Catégories:“幻想文学1500”

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1905年。26歳のアインシュタインは、特許庁に勤めながら、博士論文の他に光量子に関する論文やブラウン運動に関する論文など、次々に論文を発表していました。まさに相対性理論を確立しようとしていたアインシュタインが、夜毎にみた不思議な夢の物語。

プロローグとエピローグ、そしてインタールードという章でアインシュタインと友人のベッソーのやり取りが描かれている他は、アインシュタインのみた夢が次々に物語となって展開していきます。それは30編の、様々な時間に関する夢。時間に始めも終わりもない円環の世界、突然時間の流れが変わってしまう世界、時間が空間と同じく3つの次元を持っている世界、機械時間と肉体時間を持つ世界、時間の流れが地球の中心から遠く隔たるほど遅くなる世界、時間が規則正しく着実に流れていく世界、原因と結果が不安定な世界、平穏無事な1日、1ヶ月、1年がひたすら通り過ぎていく世界...。時間の持つ様々なバリエーションの描かれ方は、まるでヨーロッパ映画の一場面のよう。ベルンを舞台にした様々な物語は、1905年という時代を感じさせて、とても優雅で情景的です。そこに展開される様々な人間模様が、短いながらもなかなか良かったんですが... 問題は、私が相対性理論を全然知らないこと! 様々な世界の情景が興味深くはあるものの、結局それらを淡々と目で追うだけになってしまいました。実際の理論と照らし合わせて読めれば、もっと面白かったんでしょうにねえ...。この作品には、ちょっと予習が必要かも。
作者のアラン・ライトマンは、現役の物理学者なんだそうです。訳者あとがきに「現代物理学の仮説を踏まえた時間の性質も巧みにイメージ化されている」とあるので、詳しい人なら楽しめると思うんですが... 私にはその辺りはさっぱり... ふはー。(ハヤカワepi文庫)

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以前エドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」を読んだんですけど(感想)、このシラノ・ド・ベルジュラックという人は、ロスタンの創作ではなく、17世紀に実在した人物。本物のシラノは戯曲のシラノとは多少人格が違うみたいなんですが、その多才ぶりは確かだったようです。そして本物のシラノの代表作が、この「日月両世界旅行記」。
これはSF小説(「空想科学小説」と言った方が相応しいかも)のはしりと言えそうな作品で、月と太陽の世界へ旅する奇想天外な旅行記となっています。丁度「ガリヴァー旅行記」みたいな感じですね。「ガリヴァー旅行記」は随分前に読んだきりなので、あんまりちゃんと覚えてないんですが、どことなく精神疾患的なイメージのスウィフトとは違って、同じように風刺小説になっていても、こちらはもっとおおらかで朗らかな感じがします。キリスト教に関して、結構痛烈なことを書いてるので、後が大変だったんじゃないかと思うんですが...。何て言っても、月の世界にはエデンの園があるんですもん!(笑) アダムとイヴが追放された今は、エノクやら預言者エリヤやらが住んでいる様子。あと月の世界には4つ足で歩く人獣の国があり、太陽の国には鳥の国や哲学者の国があります。
でも、ユーモアたっぷり風刺たっぷりで、面白いことは面白いんですけど、たとえばこの作品が書かれた頃の天動説派と地動説派のバランスとか、当時の思想や最先端の科学についてもう少し知ってれば、もっと楽しめたんだろうなあって思うんですよね。思わず流し読みしてしまう部分もあって、なんだか勿体ないことしちゃいました。あ、でもロスタンの描くシラノ・ド・ベルジュラックも良かったんですが、本物の方が破天荒ぶりが優っているようで、見てる分には楽しそうな人物です。(岩波文庫)

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フランスのシャルルマーニュ王率いるキリスト教徒軍と異教徒軍の戦争中、シャルルマーニュの麾下に隅から隅まで白銀に輝く甲冑をまとった1人の騎士がいました。その騎士の名は、アジルールフォ。しかしその輝く甲冑の中には誰もいなかったのです。

