Catégories:“幻想文学1500”

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イアソンが自分の破滅の原因となると知った王ぺリアスは、イアソンが大海や外国で命を落として戻って来ないことを願い、危険に満ちた航海の冒険を彼に課すことに。それは黒海の東の果てにあるコルキスへ金の羊毛を求めに行くというもの。イアソンはギリシャじゅうの英雄を集めてアルゴ船に乗り込むことに。集まったのはオルペウス、双子のカストルとポリュデウケス、ヘラクレスら50人ほどでした。

文庫なのにアマゾンの中古に8000円なんて高値がついててびっくりしたこの本、市内の図書館に蔵書がないので、他のところから借りてもらっちゃいました。でも文庫なのに8000円ってどういうことよ? 1997年発行でそれほど古い本でもないのに。さっき見たら7500円ぐらいまで下がってたけど、まだまだ買える値段じゃありません。講談社の方、こういう本はぜひ復刊してくださーい。「メタモルフォーシス ギリシア変身物語集」の方は、今でも新品が手に入るのに! しかもきちんとした「アルゴナウティカ」の邦訳ってこの本だけなのに!
と思いつつ。
読みましたよー。ギリシャ神話関連の本で話は何度も読んでるんですが、きちんとした訳はこれが初めてです。ちゃんと叙事詩の形式で訳されているのがすごく嬉しいー。話そのものはそれほど好きではないんですが、古代ローマ時代の詩人、ウェルギリウスやオウィディウスにも大きな影響を与えてる作品ですしね。もう少し後のガイウス・ウァレリウス・フラックスもこの作品に触発されて、新たな「アルゴナウティカ」という作品を書いてます。

エウリピデスのギリシャ悲劇「メデイア」(感想)では既に鬼女のようになってしまっているメデイアですが、イアソンと出会った頃はまだまだ初々しい乙女。後々の激しさの片鱗は見え隠れしていますが、まだまだ純真です。愛するイアソンと父との間で板ばさみになって苦しんでます。...この物語でイアソンの恋の相手となるのはこのメデイアと、その前にレムノス島で出会うヒュプシピュレの2人なんですが、2人の造形がすごく対照的なんですよね。つつましく優しく、男に無理なことを求めない(都合のいい女とも言える)ヒュプシピュレと、激しい恋に燃えるメデイアと。イアソンが結局そのどちらとも添い遂げずに終わったというのが面白いなー。そして対照的といえば、この冒険に参加するヘラクレスも主人公のイアソンと対照的。いかにも英雄といった風情のヘラクレスと、気弱というほどではないんだけど、何かあるたびに思い悩んだり嘆いたりするイアソン。まあ、ヘラクレスは頭の中も筋肉でできてるような人だし、そんな人と比べれば誰でも人間的に見える気もするんですけど。
そのヘラクレスなんですが、結構早いうちにミュシアという土地に誤って置き去りにされてしまうんです。そしてその後合流することもなく「こんな時にヘラクレスがいたらなあ」ってすっかり回想の中の人になってしまうことに。で、びっくりしたのは、その間にヘラに課せられた12の冒険をしていること。しかもその冒険の中で行ったことが、後にイアソンたちの助けになってるんです。こういうの、すごく面白い! しかも解説によると、この物語はもともとは古い民話で、主人公に協力するのは動物だったんだそうです。なんだか桃太郎みたいだわー。なんて、我ながら枝葉の部分ばかり楽しんでるような気がしないでもないですが~。(講談社学芸文庫)

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ロシア民衆の間に口承で伝わってきた英雄叙事詩・ブィリーナ。18世紀以前は放浪楽師(スコモローフ)のような職業的芸能者によってロシア各地で語られ、18~19世紀半ばにその最良の部分が採録されるようになったのだそう。数々のスコモローフたちに語られた数々の物語から、太古の騎士たち、キーエフの勇士たち、ノヴゴロドの英雄たち、勇士群像という4つの章に分けて、21編を紹介していく本。

ブィリーナとは「実際にあったこと」という意味で、19世紀の30年代にサーハロフという学者が命名したものなんだそうです。普通の昔話とは違って史実に基づくもの、特に先日読んだ「イーゴリ遠征物語」(感想)に由来すると言われていたことからの命名。まあ、実際に史実に基づいていたというより「そう考えられていた」というのがポイントなんですけどね。でも、ここに登場する「太陽の君」と呼ばれるウラジーミル公は、プーシキンの「ルスランとリュドミーラ」にも出てくるんですが、このウラジーミル公が誰だったのか、まだ特定されてないんですって。びっくり。歴史上に名を残したキエフ大公国のウラジーミル公は2人いて、1人は「聖公」と呼ばれるウラジーミル1世、もう1人は「ウラジーミルモノマフ」と呼ばれたウラジーミル2世なんだそうです。

