Catégories:“幻想文学1500”

Catégories: / / / /

[amazon]
原初に混沌(カオス)が生じ、続いて大地(ガイア)、奈落(タルタロス)、エロスが生じ、続いて幽冥(エレボス)と夜(ニュクス)、澄明(アイテル)と昼日(ヘメレ)が生じて... という、宇宙の始まりから、様々な神々の誕生、そしてゼウスがオリュンポスで神々を統べるようになり、絶対的な権力を得るまでの物語。
ホメロスと並ぶ最古の叙事詩人、ヘシオドスによるギリシア神話です。あくまでも詩の形態を取りながらも、どんどん生まれて来る神々を系統立てて説明し、宇宙観まで解き明かしてしまうというのがすごい!

でも、一読してまず思ったのは、やっぱりこういうのは詩の形で読んでこそだなあ、ということでした。「イリアス」を散文で読んだ直後というのもあるでしょうね。元の文章は六脚律(ヘクサメトロス)と呼ばれる形で書かれていて、それは日本語には表しようのないものなんですけど、やっぱり詩はあくまでも詩の形で読まなくては! その方がイメージもふくらみますしね。大学の時に授業で古代ギリシャ語の朗読を聞かせてもらったことがあるんですが、古代ギリシャ語って、ほんと歌ってるような、とても綺麗な言葉なんですよー。そういうので歌ってもらったら、さぞ素敵なんだろうなあ。なんてことを思ったりもするわけです。(古代ギリシャ語自体は、文法が難しすぎて、結局私には太刀打ちできませんでしたが...)
それに詩人がその詩を歌っているのは、あくまでも神々からの言葉だという、そういうギリシャの古い叙事詩ならではの部分もとても好き。この「神統記」だと、オリュンポスの9人の詩歌女神(ムウサ)によって神の言葉を吹き込まれたヘシオドスが歌っているという形。だから詩はまずその詩歌女神(ムウサ)たちへの賛歌から始まるわけです。(私は様式美に弱いタイプだったのか)
この辺りは、積読山脈造山中さんの記事が分かりやすいので(特に六脚律について)どうぞ。→コチラ

それに、例えば昨日読んだ「イリアス」では、「アイギスもつゼウス」と出てるだけで注釈もなく、「アイギスって何よ?」状態なんですが、こちらでは「神盾(アイギス)もつゼウス」のように書かれているのが分かりやすくて良かったです。あ、こういう枕詞も好きなんですよね。ゼウスの場合は「神盾(アイギス)もつ」や「雲を集める」、ポセイドンは「大地を震わす」、アテナは「輝く眼の」... 他にも色々とあります。でも、「ポイボス・アポロン」は、そのまま... これは例えば「輝ける」でも良かったんじゃないかと思うけど、ダメだったのかしら。

ただ、神々の名前が次から次へと、どんどん出てきてしまうんです。ちょっとちょっと子供産みすぎだってば!と言いたくなるぐらい。
海(ポントス)の長子・ネレウスなんて、大洋(オケアノス)の娘ドリスとの間に、娘ばっかり50人もいて、その名前がずらずら~っと並んでるんですよーっ。(ちゃんと50人の名前があるかどうか数えてしまったわ) それでも「足迅(はや)いスペイオ」「愛らしいタリア」「薔薇色の腕(かいな)もつエウニケ」みたいな言葉が付いてるならまだいいんですが(でも「薔薇色の腕」は1人だけじゃないんですよね...)、名前しか出てない場合は、もう右から左へと抜けていっちゃいます。...とは言っても、巻末には神々の系譜図もあるし、神々や人間の名前の索引もついているので、途中で混乱しても大丈夫なんですけどね。親切な作りです。(岩波文庫)


+既読のヘシオドス作品の感想+
「神統記」ヘシオドス
「仕事と日」ヘーシオドス

| | commentaire(6) | trackback(1)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
トロイア戦争が始まって10年経った頃。アカイア軍の総帥・アガメムノンがお気に入り妾・クリュセイスの解放を拒んだため、怒ったアポロンがアカイア軍の陣中に疫病を発生させます。アキレウスらがアガメムノンを説得、ようやくクリュセイスは父親であるアポロン祭司の元に戻るものの、それでは収まらないアガメムノンは意趣返しとして、アキレウスの愛妾・ブリセイスを強奪。アキレウスを怒らせることに。

