Catégories:“幻想文学1500”

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オルセンナ共和国でも最も古い家系のアルドーは、都での退廃的な暮らしを楽しむ青年。しかし1人の女性が自分から去って行ったのをきっかけに、それまでの自分の行き方がどうしようもなく空疎に見えてきて、都を離れる決意を固めます。そしてシルト海に配置されている遊撃艦隊に、監察将校として赴任することに。オルセンナは300年も前から、海を隔てたファルゲスタンと戦争状態にあるのです。しかし今やオルセンナもファルゲスタンも衰微し、実際の戦闘活動が行われることもなく、シルトの前線も名目上の残骸と化していました。

架空の国オルセンナを舞台にした作品。著者のジュリアン・グラックがゴンクール賞受賞を辞退したことで有名ななのだそうです。うるしのうつわ うたかたの日々の泡のkota さんが、たらいまわし企画・第30回「フシギとあやし」の時に挙げてらした本です。(記事) 確かに「薫り高い文体」という言葉が相応しいと思ったし、小説内の空気が弛緩したり緊張したりするのが本当に感じられる作品。私にはちょっと難しかったのだけど...。
アルドーがシルトに行ったためにファルゲスタンとの危うい均衡が破れ、止まっていた歴史は再び動き出してしまうのですが、もしアルドーがシルトに行かなければ、そのまま何十年という月日が過ぎ去ったのでしょうね。でも、紛れもなくアルドーの行動のせいなんだけど、アルドー自身の意志とも思えない。アルドーもヴァネッサも、シルトにいるマリノ大佐や副官たちもみんな単なる歯車というか、チェスの駒のような印象なんです。もしやアルドーをシルトへと行かせて、時間を再び動かしたのは「歴史」そのもの? なんて思っていたら。実際に動かしてたのは「歴史」ではなかったんだけど、最後のところでゾクっとさせられました。全然違うSF作品が頭をよぎってしまって。
ぎらぎらと照りつける太陽と凄まじい風、乾燥した植物に乏しい土地、点在する農家の白い壁といったシルトの広がりが退廃的な都とは対照的で、そこに漂うのは喪失感。最初はなかなかこの世界に入れなかったし、もうほんと一瞬たりとも気が抜けない文章だったので、読むのが大変でした。結局通して2回読んでしまいましたよ。はふーっ。(ちくま文庫)

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伯父・マルク王のためにアイルランドの王女、黄金の髪のイズーを勝ち取った騎士・トリスタンは、イズーを伴ってマルク王の待つコルヌアイユへ。しかしその船旅の最中、酷くのどが渇いていた2人は、イズーの侍女・ブランジャンの荷物の中にあったワインを飲んでしまったのです。それは、新婚の2人に飲ませるようにとイズーの母親が作り上げた媚薬入り。トリスタンとイズーはたちまち恋に落ちてしまい...。

本当はトリスタンの生まれる前のことから話は始まるので、上に書いたのは丁度真ん中辺りの出来事。でもこれが話の一番の中心です。元々はケルトの物語で、アーサー王物語の中にも組み込まれてるんですが、中世に宮廷詩人たちが広く語り伝えて、12世紀のフランスでは人々の魂を奪ったほどの人気作品だったのだそう。ワーグナーもこの物語から、オペラ「トリスタンとイゾルデ」を作り上げてます。でも様々な写本があるにも関わらず、どれも断片のみ。クレティアン・ド・トロワやラ・セーヴルの写本に至っては、完全に失われているそうで...。これは、そんな様々な断片を元にベディエが書き上げた物語。
端的にいえば、トリスタンとイズーの不倫話。でも、そもそも2人の間には恋愛感情なんてなかったわけで、イズーの母親の媚薬なんてものがなければ、イズーもマルク王と幸せになれたでしょうし、トリスタンも普通に結婚できたんでしょうに... 気の毒。子供の頃に読んだ時は、なんでもっとしっかり隠しておかなかったんだろう? なんで誰もイズーに説明しておかなかったんだろう? なんて思って、それは未だに思ってたりもするんですが(笑)、今更とやかく言っても仕方ない? 言ってみれば、みんな被害者なんですよね。
今回読んでみて一番印象に残ったのはマルク王でした。息子のように愛していたトリスタンと、愛する妻のイズーに二重に裏切られてしまうマルク王が一番気の毒なんですが、でも懐の深さを見せてくれて良かったです。ほんと、媚薬なんてものがなければ...(そしたらこんな話も存在しないんだけどさっ)