「太古の勇士たち」の章に収められているのは、神話的な物語。スヴャトゴールはヘラクレスのような力持ちで世界を持ち上げようとするし、マルファ姫が踏んだ毒蛇が姫の足に巻きついて尾で太ももを打って宿ったというヴォルフは、まるでヘルメスのように成長が早いです。生まれて1時間半もすると話し始めて、おしめの代わりに鎧と兜を要求するんですから。勇ましいヴォリガーと百姓のミクーラの勝負も、今はパッと思い浮かばないけど、いかにも何か似たエピソードがありそう。
「キーエフの勇士たち」の章で中心となるのは、「太陽の君」ウラジーミルと、彼をめぐる勇士たち。その中でもイリヤーとドブルィニャとアリョーシャの3人が代表格。生まれながらに手足が萎えていたイリヤーは3人の老人の力で健康体になり、ロシア一の勇士となるんです。他の勇士たちの物語は大抵1つ、多くても2つなのに、イリヤーにまつわる物語は5つ。それだけ知名度が高くて人気もあったんですね。
そして「ノヴゴロドの英雄たち」で登場するのは、知らないうちに水の王にグースリ弾いていて、お礼に大金持ちにしてもらった商人サドコと、無法者のワシーリイ。「勇士群像」で登場するのは、ウラジーミル公とアプラクシア妃の結婚に一役買ったドゥナイ、富裕な伊達男のチュリーラ、天竺からウラジーミル公の宮廷にやって来た公子デューク、見事賭けに応じるスターヴェルの妻、たった1人でタタール人の軍勢を退けながら法螺吹きと思われたスフマン、ウラジーミル公の姪。ザバーヴシカ姫と結婚したソロヴェイ。

私が一番気に入ったのは、昔話風の「イリヤーの三つの旅」。旅をしていたイリヤーが、道が三つに分かれる辻に不思議な道標を見つける物語です。石の上には「第一の道を行けば、死を得るべし。第二の道を行けば、妻を得るべし。第三の道を行けば、富を得るべし」なんて書かれていて、それだけならよくあるパターンとなりそうなところなんですけど... でもその後の展開は独特なんです。面白いなあ。あと「イリヤーとカーリン帝」では、タタールの軍勢によって窮地に陥ったウラジーミル公を助けるためにイリヤーは12人の勇士たちに助成を頼むんですけど、その時に、助ける助けないと3度のやりとりをするんですね。これが昔ながらの定型って感じでいい感じなんです。やっぱり定型って美しいなって思いますね。(平凡社)

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遠く離れた地方からペテルブルクの男子の寄宿学校に預けられ、両親とずっと会えずにいたアリョーシャは、学校の図書室にある騎士の物語や魔法物語を読みふけったり、庭で飼われているめんどりたちと遊ぶのが好きな少年。中でもクロちゃんという黒いメンドリはお気に入りで、女中に殺されそうになった時には、おばあさんからもらった大事な金貨と引き換えに助けてやったほど。そしてそれがきっかけで、アリョーシャはクロちゃんに小人の国に案内されることになるのですが...。

19世紀のロシアの文学者だったというA.ポゴレーリスキイによる童話。あのトルストイも、この「アリョーシャと黒いめんどり」は、プーシキンの民話とブイリーナ(英雄叙事詩)と並んで幼年時代に深い感銘を受けた作品だと語ったんだそうです。プーシキンの民話は私も子供の頃から大好きでしたが、これを読むのは初めて。「ブイリーナ」も丁度図書館から借りてきてるところなので読むのが楽しみ~。
E.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形」と少し雰囲気が似てるなと思っていたら、実際ホフマンの影響を色濃く受けているのだそう。あそこまでの幻想性はないですが、こちらで描かれている小人の国もいい感じ。そして似てるのは幻想的なところだけじゃなくて、ストーリの展開がちょっとブラックがかってるところも。...でもこれはブラックというより、教訓的なのかな。全くアリョーシャったら、なんでこんな願いごとをしたんだかー。雰囲気にのまれてたとはいえ、こういう時にその人間の本質が出てきちゃうのかもしれないですね。とは言っても、教訓的だけど説教くさいわけじゃないのが、この作品のいい所。
字も大きな児童書なんですが、実はなかなか奥が深い作品かもしれません。「幻想文学1500」に選ばれてるのも納得。でも幼年時代に感銘を受ける作品だったら、私はたとえば「せむしの小馬」の方がいいなあ。うん、私が子供の頃好きだったロシアの作品ベスト3は、「ルスランとリュドミーラ」(プーシキン)、「せむしの小馬」(エルショーフ)、「森は生きている」(マルシャーク)ですね。あーでも「イワンのばか」(トルストイ)、「石の花」(バジョーフ)も捨てがたいー。この「アリョーシャと黒いめんどり」も悪くはないんですけど、そこに食い込めるほどではないです。でも、子供の頃に読んでたらまたちょっと違ってたのかしら?(旺文社)

