴史や伝説、神話を集めてイラン民族の書を著わそうとしたもの。ニザーミーによる3作品は、12世紀にイラン北東部の寒村で生まれたニザーミーが、「王書」よりももっと艶麗なロマンスを求める人々に応じて「ガンジャの錦」とも呼ばれる作品群を作り上げたもの。彼らの物語の本には挿絵がつけられて、有名な箇所は絵看板や壁画にまで描かれて、人々に愛されたのだそうです。とは言っても、本来なら偶像崇拝を禁じるイスラムの世界。植物主体の装飾文様しか認められてないし、発展する余地もなかったはずなんですよね。先日読んだ新藤悦子さんの「青いチューリップ」には、トルコよりもペルシャの方がその辺りに寛容だったように書かれていたんですが、それでもやっぱりあんまり大っぴらにってわけにはいかなかったはず。公の場以外のところでは結構盛んに描かれたようですが、全能の神を冒涜することのないよう、あらゆるものに遠近法を廃して、陰影をつけないように描かれたんだそうです。ええと、陰影がなければいいという理論は、私にはイマイチ分からないんですが...(笑) どこか中国の絵を思わせるような平板な絵ながらも(実際、こういったミニアチュールは中国からトルコに伝えられた画法から発展したようです)、緻密に描きこまれた絵はとても装飾的で美しい!
物語はどれも重要な部分だけが取り上げられて、かなり簡単なものとなっているので、ちょっと物足りない面もあるんですが、これからペルシャの雰囲気を味わってみたいという人にぴったりかと♪
さて、今度はそれぞれの作品の東洋文庫から出てる版を借りてこようっと。(平凡社)


+既読のニザーミー作品の感想+
「ペルシアの四つの物語」岡田恵美子編訳
「ホスローとシーリーン」ニザーミー
「ライラとマジュヌーン」ニザーミー

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漢の大帝国の路から路へさすらいの旅を続けていた老画家汪佛(わんふお)とその弟子の玲は、ある時漢の皇帝の兵士たちに捕らえられ、王宮へと向かうことになるのですが... という「老絵師の行方」他、全9編の短編集。

これもナタリア・ギンズブルグ「ある家族の会話」(感想)と同様に、須賀敦子さんの本を読んで興味を持った本です。
どことなく東洋の香りが漂う短編集。実際に、漢時代の中国を舞台にした「老絵師の行方」や源氏物語を題材に取った「源氏の君の最後の恋」、インドを舞台にした「斬首されたカーリ女神」のように、誰が見ても「東方」だという場所を舞台にした話もあるんですが、バルカン半島もフランス人(ベルギー人?)のユルスナールにとっては「東方」だったのかな... 同じバルカン半島でも、トルコなら分かるんですけど、ギリシャや他の国の話も「東方」に入れられていたのが、ちょっとびっくりでした。でもギリシャはギリシャでも、遥か昔のギリシャ神話の物語に題材を取っていたり、チューリップというトルコ原産の花が重要なモチーフになってたりするせいか、一貫して感じるのはやっぱり「東方」の幻想的な異国情緒でした。民話などに題材を取ってる作品が多いので、独創性という意味ではそれほど発揮されていないのかもしれませんが、どれを読んでもとにかく美しい! 思わず息を呑むような美しい情景が広がります。その中でも特に好きだったのは、上にもあらすじをちらっと書いた「老絵師の行方」。小泉八雲の「果心居士」とかなり共通しているようだし、私自身何かの中国物の本でも読んだことがあるような話なんですが、そちらはそれほど美しくなかったですよぅ。いやあ、これはすごいな。これはユルスナールだけじゃなくて、訳者の多田智満子さんもすごいのだろうけど。
あと驚いたのは、「源氏の君の最後の恋」ですね。まさかこんなところで源氏物語を読むことになるとは...。「訳者として困ったのは、さすがのユルスナールの博識をもってしても日本の固有名詞や官職名にいささか不適切なものがあることで、読者の興をそがぬために、適当に修正したり省略したりしたところもあるが」と解題にあった通り、この作品を訳すには多田智満子さんも結構苦労されたようです。ユルスナール版の「雲隠」、とても興味深い1篇となっていました。私としてはちょっと受け入れがたいものがあったのだけど...。(白水uブックス)


+既読のマルグリット・ユルスナール作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール
「ハドリアヌス帝の回想」マルグリット・ユルスナール