シャルルマーニュは、8~9世紀に実在したフランスの王。カール大帝という名前の方が有名ですね。十字軍を率いて遠征し、イスラム教徒であるサラセン人たちと戦い、「ロランの歌」にも歌われています。
人間としての肉体も骨格も持たず、まるで甲冑が意志を持ったかのようなアジルールフォと、その従者となるグルドゥルーが対照的。肉体を持たないアジルールフォは、自分の意志を強く持っていないと存在できないのですが、グルドゥルーは自分が人間であることすら確信していません。人間としての肉体をきちんと持っているのに、自己の意志が不在で、自分を家鴨や蛙だと思い込んだり、スープを飲んでいるのは自分なのに、自分がスープに飲まれていると思い込んでしまうような男。ちょっとドン・キホーテとサンチョ・パンサみたいな2人です。そしてそんな2人に関わることになるのが、父の復讐に燃えるランバルドという青年。彼は軍隊にやって来た途端、常々思い描いていた騎士像と、立派な甲冑の下に隠された現実とのギャップを思い知らされることになるんですよね。そんな彼が思い描いていた通りの、完璧な武芸と高潔な精神を持つのは、肉体的には存在しないアジルールフォだけ。
物語自体も面白いのだけど、ラストの畳み方がお見事でした! そしてこれは、「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」に続く、カルヴィーノの寓話的歴史小説3部作の最終作なのだそう。そちらの2冊もいずれ読んでみたいです。(河出文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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近未来のアメリカが舞台。キリスト教の原理主義者の一派がクーデターを起こして、ギレアデ時代が始まります。その頃、中絶を含めた様々な産児制限や性病の流行、環境変化によって、白人種の出生率が急落しており、それを憂慮していた彼らは、全ての女性から仕事と財産を没収。再婚の夫婦と未婚者の私通は全て姦通だとして子供を取り上げ、妊娠可能な女性を選び出して「侍女」としての教育を施し、子供のいない支配者階級の男性の家に派遣。彼女たちは出産のための道具とされることになったのです。

侍女たちはくるぶしまで届く赤い衣装を纏い、顔の周りには白い翼のようなものが付けられて、周囲とは遮断されています。私物と言えるようなものは一切持てませんし、部屋からも自殺や逃亡に使えそうな道具は慎重に取り除かれています。もちろん日々の行動に自由はなく、その存在に人間性などこれっぽっちも求められていません。まさに「二本足を持った子宮」。
各個人からその個性を奪い取るには、名前と言葉を取り去るのが一番効果的なのね... というのが、この作品を読んで最初に感じたこと。単なる出産する道具である侍女たちの名前は「オブ+主人の名」。この物語を語っているのは「オブフレッド」と呼ばれる女性ですし、他にも「オブグレン」だの「オブウォーレン」だのがいます。日々決められた通りに行動し、侍女同士での挨拶ややり取りも決められた通りの言葉のみ。

一見荒唐無稽な設定なんですが、考えて見れば十分あり得る未来。この作品は1985年に書かれているので、それから20年経ったことになるのですが、世界的な状況はますます悪化するばかり。十分通用するどころか、ますますこの設定が現実的になっているのかも...。それでも子供や夫を奪われて「侍女」となった女たちは、そうなる以前の暮らしを覚えているんですが、次世代の「侍女」たちは、元々そのような自由な世界が存在していたなど知る由もなく... その辺りには全然触れられてなかったんですけど、そういうのもちょっと読みたかったなあ。
でも、ここまで管理社会となって、人々も大人しく従ってるんですが(でないと、すぐに処刑されちゃうので)、そんな中でもやっぱり人間的な感情が垣間見えるんですよね。特に子供ができない夫婦にとって、侍女はありがたい存在のはずなんですが、そう簡単に割り切れるものでもなく...。水面下で入り乱れる感情も面白かったです。(ハヤカワepi文庫)

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第二次世界大戦末期。「大きな町」からおかあさんに連れられて「小さな町」にやって来た双子の「ぼくら」は、おばあちゃんに預けられることに。「大きな町」は昼も夜も襲撃を受けて、もう食糧も手に入らないのです。近隣の人々に「魔女」と呼ばれるおばあちゃんは粗野で吝嗇。働かなければ食べ物はもらえません。はじめはおばあちゃんに従うことを拒否する「ぼくら」ですが、1人で黙々と働くおばあちゃんを見るうちに、働くことを決意します。