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何度もロシアに侵入しては略奪を繰り返していたポーロヴェッツ人。イーゴリ侯はロシアを守るために、ポーロヴェッツ人討伐の遠征をすることに。出陣間際に日蝕という不吉な前兆が起きたにも関わらず、イーゴリは兵士らを鼓舞してポーロヴェッツ人の地を目指します。

12世紀末にロシアで成立したという作者不明の散文。ロシアでは中世文学を代表する傑作として広く知られているんだそうです。11~12世紀のロシアは東方のテュルク(トルコ)系の遊牧民・ポーロヴェッツの侵入に度々悩まされていて、この作品も1185年春、南ロシアの小都市の候の息子だったイーゴリが行ったポーロヴェッツ人討伐遠征の史実が元となっているのだそう。そしてこれはアレクサンドル・ボロジーンのオペラ「イーゴリ」の元にもなっている作品... と書いてあってもピンと来なかったんですが、ボロジーンというよりボロディンですね! そうそう、「イーゴリ公」といえば「韃靼人の踊り」が有名でした~。右のは歌劇「イーゴリ公」のハイライトのCDなんですけど、これを見ると「Prince Igor」になってますね。Princeなんだ!(驚)
この本の訳ではまるで詩のように行が頻繁に変えられてるんですが、原文は散文作品とのこと。雰囲気としては「ローランの歌」(感想)のような英雄叙事詩に近いです。でもこれを読むとイーゴリ候はとても重要人物のように思えてしまうんですが、実際には弱小領主に過ぎなかったようで... 華々しい戦記ではなくて、最初の不吉な前兆通り、イーゴリ候の軍勢は大敗を喫して、イーゴリ候自身が敵に捕らわれてしまうほど。でも最後はイーゴリ候がロシアに無事帰還してめでたしめでたし。ラストがロシアらしいかな。でも正直、それほど面白くは感じられなかったのが、ちょっと残念。(岩波文庫)

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ロシアでは4番目、世界では10番目の大河・アムール川流域に住むニブヒ(ギリヤーク)、ウデゲ、ナナイ(ゴリド)、ウリチなどの少数種族に伝わる民話をもとに創作されたという物語集。

アムール川というのは、この本では全長4,350Km、広いところの川幅は10キロあると書かれてるんですが、Wikipediaを見ると全長4,444Kmで世界8位の長さですって。モンゴル高原からロシアと中国との国境を通り、オホーツク海に面したアムール湾に注ぐ大河。中国では黒竜江または黒河と呼ばれているのだそう。
ここに収められた物語は全部で11編。どれもとても素朴な物語で、訳者あとがきを読むまで、創作だとは気がつかなかった... びっくり。それほど元々の民話らしさを生かした物語となっています。「勇敢なアズムーン」のように、不漁に苦しむ人々を見かねたアズムーンが海の老人・タイルナースに会いに行くというまるで神話に連なるのような物語もあれば、「クマとシマリスはどうして仲が悪くなったか」「ふたりの弱いものとひとりの強いもの」のような動物民話もあり、シンデレラ的な「小さなエリガー」あり、「大きな災難」「みなしごのマムブ」みたいに他の民族から攻めてこられた話もあり、バラエティに富んでますねー。
私が特に気に入ったのは、「チョリリとチョリチナイ」と「七つの恐怖」。「チョリリとチョリチナイ」は、親が決めた許婚チョリリとチョリチナイの物語。2人とも親を病気(ペストですって)で亡くして、もう大人になってたチョリリが幼いチョリチナイを家に引き取るんですね。で、結婚できるまで大きくなるのを待ってるんです。でも日に日に美しくなっていくチョリチナイに目を付けた長老・アルルィフが、チョリチナイにまじないをかけてクマにしてしまい... チョリリが作ったナイフや槍があくまでもチョリリを刺そうとしないところも面白いし、アルルィフのまじないを解くためにはアルルィフについている悪魔を殺さなくちゃいけなくて、そう聞いたチョリチナイが冒険する場面が素敵。チョリチナイは山の主のところに行くために九つの川を通り、九つの湖を通り、九つの山脈を越えたところにある、滑らかな岩石を上って主の天幕に向かうんです。悪魔のとこも面白いな。そして「七つの恐怖」は、臆病な心から兄をトラに攫われてしまった弟が、7つの恐怖を超えて救いに行く物語。罠にかかっている動物にすら、兄をなくしたことを罵られて見捨てられるとこが独特。ワシの羽根の助けを得て兄を探しに行けるようになった弟は次々に怖い目に遭うんですが、そのたびに「どうやら、これはまだ恐怖ではないようだ。恐怖は先にあるのだ」と次々に困難に打ち勝っていく場面が頼もしいです。(リブロポート)