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全長1500フィートで七層に区分された、要塞のような「地球市」は、常にレールを敷設して1年に36.5マイルずつ進み続ける都市。この都市に生まれたヘルワードは、この日都市で成人とされる650マイルの年を迎えて、ギルドの見習い員となる儀式に出席していました。ヘルワードは父と同じ未来測量員を希望して認められ、早速見習いギルド員として、様々なギルドの仕事を経験することになります。最初の仕事先は、鉄道敷設ギルド。ヘルワードは生まれて初めて外に出て、土の匂いを嗅ぎ、夜明けの太陽が昇るのを眺めることに。その太陽は、かつて教師に習ったような球形ではなく、円盤のような形をしていました...。

なぜ都市は移動し続けなければならないのか、なぜ都市の人々は外に出ることができないのか、なぜ限られた人々しか都市が動いていることを知らないのか。そもそもこの世界は何なのか。読み始めると同時にわからないことがいっぱい。ヘルワードのお父さんが同年代の人間よりも老けて見えるのは、きっと未来測量員という仕事のせいなんだろうなとは思うんですけど、そもそも未来測量員が何なのかも分からないんですよねえ。それでもその設定を受け入れて読んでるうちに... えっ、時間や距離が状況に応じて変化?! なーんてますます不思議な状況になってきてびっくり。一体この世界は何なんだー!!
結末は思いの他あっさりしてるなあと思ったんですが、これはまさに逆転世界ですね! 今まで信じて生きてきたものが、根底から覆されちゃう。完全に覆されたあとのヘルワードときたら... きゃー、お気の毒! (痛切なんだけど、ちょっと滑稽な感じもあるような・笑)
いやー、さすがプリーストでした。そしてやっぱりこの人はSF系の人なんだなあと実感しました。「奇術師」や「魔法」(感想)はハヤカワ文庫でもファンタジーのレーベルに入ってたし、あの2作品に関してはそれも良かったと思うんですけど、でも根っこのところは絶対SFだわ、この人は。もちろん「双生児」(感想)も然り、です。

SFはあんまり得意ではないので、読む前はちょっと心配してたんですけど、読んでみれば全然大丈夫でした。むしろ好きなタイプのSFだったので嬉しい♪ SFには好き嫌いがハッキリ分かれちゃうんですけど、自分が何が好きで何が苦手なのかきちんと分かっていないので、現在模索中なんです。どうやら宇宙戦争はダメらしい、というのは分かってるんですけどね。
それとこの都市、読んでる間はマーヴィン・ピークの作品に登場するゴーメンガーストという奇城を思い浮かべてたんです。さすがにあそこまでは歪んでないだろうとは思ったんですが。でも本の表紙を見てみたら意外とまともでびっくり。(本屋の紙カバーをつけっぱなしだったので、全然見てなかった) いや、普通に考えれば、こっちの方が本の内容には合ってるんですけどね。(笑)(創元SF文庫)


+既読のクリストファー・プリースト作品の感想+
「奇術師」「魔法」クリストファー・プリースト
「双生児」クリストファー・プリースト
「逆転世界」クリストファー・プリースト

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オリュアルとレディヴァルとイストラは、シュニット川の左岸に都を持つグローム国の王の3人の王女。オリュアルは醜く、それとは対照的に、イストラは生まれた時からまるで女神のような美しさ。オリュアルはイストラをこよなく愛し、彼女の世話に心血を注ぎます。しかしそのあまりの美しさが災いして、イストラは灰色の山の神に献げられることになるのです。オリュアルはその晩年、灰色の山の神を糾弾するために、巻物にその時の出来事を逐一書き記し始めます。

アプレイウスの「黄金のろば」(感想)の中のキューピッドとプシュケーのエピソードを使って、C.S.ルイスが描き出した物語。このエピソードは、エロール・ル・カインの絵本「キューピッドとプシケー」(記事)でも独立して取り上げられていたし、ギリシャ神話の本には大抵入ってるのではないかと思います。プシュケーのあまりの美しさに人々がアフロディーテのことをないがしろにするようになって、女神を怒らせてしまうという物語。この物語の舞台となるグロームの国の人々はアフロディーテに当たるウンギットという神を信仰していて、その息子に当たる灰色の山の神がキューピッド。そして王家の末娘イストラの名をギリシャ語にするとプシュケーです。