久しぶりにこの作品を読み返したのは、図書館で「フランス中世文学集1」を借りてきたから。600ページ近くある分厚い本なんですけど、この半分ぐらいがトリスタン関係で、写本がいくつか入ってるんです。...実はそれほど期待してなかったんですけど、久々に読み返したこの本が予想以上に面白くて、むくむくと期待が大きくなってます。楽しみ♪(岩波文庫)

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濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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この2つの話は先日新潮文庫でも読んだばかりなんですが(記事)、今回読んだのはアーサー・ラッカムとエドマンド・デュラックの挿絵入り。ラッカムとデュラックは、こういった挿画本の黄金時代に人気を二分していた2人で、どちらの本も荒俣宏氏の解説。合わせて読むと、この2冊がラッカムとデュラックそれぞれの最高傑作という趣旨のことが書かれていました。
でもこの2冊を見比べる限り、私の好みはラッカムの方だなあ...。デュラックの絵は、肝心のミランダがあまり美しく感じられなかったし、絵に動きがないような。妖精のエアリエルは素敵なんですけどね。ラッカムの絵の方が、描かれている人物や妖精の表情が遥かに豊かな気がします。ハーミアやヘレナ、妖精の女王タイタニアは本当に美しいし、妖精パックは小悪魔っぽい表情が魅力たっぷり、豆の花や蜘蛛の巣、蛾、芥子の種といった小さい妖精たちや素人劇団の面々はユーモラスで、そのギャップも好き♪
デュラックの挿絵といえば、数年前に友人に「Edmund Dulac's Fairy Book」というとても素敵な洋書をもらったことがあって、そちらの絵のタッチの方が繊細で華やかで好きです。もうほんと、同じ人の絵とは思えないぐらい。
ちなみに右の画像は、昨日のニールセンのと同じシリーズのラッカム版とデュラック版。実際に手に取って見てみたいー。(新書館)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵

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ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディーは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日、1人で町の歯医者に行ったピーターが、治療の後ぶらぶらとお店を見て歩いていると、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部と--それから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。

これは子供の頃から大好きな作品。北欧神話を知ったのは、この物語がきっかけなんです。だってこの物語に登場する「とぶ船」は、北欧神話の神フレイのスキードブラドニールなんですもん。そもそもピーターにこの船を売ったのは、オーディンその人。というので再読したかったのもあるんですけど... それよりも、この話にもそういえばロビン・フッドが出てきたなあ、なんて思って本棚から出してきたら、思わず最初から最後まで読んでしまったんですよね。イギリスの児童文学に多い4人きょうだいの冒険物です。

子供たちの冒険の行き先は、空間移動しさえすれば行ける現代の場所から、時間も超えなくてはいけない歴史の中まで様々。でも単に「あそこに行こう」で行って帰るだけじゃなくて、1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいんです。例えば現代のエジプトの「岩の墓」を見に行って、そこの壁にとぶ船と4人の神々の話が書かれていると知り、次にその話が書かれたアメネハット一世の時代のエジプトに行くことにしたり。(エジプトへの旅が現在と過去を合わせて3度もあるんですけど、当時はエジプトが人気だったのかな?)
アースガルドに行って北欧神話の神々と会う場面も堪らないんですが、冒険の中で一番好きなのは、ウィリアム征服王時代のイギリス(1073年)へ行ってマチルダという少女に会うところ。マチルダと仲良くなった4人は、後でまた同じ時代に行って、マチルダを4人の住む現代(1939年)に招待するんです。過去の人間をあっさり連れて来ちゃうというのは子供の頃もびっくりだったけど、今読んでもやっぱり大胆。で、このマチルダがいいんですよねえ。マチルダが古いノルマン教会を見ている場面がすごく好き。マチルダは現代の生活を楽しみながらも、自分は自分の時代で自分らしく生きなければと言って帰っていきます。そしてロビン・フッドの時代への冒険は、マチルダを迎えに行く途中で船から落とした模型機関車を探しに行くというところで登場します。

これだけの冒険をしながら、4人が徐々に魔法を信じなくなっていくのが、子供の頃どうしても納得できなかった部分なんですけど、今読むと、文字通りの意味じゃないのが分かって、違う感慨が。
あと、4人の食べる夕食が、子供の頃も不思議だったんですけど、今読んでもやっぱり不思議。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケット2つ、シーラはジャムトースト2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つに、レモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米に、ミルク1杯とバナナ1本なんですよー。これが毎日。サンディーの「金色のシロップをかけたいり米」って何だろう。蜂蜜をかけたシリアルかな? 描写がなんとも美味しそうです♪(岩波少年文庫)