トロイア戦争をモチーフにした作品のうちでは、これが一番有名な作品でしょう。でもここに描かれているのは、10年にも及ぶトロイア戦争のうち、ごく末期の部分だけなんですよね。それも1ヶ月ほどの短い期間。不和の女神・エリスと黄金の林檎、3人の女神たちとパリスの審判、アプロディーテーにヘレネを約束されたパリスが彼女をトロイアに連れて帰ったこと、戦争の勃発、そしてトロイア陥落の直接の原因となった、オデュッセウス発案のトロイアの木馬などの有名なエピソードについては、全く何も書かれていないんです。中心人物であるヘレネーすら、ほとんど登場しないぐらいですから。(ほとんど話題にもなってないですね) もちろん、実際にこの「イリアス」が歌い語られた時代は、観客も当然トロイア戦争に関する知識を豊富に持っていたわけで、戦争の原因やそれに至る出来事に触れられていなくても全く差し障りはなかったんでしょうけど... それでも、いきなりアキレウスとアガメムノンの反目から物語を始めるなんて、大胆だなあと改めて感心してしまいます。
とは言っても、実際に読んでみると、ホメロスがこの部分を取り上げたのにも納得なんですよね。戦いとしては、やっぱりここが一番の盛り上がりかも。特にアキレウスの親友のパトロクロスが死んだ後が面白い~。極端な話、パトロクロスが出陣する辺りから始めても良かったんじゃないかと思うぐらい。アカイアー軍とトロイア軍の戦いは、そのままオリュンポスの神々同士の争いや駆け引きの場にもなってて、そういう部分も楽しいですしね。というか、まるでRPGに熱中してる子供のようだわ、この神々ってば。

雰囲気は十分出ているとはいえ、散文調に訳されてるのがちょっと残念なんですが、大半の読者は詩なんて読みたくないでしょうし、それもいたし方ないのかな...。以前読んだ時は、詩の形だったような覚えがあるのだけど。そして巻末には、ヘロドトスによる「ホメロス伝」も収録されています。「イリアス」や「オデュッセイア」に、さりげなくホメロスが日ごろ世話になった人の名前を組み込んでるなんて知らなかった。神々が、ある特定の人の姿を取って人間に話しかけたりしてる裏には、そういうこともあったんですね。面白いなあ。(岩波文庫)


+既読のホメロス名義作品の感想+
「イリアス」上下 ホメロス
「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」
「オデュッセイア」上下 ホメロス
「ホメーロスの諸神讃歌」ホメーロス

| | commentaire(4) | trackback(2)
Catégories: / / /

 [amazon]
10年にも渡る攻防の末、トロイアの都イーリオンを攻め落とし、王妃クリュタイメーストラーに松明で報せを送ったアガメムノーン王は、イーリオンで捕えた王女・カッサンドラーを伴って凱旋し、妃の待つ王宮へと向かいます。しかし王宮に入る直前、予言者でもあるカッサンドラーが、王妃クリュタイメーストラーによってアガメムノーン王と自分が殺されることを予言するのです。

マリオン・ジマー・ブラッドリーの「ファイアーブランド」を読んで(感想)、ギリシャ物が読みたくなったところにこれを見つけたので、早速読んでみました。ギリシャ悲劇です。こんなの読んでたら、「また、反応できないような本を読んで~!」と言われてしまいそうですが... 最近、ネットのお友達に会うたびにそう言われてるような気が(^^;。
ここに登場するクリュタイメーストラーとは、トロイア戦争の発端となったヘレネーの姉妹。アルゴス王アガメムノーンの王妃です。そしてクリュタイメーストラーが自分の夫を殺そうと考えたのは、アガメムノーンが自分たちの娘・イピゲネイアを、アカイアー軍の戦勝のために生贄に捧げてしまったことへの恨み、そして10年間夫が留守だった間、自分自身が浮気をしていたこと。
題名は「アガメムノーン」になってますが、この作品の主人公はどう見てもその妻・クリュタイメーストラーです。

この作品を読んで一番面白かったのは、有名な伝説を悲劇に仕立てただけに、観客が事の結末を知ってるということ。だからクリュタイメーストラーの心にもない台詞を聞いて、逆にその欺瞞を感じ取るんですよね。(一種の倒叙... とは言えない? 笑) 中には結構面白い演出もありました。この悲劇はB.C.458年に実際に初上演されたそうなんですが、これって演じられてるのを観るのも結構面白そう。どんな風に演じられてたのか、観てみたくなっちゃいます。(もちろん古代ギリシャ語で演じられても、何が何やらさっぱり分からないですが) それにとても普遍的なんですね。結局、戦争というものも、それぞれ登場人物たちのドロドロした感情も、今も昔も変わらないわけだし... カッサンドラーの、予言の言葉から死を恐れずに宮殿に入るまでの一連の言動はとても哲学的で、そういったところもとても面白かったです。...ただ、古典作品の例に漏れず、この作品も訳注がとても多いんですよね。最初の1回目はその注釈を全部見ながら読むし、あまり面白くないんです。2度目3度目と読み返してるうちに、ぐんぐん面白くなるのですが。