「黄金のろば」の中で語られていたのは、妹プシュケーの良い暮らしぶりに嫉妬した姉たちが、プシュケーにランプで夫の顔を見るようにそそのかしたというもの。この物語でも、実際に途中でそういう神話が語られます。でもそれは、プシュケーの姉・オリュアルの目から見た真実とはまるで違うものなんですね。オリュアルが探し当てたプシュケーは壮麗な宮殿や贅沢な調度品、美しい衣装の話をするけれど、オリュアルにはも何も見えず、そこには露天で自分の手に湧き水を汲んでオリュアルに飲ませる、ボロを着たプシュケーがいるだけ。...でもオリュアルにも本当は分かっていたんですね、きっと。オリュアル自身が信じたくなかっただけ。結局のところ、オリュアルは嫉妬していただけなんでしょう。でもそれはアプレイウスの物語の中にあるような俗物的な嫉妬ではなく、愛するプシュケーを神に取られたくないという思い。
この作品ですごいと思ったのは、神の姿。今まで神話やその類の物語を沢山読んできましたけど、これほど神々しい神は初めてでした。本来、神々とはこうあるべきと思える姿がこの作品の中にはあります。素晴らしい! オリュアルはプシュケーを心の底から愛していたけれど、それは所詮人間的な愛情だったんですねえ。もうレベルが違いすぎるというか何というか。
そして、女性が深く描きこまれている作品でもありました。晩年には結婚したけど、ルイスはずっと女嫌いとして独身生活を送っていたと聞いた覚えがあるのだけど... そうではなかったのかしら? 先日「サルカンドラ」を読んだ時も感じたけど、この人、本当は女性をとてもよく知ってたんですね。

私が読んだのは、みすず書房から出ている「愛はあまりにも若く」なんですが、平凡社ライブラリーで改題改訳版が出てました。「愛はあまりにも若く」という題名、好きなんだけどな... でも新しい題の方が原題に忠実です。(みすず書房)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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徒歩旅行で丘陵地帯を訪れていたケンブリッジ大学の言語学者ランサムは、道で出会った女性に頼まれて、ある家の中に入り込みます。その女性の頭の弱い息子ハリーがその家で働いており、時間になっても帰って来ないのをとても心配していたのです。その家は物理学者のウェストンの家。そして一緒にいたのは、ランサムの学生時代の友人のディヴァイン。ランサムは何とかハリーを無事に家に戻させるものの、何かを企んでいた2人によって薬を盛られ、眠り込んでしまいます。そして次に気づいた時、ランサムはなんと宇宙船の中にいたのです...。

ナルニアシリーズが大好きだったC.S.ルイスのSF作品。ナルニアの方は、小学校3年ぐらいで読み始めて以来、もう何度読んだか分からないぐらい読んでいて、今でも文章がまるごとするっと出てきてしまうぐらいなんですけど、こちらのシリーズには手を伸ばしてなかったんですよね。今更...?って感じもあるんですが、すごく面白かったと聞いたので、やっぱり読んでみることに。SFはあんまり得意じゃないし、大丈夫かなあ... なんて心配しながらだったんですけど、そういう意味では全然問題ありませんでした! 確かに火星とか金星とかに行っちゃうSFではあるんですけど、私が苦手とするSF的要素(というのが何なのか、自分でも今ひとつ分ってないんですけど)が全然なくて、しかも火星とか金星とかの描写がものすごく素敵で~。
でも、ナルニアでも感じた方は多いと思いますが、こちらもかなり神学的な部分があるんです。最初はほとんど感じられないんですが、「マラカンドラ」の終盤近く、ランサムが火星における神のような存在と話す辺りからむくむくと...。ここで地球のことにも触れられていて、私にはそれがものすごく面白かったです。そして「ペレランドラ」で描かれているのは、原罪と楽園喪失について。これもすごく面白かった。もしイヴが知恵の木の実を食べなかったら? 知恵の木の実を食べる前の無邪気な状態と今の状態と、どちらが幸せ? ミルトンの「失楽園」(感想)なんかでは、楽園から追放されたアダムとイヴに何かほっとしてるものを感じてしまったんですけど...(笑) あと聖書の創世記だと、まるでイヴがあっという間に誘惑に負けてしまったみたいに書かれてるんですけど、この作品の中の悪魔の執拗な誘惑はものすごくリアルで、その辺りにもすごく説得力がありました。でもこういうキリスト教的部分というのは、好みがはっきり分かれるところでしょうね。
私はちくま文庫で読んだんですが、そちらは入手不可能のようなので、今流通している原書房版にリンクしておきますね。題名も変わっていてびっくりですが。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス

+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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