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昇天祭の日の午後、大学生のアンゼルムスがエルベ川のほとりの接骨木(にわとこ)の木陰で自分の不運を嘆いていると、そこにいたのは金緑色に輝く蛇が3匹。アンゼルムスはそのうちの1匹の美しい暗青色の瞳に恋してしまいます。それはゼルペンティーナでした... という「黄金の壺」。そして「マドモワゼル・ド・スキュデリ」「ドン・ファン」「クライスレリアーナ」からの抜粋。

先日読んだ昭和9年発行の「黄金寳壷」では面白味が今ひとつ感じられなくて、好きなモチーフのはずなのにおかしいなあーと思っていた「黄金の壺」なんですが、こちらはとても面白く読めました。やっぱり私自身のせいだったのね。きちんと読み取れてなかったのか...! 解説にもありましたが、昇天祭という普通の日、ドレスデンという普通の町に、するりと摩訶不思議なものを滑り込ませてしまうのがいいんですよね。現実と相互に侵食しあう夢幻の世界を描くホフマンの作風。もしかしたら「むかしむかしあるところに」が主流のこの時代、こういう作風って画期的なものだったのかも。

そして「マドモワゼル・ド・スキュデリ」は、「スキュデリー嬢」でいいのにと思いつつ... 基本的には最初に読む訳の方が印象が強いですね。こちらで新たに読んだのは「ドン・ファン」と「クライスレリアーナ」。「黄金の壺」のリベンジとはいえ、この本を読む決め手となったのは、この「クライスレリアーナ」なのです。だってシューマンのピアノ曲「クライスレリアーナ」大好きなんですもん~。いつかは弾いてみたい曲。「クライスレリアーナ」とは「クライスラーの言行録」といった意味なんだそうで、失踪した楽長・ヨハネス・クライスラーの書き残した断片集という体裁。このヨハネス・クライスラーという人物はまるでホフマンその人のようで、特にこの中の「音楽嫌い」という掌編は、実際にこういう出来事が少年時代にあったんだろうなと思わせるところが楽しいです。

古典新訳文庫では、使われている日本語が軽すぎてがっかりさせられることも多いんですが、この本は良かったです。「モモ」を訳してらっしゃる大島かおりさんなので大丈夫だろうとは思ってましたけどね。訳者あとがきに「新しさ」に拘りすぎずに自分の言語感覚を頼りに訳したということ、そして「ホフマンの作品は十九世紀初葉に書かれたものですから、その文体や語彙が古くさいのは当然です。でもその古さをなるべく大事にして、その大時代な雰囲気を殺さないようにしたい」と書かれていました。まあ、「黄金の壺」は「です・ます」調なので、そういうところが読みにくく感じられてしまう方もいるかもしれませんが...。(この「ですます調」も大島さんなりの理由があってのこと) 他の作品もこういったスタンスで訳されていれば、新訳文庫にももっと好感が持てると思うんですけどねえ...。(光文社古典新訳文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壷」「スキュデリー嬢」 ホフマン
「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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毎日どこかの広場で説教をする男と常に一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色く、大きな口の中に見えるのは黄色い歯並み。男と犬の奇妙なつながりに興味を引かれた「ぼく」は、男のあとをつけるようになり... というフリードリヒ・デュレンマットの「犬」他、全18編の幻想小説アンソロジー。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。面白い作品もあったんですけど... でも、うーん、今ひとつぴんとこない作品も多かったかも... 今回ピンと来なかった作品については、いずれリベンジしようと思います。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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