Catégories:“幻想文学1500”

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ダヴンホール島のチャイナタウンで生まれ育ったマークは、生まれつき真っ白い髪をした少年。そのマークが、母親の足元に見知らぬ男の死体が横たわってるのを見たのは19歳の時。マークはそのまま回れ右をして島を出て行きます。島と本土を行き来する小さい船で働きながら、決して島に降り立とうとはしないマーク。そして15年が経った時。ダヴンホール島にやって来た青いドレスの娘に心を奪われたマークは、娘がなかなか戻って来ないのに苛立ち、15年ぶりに島に降り立ちます。しかし娘は見つからず、マークは母と再会。そして15年前に死んだ男の声、バニング・ジェーンライトの生涯を語る声を聞くことに...。

裏表紙に「仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら...」と書いてあったので、てっきりヒトラーのif物、第二次世界大戦でナチスが勝ち、その勢力が全世界に及んでいく話なのかと思ったら! いや、確かにヒトラーは生きてるんですけどね。そういう話ではなかったんですね。そして裏表紙に「ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え」ともあったので、最初に出てくる少年がそのポルノグラファーになるのかと思ったんですけど、どうやらそれも違うみたいで、そうこうしてるうちにバニング・ジェーンライトの話が始まっちゃうし。しかもそのバニング・ジェーンライトの話の中にも、いくつもの話の流れがあるんです。面白くてどんどん読み進めてしまうんですけど、えっ、これってどういうこと? 話はあとでちゃんと繋がるの? このまま読み進めちゃって本当に大丈夫...? なんて不安になってしまいました。
それでもとりあえず読み続けてたら。「あっ」と思った瞬間全てが繋がってました。そうか、よく分からなかったあの場面はこういうことだったのか! あれもこれも、そういうことだったのか! いきなり目の前がクリアになりました。オセロゲームで、いきなりパタパタと駒がひっくり返って、黒一色に見えた盤上が白一色になってしまった時みたいな感覚。
そうか、これはパラレルワールドじゃないんですね。パラレルワールドと言えるほど平行してないもの。捩れて絡まりあって侵食しあってます。そうか、クリストファー・プリーストの「双生児」か。あと、先日読んだばかりのガルシア=マルケス「百年の孤独」も? いや、凄かったな。これはもう一同最初に戻って読み返してみなくっちゃ。そうすれば、もう少し全体像を掴みながら読めるよね。ああ、作者の理解力を持ってこの作品を読みたい。って、理解力のなさを暴露してるようですが、そこはそれ、隅々まで理解したいということで♪

...で、結局カーラって誰だったんでしょうか?(す、すみません、よく分からなくて...)(白水uブックス)

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アウレリャーノ・ブエンディーア大佐が子供の頃のマコンドは、澄んだ川が勢い良く落ちていく川のほとりに、葦と泥づくりの家が20軒ほど建っているだけの小さな村。毎年3月になるとぼろをぶら下げたジプシーの一家がやってきて、アウレリャーノの父のホセ・アルカディオ・ブエンディーアが母・ウルスラの反対を押し切って、なけなしの金で不思議な道具を買い込むのが常。当初は若き族長として村の発展のために尽くしたホセ・アルカディオ・ブエンディーアは、いつしか家の仕事も子供の世話もせず、ジプシーのメルキアデスに贈られた錬金術の工房に篭りきりの生活を送るようになっていたのです...

読もう読もうと思いつつ、ラテンアメリカ文学にはちょっと苦手意識があってなかなか手に取るところまではいかなかったんですが、ようやく読めました。いや、これを読んでもやっぱりラテンアメリカにはまだまだ慣れないなあという感じなのだけど... でも今なら寝かせ中のボルヘスの「伝奇集」が、もう少し読めるようになってるかな? 少しずつ読んでは寝かせてるので、一体いつになったら読み終わるの?状態なんですけど。(笑)