立て続けにファンタジーを読んでいたので、今度は全然違う作品を。とは言ってもまだまだ翻訳物が続きます。これは随分前にもろりんさんにオススメされていた作品。字が大きすぎてツライ~と敬遠していたハヤカワepi文庫なんですが、気がついたらすっかりのめりこんでしまいました。解説によると、「大きな町」とはおそらくハンガリーのブタペストであり、「小さな町」は、ハンガリーのオーストリア国境近くに存在する小さな町。双子の少年の日々が、日記風に綴られていく作品です。

まず、少年たちの冷静なまなざしと淡々とした語り口がとても印象に残る作品。と思ったら、これは彼らの作文の練習によるものだったんですね。生き抜くために、「練習」と称して自分たち自身を鍛え上げようとする少年たち。祖母や他の人々から受ける暴力や罵詈雑言に耐えるためには、「体を鍛える練習」と「精神を鍛える練習」。お互いに殴り合いをしたり罵詈雑言を浴びせて、痛みを感じなくなることを覚えます。様々な状態を知るためには、「乞食の練習」と「盲と聾の練習」。時には断食をしてみることも。そして普通の勉強もします。正書法、作文、読本、暗算、算数、記憶の学習には、父親の辞書と祖母の聖書を利用。しかしそれらは全て彼らにとっては生きていくための方策を学ぶ手段。彼らは自分たちの哲学に従って行動しているだけで、たとえ聖書を暗記するほど読んではいても、信じているわけではありませんし、お祈りもしません。
2人の作文のただ1つのルールは、「真実でなければならない」。極力感情を排除して、客観的に冷静に事実のみを書いていくんですが、この作品はそんな2人の作文そのままの作品。でも感情を排除することによって、逆に静かで圧倒的な迫力が出るんですね。強制収容やナチスドイツによるユダヤ人虐殺などの事実が、まるで浮かび上がってくるようです。ごくごく簡潔な文章なのに、雄弁な文章よりも余程ずっしりと響いてきます。戦争を扱った作品は多いですが、こういう作品は初めて。もうびっくり。私は基本的に戦争物は苦手なんですが、これは本当に良かったです! こんな凄い作品だったとは、もっと早く読めば良かったわー。読み終わった途端、また最初から読み返してしまいました。続編だという「ふたりの証拠」「第三の嘘」も、早く買ってこなくては!

それにしても、ハヤカワepi文庫のラインナップいいですねえ。今手元にあるのは、ボリス・ヴィアンの「心臓抜き」だけなんですが、他の作品も俄然読みたくなってきました。大人買いしてしまいそう。(笑) (ハヤカワepi文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「悪童日記」アゴタ・クリストフ
「ふたりの証拠」「第三の証拠」アゴタ・クリストフ

+既読のアゴタ・クリストフ作品の感想+
「昨日」アゴタ・クリストフ
「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」アゴタ・クリストフ
「どちらでもいい」アゴタ・クリストフ