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3世紀頃にスコットランド北部のモールヴェンにいたというフィンガル王(フィン王・フィン・マックール)の誉れと、その一族の者たちの物語。スコットランド高地に住むゲールと呼ばれるケルト民族の間で語り継がれてきた古歌を集めたものです。オシァンといえば、妖精の女王・ニアヴが常若の国ティル・ナ・ノグへ連れ去ってしまうという浦島太郎的物語もあるんですが、こちらは妖精とか魔法とか超常的要素は全然ありません。

もう本当にものすごく美しいです。1760年にマクファーソンによって英訳本が発表されるや、たちまち大人気となり、ナポレオンにも愛読されたというのも納得。でも美しいと同時に哀しくもあります。これらの歌が語られたのは一族の者たちが次々に倒されて、オシァンが1人最後に残された後のこと。高齢で、しかも失明しているらしいオシァンが、亡くなった息子・オスカルの許婚で立琴の名手だったマルヴィーナ相手に、もう一度歌心を呼び戻して欲しいと一族の戦士たちの物語を聞かせているという形。歌が進むごとに、最初は若者だったフィンガル王も年を重ねて壮年の勇者になり、最後は白髪の老人へと...。それでも立派に戦ってるんですけどね。読んでいると、気高く雄々しい勇士たちの戦う姿とそれを見守る美しい乙女たち、戦いを終えての饗宴とその席で竪琴を奏で歌う歌人たち、そんな情景が見えてくるようです。

ええと、歌人たちは何かといえばすぐに歌うんですが、それは倒れた勇士の霊は歌人に頌歌を歌ってもらわなければ「雲の宮居」へ行かれないから。で、この「雲の宮居」というのはオーディンがいるところ、と作中にあります。それってもしや、北欧神話のヴァルハラのことですか? この作品の中心となっているフィンガル王はスコットランドの一部族の王だし、確かにケルト。北欧神話がこんな風に入り込んできてるとは知らなかったので、ちょっとびっくり。フィンガル王の軍はスカンディナヴィアの人々と結構頻繁に戦ってるし、しかも途中でオーディンの幻影が現れたりするので、どうも敵というイメージが強いんですけど... つまり死神ってことなのかな? いずれにせよ不思議だなあ。(岩波文庫)

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  [amazon] [amazon] 先日エロール・ル・カインの絵本をまとめ読みしてから(記事)、絵の美しい本を無性に読みたくなって、今度はアーサー・ラッカムの本を借りてきました。こちらは絵本というより、普通の児童書ですね。ラッカムの本は、以前ワーグナーの「ニーベルングの指環」全4巻を読んで以来。上に画像を出したのは「シンデレラ」(C.S.エヴァンス編)と「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)だけですが、他にも「ウンディーネ」(M.フーケー)、「リップ・ヴァン・ウィンクル」(ワシントン・アーヴィング)、「ピーター・パン」(J.M.バリー)を読みました。

「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「ピーター・パン」は、1冊の本に40~50枚ものカラーの挿絵が入っていて、それはそれでとても堪能できたんですが... 読んでいて面白かったり、本として好きだったのは「シンデレラ」「ウンディーネ」「不思議の国のアリス」の方かな。絵を見たいだけなら画集を見ればいいんですけど、本として読むからには、絵だけを求めてるというわけではないのでしょう、きっと。特に「ウンディーネ」は、フーケーの原作もとても美しくて哀しい異種族婚礼譚で大好きな話。(感想) ラッカムの絵がまた特別美しくて、その作品にとてもよく似合ってるように思いました。ものすごく素敵~。(右の絵は風に語りかけているウンディーネ)
「不思議の国のアリス」は、本当はジョン・テニエルの絵が有名ですが、ラッカムの絵もいいですねえ。このお話を読んだのも随分と久しぶり。ご存知の通りナンセンスたっぷりのお話なんですが、こまめに注釈がついているのもとても親切で良かったです。作中に変形されて出てくる詩の元の文章とか、駄洒落部分が原文ではどうなってるか、とかね。やっぱり面白いなあ。
そして「シンデレラ」は、上の表紙の画像にもある通りの影絵のような絵ばかり。ラッカムってこういう絵も描いてるんですねー。知らなかった。普段の絵もとても好きなんですが、こういうのも好き~。話はペロー版が元になってるようなんですが、C.S.エヴァンスによって近代的な演出がされていて(シンデレラが実母の死後に寄宿学校に入れられたり)、お話もとても面白かったです。(新書館)

そして絵の美しい本、次回はカイ・ニールセンの予定です。(笑)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵
 

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