この「百年の孤独」を読み始めて最初に戸惑ったのは、同じ名前の人間が沢山登場すること。ホセ・アルカディオとアウレリャーノがいっぱい! もう半端じゃないです。そしてその2つの名前ほどじゃないけど、ウルスラとアマランタもいっぱい。これは混乱せずにはいられないでしょう。でも、これはわざとだったんですね。親の名前を子供につけるというのは普通にあることでしょうけど、なんでこんなことするんだろう... と、ずっと思いながら読んでたんです。最後まで読んですとんと腑に落ちました。
この作品、途中も十分面白く読んでたんですけど、同時にどこか収まりが悪くて落ち着かない気分もあったんですよね。ちょっと読んでは、また前に戻ってもう一度読み返したくなって仕方がなくて。しかも、先週の後半から週末にかけて全然まとまった読書の時間が取れなかったので、もう全然進まなくてー。でもそうやって「三歩進んで二歩下がる」読書を続けてた甲斐があったのか(笑)、最後の最後でドカンと来ました。いや、すごいな、これは。全てがこの最後のための積み重ねと反復だったのね。なるほど! この100年というスパンがまた素敵。いやあ、面白かったです。濃い話だったわー。

という私が読んだのは旧版。上の書影とリンクは最新版です。1999年度に出た版はレメディオス・バロの表紙が素敵だし作品にも合ってると思うのに、なんで変えちゃったのかな?(新潮社)

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月光の照る夜、ベッドの中で仏陀の本を読みながらなかば夢見心地になっていた「ぼく」が石と脂肪について考えていると、場面は突然プラハのゲットー(ユダヤ人街)にあるアパートの中庭に転換。赤毛のロジーナを避けて自室に戻った「ぼく」は、古道具屋のアーロン・ヴァッサートゥルムが店先に立っているのを眺め、ロジーナを探す双生児の兄弟の気配を感じ、隣の建物の同じ階から聞こえてくる男女の話し声に、数日前に人形遣いのツヴァック爺さんがアトリエを青年紳士に又貸ししたという話をしていたのを思い出します。その時、突然1人の貴婦人が部屋に飛び込んできたのです。「ペルナートさま、お助けくださいましーー後生ですから!ーーなにも言わないで隠れさせてくださいまし!」...「ぼく」は、宝石職人のアタナージウス・ペルナートになっていました。

ゴーレム伝説を下敷きにした幻想小説。マイリンクはユダヤ教、キリスト教、東洋の神秘思想を学び、しかもプロテスタントから大乗仏教徒に改宗という経歴の持ち主なんだそうです。マイリンクの作品には、新プラトン派やグノーシス派の哲学、錬金術やカバラの思想、バラモン教や道教などの東洋思想の影響が指摘されるそうで... 確かにそういう雰囲気がたっぷり。
ゴーレムというのはユダヤ教の伝承に登場する土人形のことなんですが、プラハのラビ(ユダヤ教の律法学者)・レーフが作ったゴーレムの伝説が一番有名なようですね。レーフは土を捏ねて人形を作り、護符を貼り付けて動けるようにするんですが、ある晩その護符を取り外すのを忘れるとゴーレムが凶暴化。護符を剥ぎ取ってようやく土くれに戻ったという話。でもこの作品は「ゴーレム」という題名ほどにはゴーレム伝説中心ではないんですね。本当はもっとそのゴーレム伝説そのものを読みたかったんだけど、ちょっと違ってて残念。

でもこれはこれで... なんて言い方をするのはこの作品に失礼なんだけど、すごく迫力のある作品でした。陰鬱な雰囲気のプラハのゲットーを舞台に、いくつもの断片的なエピソードが積み重ねられていて、まさに夢の中にいるような不思議な雰囲気。いくつかの場面が、ものすごくくっきりと鮮やかに脳裏に焼きついてしまったのだけど、その中でも謎の男が修理に持参した「イッブール(霊魂の受胎)」という羊皮紙の本を開く場面が、とても幻想的で美しい~。奇妙な通路を抜け出た先の部屋に落ちていたタロットカードを拾った場面も印象的だったし... あとはやっぱりラストの場面かな。きっと主人公がより深く自分自身を探っていく物語だったんだろうと思うんですけど、きちんと理解できたとは到底言いがたいです。でもものすごく存在感のある作品。これは落ち着いた頃にまた読み返してみたいな。(河出書房新社)

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アウグストの父は時計職人で、彼が覚えている一番古い情景は、父親が懐中時計の裏蓋をあけて、歯車が重なり合って神秘的に動いている情景。時計や歯車のことを習い始めたアウグストは、12歳の時に見た動く絵を自分でも作り、14歳の時には自動人形を作り始めます。そして18歳になったアウグストは、大手百貨店を経営するプライゼンタンツに誘われて、ベルリンで自動人形を作る仕事に取り組むことに... という「アウグウト・エッシェンブルク」他、全7編。