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ウィラン・サーガ全3巻。オーストラリアの原住民・アボリジニの青年を主人公にしたファンタジーです。
オーストラリアのファンタジーとは珍しいですね。もしかしたら私、ファンタジーに限らず、オーストラリアを舞台にした小説を読むのって初めてかもしれません。そういえばオーストラリア出身の作家さんというのも全然知らないし。
オーストラリアといえば南半球。当たり前のことなんですが、北半球とはまるで逆なんですよね。私が生まれ育った日本は北半球の国だし、読んでる本もほとんど北半球の人間によって書かれた本ばかり。「北国」と聞けば反射的に「寒い」と思うし、「春」と聞けば、まず4月や5月頃を思い浮かべてしまうので、最初は少し戸惑いました。南に向かう旅が「どんどん寒くなる」と書いてあってもピンと来ないし、10月末が夏だっていうのにも、「...えっ?」状態。確かに半年ずらすと4月末。うちの辺りではそろそろ半袖を着始めたりしますけど... でも夏って言うには早いですよねえ。なんて未だに思っちゃう部分はあるんですが、馴れてしまえば大丈夫。アボリジニの伝承に伝わる土着の精霊たちなどが多く登場して、現代のオーストラリアという舞台にしっくりと馴染んでるのを見てると、北半球のファンタジーには見られない個性がとても楽しかったです。
でもアボリジニのことも精霊たちのことも大地のことも、とても興味深かったし、面白かったんですけど... 物語としては、あと一歩踏み込みが足りないというか、最後の詰めが甘い気も...。オーストラリアの土着の精霊には馴染みが薄いから、それだけで面白く読んでしまうんですけど、欧米のファンタジーでいくらエルフだのドワーフだのが沢山登場しても、それだけじゃあ話にならないですもんね。そういう意味では、精霊たちが舞台背景で終わってしまって、今ひとつ生かしきれてないような、勿体ない印象が残ってしまいました。アボリジニの、大地に根ざして生きる民としてのメッセージ性は十分感じられたし、色々と考えさせられるのだけど... この作家さん自身は、アボリジニではないわけで。
でも、それはともかくとして、アボリジニについてはもっと何か本を読んでみたくなりました。日本の作家さんでは、上橋菜穂子さんが興味を持ってらっしゃると聞いたことがあるんですけど、守り人シリーズにも、アボリジニの影響が色々とあったりするのかな。調べてみると、「隣のアボリジニ」という本があるので、今度読んでみようかしら。アイヌやインディアンもそうだけど、アボリジニの歴史にも、なかなか凄まじいものがありそう。これはノンフィクションなのかな? そうだったらいいな。(ハヤカワ文庫FT)

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金属や妖魔を操る魔法使い・レジークは、織物や生物を操る美しい女魔法使い・デリヴェヴに結婚を断られ、逆にデリヴェヴに憎まれていると思い込んでしまいます。"織り姫"のデリヴェヴはその気になれば、レジークの着ている服を操ることすら可能。いつデリヴェヴに攻撃されるか心配になったレジークは、デリヴェヴの魔力を避けるため、自分の得意分野である黄金を紡いで、肌着を作って身につけることに。しかし秘密裏に作るためには、デリヴェヴや手先の蜘蛛たちの気をそらす必要がありました。レジークは、普段は14歳の金髪の少女の姿をしている炎の妖魔・ギルドラムに青年騎士の外見を与え、デリヴェヴの住むスピンウェブ城へと送り出します。計画は予想以上に上手くいき、デリヴェヴと青年騎士は愛し合い、そして騎士が去った後、デリヴェヴは息子を産んでクレイと名付けることに。

何冊かハズレの作品が続いてちょっとげんなりしてたんですけど、これはいいです。こういう作品は大好き! こういう作品と出会えるなら、多少ハズレがあったとしても我慢できるわ~。
ええと、全ては大勘違い野郎のレジークのせいで始まったという、ちょっと凄い話なんですが...
何といっても妖魔のギルドラムがいいです。本来なら人間を愛することなんてできないはずの妖魔なのに、デリヴェヴを愛してしまい、しかもクレイに父性愛まで抱いてしまうギルドラム。レジークに呪縛されながらも、陰に日向にクレイを助けるギルドラムの姿が何とも言えません。忠誠と愛情の板ばさみになっちゃうところの切ないこと! でもそのギルドラムの普段の姿は、14歳の金髪の少女なんですよね... と書くと、ものすごく妙な話と思われそうなんですが... この話、説明だけじゃあ、どうやっても妙な話としか思ってもらえないかも(^^;。
いやあ、生物学上の父親なんて何ほどのものじゃないですね。最後に真相を知ったデリヴェヴの態度、男らしいわ~!(違)

この物語で描かれている世界観もとても好みだし、デリヴェヴの蜘蛛や植物を使った魔法、レジークの火や金属を使った魔法の場面も素敵でした。完璧に悪役のレジークだけど、金で指輪を作る場面は好きです。私も手伝いたくなってしまったではないですか。(でも鋳造しかしないのね) この作品には続編もあって、そちらも入手済みなのでぜひ近いうちに読みたいです。家に置いてきてしまったのが悔やまれます。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のフィリス・アイゼンシュタイン作品の感想+
「妖魔の騎士」上下 フィリス・アイゼンシュタイン
「氷の城の乙女」上下 フィリス・アイゼンシュタイン

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