そしてこの作品を読むと、やっぱりブラッドリーの描いたクリュタイメーストラーは魅力的だったなって、改めて思いました。「ポセイドーンの審判」の最後にちらっと登場しただけだったんですけど、存在感も抜群でしたしね。この「アガメムノーン」は、娘を殺されたクリュタイメーストラーに半ば同情しているようでいて、やっぱり男の論理って感じだし... こういった古典作品(聖書含)は男性の視点から書かれてることの方が圧倒的に多いので、同じ出来事を色んな視点、特に現代女性の視点から描きなおすと、まるで違った部分が見えてきて、新鮮だし面白いですね。(岩波文庫)


+既読のアイスキュロス作品の感想+
「アガメムノーン」アイスキュロス
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス

| | commentaire(0) | trackback(1)
Catégories: / / / /

 [amazon]
宇宙の成り立ちから太陽系の誕生、そして生物の進化といった壮大な物語が繰り広げられる、12の奇妙な物語。
語り手は、宇宙が出来る前から生き続けているというQfwfq老人。さすがビッグバンの前から知ってるだけあって、老人の物語はちょっと凄いです。とにかく壮大。そしてユーモアたっぷり。だって、ある女性の「ねえ、みなさん、ほんのちょっとだけ空間(スペース)があれば、わたし、みなさんにとてもおいしいスパゲッティをこしらえてあげたいのにって思っているのよ!」という発言がきっかけで、ビッグバンが起きたなんていうんですよ! なぜビッグバンの前に人間が存在していたのか、しかもスパゲッティを作るって... なーんて言ってしまうのは、あまりにも野暮というもの。カルヴィーノはよくこんな荒唐無稽な話を思いつきますねえ。Qfwfq老人は、「二億年待ったものなら、六億年だって待てる」なんて簡単に言ってしまいますし、1億光年離れた星雲と気の長いやりとりを続けていて、時の流れも雄大。子供の頃は、友達と水素原子でビー玉のような遊びをしてるし、友人とは「今日、原子ができるかどうか」という賭け事をしています。しかもこの原子が誕生するかどうかという凄い賭けが、サッカーチームの試合の結果の賭けと同列に並んでるんです。(笑)
この本は、元々はハヤカワ文庫SFに入っていたそうです。SFがちょっと苦手な私は、SF寄りの作品よりも、やっぱり幻想的な情景が描かれてる作品が好きですね。12編の中で一番好きなのは、「月の距離」という作品。水銀のような銀色に輝く海に船を漕ぎ出し、脚榻の上に載って月へ乗り移る描写がとても素敵。あと、月に行って、大きなスプーンと手桶を片手に月のミルクを集めるというのも。この月のミルク、成分を聞いてしまうと実は結構不気味なんですけど、この作品の中で読むとまるで夢のようです。
そして河出文庫から出ている「柔かい月」は、これの続編と言える作品なのだそうです。訳者さんが違うので文章がやや読みにくいらしいのですが、やっぱり気になります。(ハヤカワepi文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
先月読んだ「愛のゆくえ」がとても良くて気に入ったリチャード・ブローティガン。(感想) 今度は夜中に台所で僕は本を読みたかったのkeiさんが、「私のエヴァーグリーンです」と仰っていた「西瓜糖の日々」を読んでみました。