スティーヴン・ミルハウザーの本を読むのは初めて。これは森山さんにオススメいただいた本です。この本に収められた「東方の国」が私好みじゃないかとのことだったんで早速探してみたら... いや、もうほんと好みでした! 森山さん、私の好みがよく分かってらっしゃるわー。
この本は3部構成になっていて、第1部には上にあらすじを書いた中編「アウグスト・エッシェンブルク」が、2部と3部は短編が3作ずつ収められてます。第2部の3作に関しては、雰囲気ががらっと変わってしまって驚いたんですけど、これは訳者あとがきによると「ミルハウザーとしては比較的珍しいタイプの作品」とのことなので、まあいいとして。(これも決して悪くはないんですが)1部と3部はほんと良かったです。特に「アウグスト・エッシェンブルク」と、最後の「東方の国」。素晴らしい。
「アウグスト・エッシェンブルク」は、なぜかとても懐かしく感じられる物語。かつて好きだった物や憧れていた場所、既に忘れかけていた懐かしい情景を集めてきて物語の形にしたら、こんな感じになるのでしょうか。これは19世紀後半のドイツを舞台に、天才的な自動人形の作り手・アウグスト・エッシェンブルクを描く物語。12歳のアウグストがまず動く絵に、14歳で自動人形に魅せられる場面の懐かしい空気ったら。アウグストの作る自動人形が百貨店のウィンドウに置かれている場面のどれも素晴らしいことったら。当時のヨーロッパの文化の持つ濃厚な美しさや豊かさが伝わって来るようです。そして後にアウグストの作り上げる自動人形の舞台の美しく哀しいことったら。もう胸をぎゅーっと鷲掴みにされ続けてました。この物語自体が、アウグストの自動人形の舞台を見ているような作品。きっとミルハウザー自身が、アウグストのような職人的な作家なのでしょうね。
そして最後の「東方の国」は、まるでイタロ・カルヴィーノの「見えない都市」のような幻想的な物語。最初に本を手にした時にこの「東方の国」を開いたら、もう目が釘付けになってしまって... 見た途端に好きだと分かるのもすごいなあと思うんですが、その予感通りの作品でした。こういうの、ほんと好き!

あわせてオススメされた「バーナム博物館」も読まなくちゃ。それにしても白水uブックスってほんと外れがないなあ。少しずつ読んでいこうっと。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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都会の暮らしにはあまり都合の良くない目をしたマルコヴァルドさん。人々の目を引くために工夫された看板や信号機、ネオンサインや広告のチラシは目に入らず、逆に枝に1枚残った黄色い葉や屋根瓦にひっかかっている鳥の羽のような光景は決して逃さないのです。そんなある朝、仕事に行くために電車を待っているマルコヴァルドさんが見つけたのは、通りの並木の周りのわずかな土から顔を出そうとしていたきのこの頭でした。

ズバーブ商会の人夫をしているマルコヴァルドさんは奥さんと子供4人の、全部で6人家族。お給料は少ないのに養う口は多く、家賃を支払うのも滞りがち... というマルコヴァルドさんを巡る四季の物語です。春夏秋冬が5回繰り返されるので、5年間の物語ということになりますね。
んんー、これはとっても微妙...。最初はごく普通の街角の情景を切り取ったような感じで始まるんですけど、じきに現実味が少しずつ薄れていくんですよね。そういう現実と非現実の境目が曖昧な話というのは好きなんだけど、そこまで突き抜けた話というわけでもなくて、どちらかといえばホラ話のレベル? でもそれ以前にどう反応したらいいのか困ってしまう話も多かった...。家に帰るバスに乗ったつもりが、インド行きの飛行機に乗っていた、なーんて展開の場合はニヤニヤできるからいいんですけど、これって笑える話?それとも...?なんて思ってしまったのが結構多いんです。確かにユニークではあるんだけど、シュールというかブラックというか... 最初のきのこの話だって、結局きのこを食べた人みんな病院で再会することになるというオチですしね。最後の「サンタクロースのむすこたち」なんて、一体! お涙頂戴では決してないし、むしろ乾いた感じではあるのだけど、しかもどんな状況になっても生き抜いていく逞しさがあるんだけど、笑う以前にマルコヴァルドさんの貧しさとか悲哀を感じてしまうー。カルヴィーノは笑える話のつもりで書いたのかしら? イタリア人なら読めば笑える? 大人になってしまった私は笑えなかったけど、子供の頃に読んでいればまた違った印象になってたのかな?(岩波少年文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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派遣使として訪れた都市のことをフビライ汗に語り聞かせるマルコ・ポーロ。最初は東方の言葉にはまるで無知で、身振り手振りで伝えることしかできなかったマルコ・ポーロも、徐々に韃靼人や周辺の諸民族の言葉に慣れ親しみ、いつしか精緻詳細をきわめる報告をするようになっていたのです... 「東方見聞録」のマルコ・ポーロがフビライ汗に架空の都市のことを語るという趣向の作品。8章に分かれて55の架空の都市のことが語られていて、各章の最初と最後にマルコ・ポーロとフビライ汗の会話があります。