「愛のゆくえ」は物語としてまとまってたんですが、こちらは情景のスケッチをランダムに並べていったような感じ。とっても妙な話でした! まず、舞台となっているのが、西瓜糖の世界の中心・アイデス(iDEATH)なんですよね。西瓜糖の世界には西瓜畑が沢山あって、西瓜工場では西瓜の汁を砂糖になるまで煮詰めて西瓜糖を作っていて、その西瓜糖から色々な物が作り出されているんです。川にかかっている橋にも西瓜糖から出来ているものがあるし、主人公が住んでいる小屋も西瓜糖と松と石から出来ていて(窓も西瓜糖)、本を執筆中の彼は、西瓜種子インクにペンを漬けて、西瓜の甘い匂いのする薄片に書いてます。服も西瓜で出来ていれば、ランタンの油は西瓜と鱒を混ぜた西瓜鱒油。しかも月曜日から日曜日まで日替わりで違う色の太陽が輝き、その色によって、できた西瓜も変わっちゃう。月曜日は赤い太陽に赤い西瓜、火曜日は黄金色の太陽に黄金色の西瓜、水曜日は灰色の太陽に灰色の西瓜...。
そんな舞台設定を含めて、この世界で起きることが淡々と語られていきます。とっても寓話的。でも私に分かるのはごく一部分だけ。穏やかで落ち着いた世界に見えるアイデスは死の世界で、そことは対照的な「忘れられた世界」が、今のこの現実世界じゃないかということだけです。アイデスは穏やかで落ち着いてはいるけれど、変化を求めない閉鎖的な環境。後半、「忘れられた世界」絡みで強烈な出来事が起きるのですが、それでもアイデスの住人たちはそれほどの衝撃も受けていないし、アイデスはすぐにいつものアイデスに戻ってしまうんですよねえ。この辺りもとても象徴的です。
きっと掴みきれていないことがいっぱいあるとは思うのだけど、それでもやっぱりこの雰囲気は好きです。こういうのが好きか嫌いかっていうのは、多分理屈抜きの世界なんですよね。感想を書くために何度もパラパラと読み返していたんだけど、読み返せば読み返すほど惹き込まれてしまいます。やっぱりブローティガンはいいですねえ。また他の作品も読んでみたいです。(河出文庫)


+既読のリチャード・ブローティガン作品の感想+
「愛のゆくえ」リチャード・ブローティガン
「西瓜糖の日々」R.ブローティガン

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / / /

4150200084.jpg [amazon]
中世。初めての巡礼の旅のに出たジャスパー卿は、騎士としての勇気を試す機会にあまり恵まれないまま、その旅を終えようとしていましたが、沼地のポングリイの住民たちに、ドラゴン退治を依頼されます。この村では、数年前から何人もの村人がラベンダー・ドラゴンによって連れ去られて困っているというのです。連れ去られるのは、もっぱら未亡人や寡夫、そしてみなし児。話を聞いたジャスパー卿は、早速翌朝、ラベンダー・ドラゴンとの闘いに出向くことに。

「赤毛のレドメイン家」や「闇からの手」などのミステリ作品で有名なフィルポッツのファンタジー作品。でも日本ではミステリのイメージが強いんですけど、本国イギリスでは小説や詩・戯曲など250冊以上を書いていて英国文壇の最長老という存在だったんだそうです。
この物語に登場するドラゴンは、見た目にも美しく、行く先々にラベンダーの芳香が漂い、溢れんばかりの知識と教養の持ち主という、ちょっと珍しいタイプのドラゴン。そんなラベンダー・ドラゴンが村人たちを攫っていたのは、実は食べるためではなくて、ユートピアとも言えるような村を作るためだったんですよね。でも、前半、ジャスパー卿の視点で物語が進んでいる間は、中世の騎士の冒険物語で面白かったのに、ラベンダー・ドラゴンが中心となった途端、話が理屈っぽく教訓くさくなっちゃいました...。もしかしたら、当時の英国に対する政治的な批判だったのかしら。ラベンダー・ドラゴンの作った国は共産主義的な印象が強いです。しかもカリスマ的リーダーがいないと存続できないっていうところも、何ともはや。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
もう少し時代がかった雰囲気にすれば、グリムやペローのような童話集の中にあってもおかしくないかも、といった感じの童話集。やっぱり初期のハヤカワFT文庫には、子供向けの作品が結構ありますねえ。ちょっぴりリチャード・ヒューズの「クモの宮殿」のようでもあるんですけど(感想)、「クモの宮殿」のような強烈なナンセンスがあるわけでもなく、少し物足りない...。
でも、表題作の「あべこべの日」は面白かったです。ある日目が覚めると、その日は「あべこべの日」。飼い猫のミーツィが、スプーンとフォークとナイフにまざって引き出しの中で寝てるかと思えば、ミーツィの寝床ではミーツィの代わりに猫の寝巻きを着た銀のスプーンが寝ているし、予定通り外出しようとすると、お父さんは馬の代わりに馬車に繋がれて、白馬がお父さんの代わりに御者台に乗り、一緒に行く伯母さんが馬車の後尾灯として取り付けられちゃう... なんでそんな「あべこべ」が起きるのかは全く説明されないし、不思議なまんま終わっちゃうんですけどね。ある日突然来る「あべこべの日」かあ。大変そうだけど面白そう。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のハンス・ファラダ作品の感想+
「あべこべの日」ハンス・ファラダ
「田園幻想譚」ハンス・ファラダ

| | commentaire(2) | trackback(0)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.