これが「見えない都市」という題名なんですけど、見えないどころか、文字を追うごとにそれぞれの都市の情景が頭の中に次々に鮮明に浮かび上がっていくようで、その濃密さに息苦しくなってしまいそうなほどなんです。すごいですね、これは。でも読み始めてすぐに一体いつの時代の都市のことなのかと考えさせれることになります。一昔前の華やかな都市を思わせる描写の中に登場するのはアルミニウムづくりの塔であったり、摩天楼であったり、整備された上下水道だったり... 海をゆく交通手段といえばまず帆船だった大航海時代に、蒸気船や飛行船、地底列車が。それぞれの都市の姿もすごくユニーク。高い柱の上にそそり立つ都市であったり、奈落の底の上に宙吊りになっている都市であったり、壁も床も天井もなく水道管だけが縦横無尽に張り巡らされている都市であったり。人間同士の様々な関係をより堅固にするために戸口から戸口へと糸を張り渡していき、通り抜けられないほど張り巡らされると、その都市を捨ててまた別の場所に都市を再建することを繰り返していたり。
そのまま物語が生まれてきそうな都市も多いんですけど、読んでいるとなんだか既に世界は終わってしまっていて、どこかからその亡霊のような残像を眺めてるような気がしてきます...。

でも、こんな感じで情景が立ち上がってくる作品は大好きだし、今回はそれだけで面白く読んでしまったんですが、本当はこれらの都市の描写を通して、様々なことが語られているんですよね、きっと。マルコ・ポーロとフビライ汗の会話もとても暗示的だし。...この会話がまたすごくいいんです。時間を置いてもう一度読み返したら、その時はまた全然違うものが見えてきそうな気がします。まるで詩のような物語。(河出文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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久々に読む「せむしの小馬」。先日祖母の家に行ったので、その時にこの本を持って帰ってきました。これはエルショーフが19歳の時に書いた作品で、色々なロシアの民話を元にロシア語で書かれたという詩。プーシキンや他の詩人たちがこの作品に感心して夢中になったのだそうです。
改めて読んでみると、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも出てくる物語がいくつも組み合わさっているのがよく分かります。夜のうちに小麦畑をめちゃくちゃにしてしまう馬も、火の鳥も、鯨が飲み込んだ船のことも...。そういった1つ1つの物語よりもこちらの方が断然面白いから、「ロシア民話集」を読んでいてもどこか物足りなさが残ってしまったのだけど。そして私にとって「ばかのイワン」は、これが基本なのかもしれません。トルストイの「イワンのばか」も、子供の頃から好きだったんですけどね。
私の持っているのは岩波少年文庫版ですが、これは絶版。でもお話そのものは、今でもちゃんと読めるようです。ただ訳者さんが違うので、どんな感じなのかは分かりませんが...。岩波文庫版は詩の形で訳してあるんですけど、右の画像の論創社版はきっと散文訳なんでしょうしね。挿絵からして、低学年の子供向けって感じ?
今回読んでいたら「はくらいのぶどう酒」なんて言葉があって、「ああ、舶来という言葉を覚えたのは、この本だったなー」なんて懐かしかったです。そして岩波文庫版の挿絵にはV.プレスニャコフというロシアの画家の版画風の絵葉書が使われていて、そういうのもこの本が好きなところなんですよね。(岩波少年文庫)

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