Catégories:“幻想文学1500”

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アイスランドの人々の歴史な出来事や英雄を伝える散文物語・サガ。数あるサガの中から「エギルのサガ」「グレティルのサガ」「ラックサー谷の人びとのサガ」「エイルの人びとのサガ」「ヴォルスンガサガ」「ニャールのサガ」という、五大サガ+1(ヴォルスンガサガ)を完訳したもの。

ああー、長かった。じゃなくて(笑)、読み応えのある本でした。なんせ862ページ2段組み! 市外の図書館から取り寄せてもらったんですけど、こんなに分厚い本とは知らなかったので、届いた時ちょっと引きましたよ。京極本レベルですね。しかも現代作家さんの、導入部から徐々に盛り上がってクライマックスへ、そして終幕、といったよく整理された話じゃないし、人名がものすごく沢山出てくるので覚えられなくて大変... こういうのを読んでると、今どきの小説、特にジェットコースター的なものが恋しくなります。(笑)

この5つのサガの中で1つだけ異色なのは、やはり「ヴォルスンガサガ」。これは1260年頃の作品だそうで。「エッダ」(感想)に収められているシグルズ伝説と基本的に同じもの。要するに「ニーベルンゲンの歌」(感想)とも同じ。そしてワーグナーの「ニーベルングの指環」(感想)とも。というか、ワーグナーはこちらの作品を元にしてあのオペラを作り上げたらしいです。現存する「エッダ」には欠落している部分があるんですが、それが失われる前のエッダから作り上げられているので、逆にエッダの欠落を埋めてくれるという貴重な作品でもあるのだとか。
そしてあとの5つのサガはハロルド美髪王がノルウェーを統一しつつある頃から、その子や孫が王となる時代の話。こちらはアイスランドに植民した人々の話なので、「ヴォルスンガサガ」に比べるともっと現実感のある作品です。「グレティルのサガ」はちょっと違うんですけど、他の4つは登場人物も起きる出来事も共通してたりするので、全部読むと特定の出来事の裏事情が分かるような場面もあります。でもね、とにかく登場人物が多いし、今どきの小説みたいに整理されてるわけじゃないので、読むのがほんと大変で... 主人公の一生を描くにしても、その誕生から死までではなくて、その祖父母の時代辺りから話が始まるんですもん。面白いのは確かなんですけどね。特に「ラックサー谷の人びとのサガ」で結果的に4人の夫を持つことになったグズルーンの話なんて面白かったなあ。
でもやっぱり好みからいえば、「ヴォルスンガサガ」が一番かな。普通のアイスランドサガは、私の好みからすると現実味がありすぎて... もうちょっと神話の世界に近い方が好きなのです。(新潮社)

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先日「勇士ルスランとリュドミーラ姫」を読んだ時に、きちんとした叙事詩の形に訳されたものが読みたーいと書いていたら、信兵衛さんに、プーシキン全集の1巻に入ってますよと教えて頂いちゃいました! 早速図書館で借りてきましたよー。分厚い1冊の中に抒情詩と物語詩が収められていて、割合としては半々ぐらい。抒情詩が想像してたよりも沢山あってびっくりです。そして物語詩の方には「ルスラーンとリュドミーラ」「コーカサスの捕虜」「天使ガブリエルの歌」が収められていました。

「ルスラーンとリュドミーラ」は借りてすぐに真っ先に読んでたんですけど、読めるのが嬉しくて、返したくなくて、じっくり読み返してしまいました。やっぱりきちんとした詩の形式に訳されてるのはいいですねえ。省略されていた部分もこちらではちゃんと訳されてるし、ほんと読めて良かったです。でも訳そのものは、岩波少年文庫版の「勇士ルスラーンとリュドミーラ姫」の方が好きかも。たとえば岩波少年文庫版で「幸なき姫は、さびしさを胸にいだいて」となってるところは、全集の方では「哀れな公女は退屈して」だし、「そして、ふしぎなねむりが幸うすいリュドミーラをつつみました」というところは「すると不思議な眠りが不幸な女をその翼で包んだ」なんですよね。きっと全集の方が原文に忠実なんでしょうけど、岩波少年文庫版はいかにも物語といった雰囲気があって好き。ちなみに昔から一番好きな場面は、岩波少年文庫版では「フィンのおきなが、勇士のそばに、立ち止まり、死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」で、全集では「そして老人は騎士の上に立ち 死の水を注ぎかけるのだった。すると傷はまたたく間に輝き始め 屍は驚くべき花のような美しさになった」でした。花のように美しい屍って... 一体?(笑)
この物語のプロローグに、入り江のそばの樫の木に金の鎖で繋がれた物知りの猫が登場するんですが(岩波少年文庫版にもあります)、これはスーザン・プライスが「ゴースト・ドラム」(感想)に使っていたモチーフ。きっと元々はロシアの民話から来てるんだと思うんですけど、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも「ロシアの神話」(感想)にもトルストイの民話集(感想)にも確かなかったんですよね。でも元になる話がきっとどこかにあるはず。読みたいなあ。

他の作品でびっくりしたのは、「天使ガブリエルの歌」。後に聖母となる16歳のマリアの美しさに、神様と天使ガブリエルと悪魔が同時に目をつけてしまうというトンでもない詩なんです。でもトンでもなさすぎて逆に笑っちゃう。神様をこんな風に描いてしまって大丈夫だったのかしら?と思ったら、解説に「その反宗教的な内容からしても当時は出版を許されるはずもなく」とありました。そりゃそうだー。「手から手へと筆写されて拡められて行ったがプーシキンは後難を恐れて自筆原稿を廃棄した」のだそうです。そして今でもこの本の訳者さんが知る限りでは何語にも翻訳されていないんだとか。邦訳も、この本が出た時点ではこの全集だけだったようだし。もしそれ以降全然出てなくても驚かないなー。(河出書房新社)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

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副題はトルストイ民話集。この2冊で全部で14編の物語が収められています。
どれも読んだことがある話なので、子供の頃に岩波少年文庫で読んでいたものと、入ってる話は同じなのかな? 岩波少年文庫版が手元にないので、比べられないのがもどかしいー。そして比べられなくてもどかしいといえば、訳もなんですよね。岩波文庫版は中村白葉訳、岩波少年文庫版は金子幸彦訳と訳者さんが違うので、岩波少年文庫の方は子供用に平易な訳となっているのかもしれないんですが、伝わってくるものは全く同じ。トルストイほどの文章になると、ロシア語→日本語なんて壁も既に壁じゃなくなってしまうのかしら、なんてふと思ってみたり。でもこの「イワンのばか」以下15編はトルストイ晩年の作品で、その頃のトルストイは、一般の民衆がきちんと理解できるように簡潔で平易な表現で書かれるべきだと考えていたようなので、日本語に直しても読み手に伝わりやすいのかもしれないですね。

内容的にはとてもキリスト教色が強いです。特に「人はなんで生きるか」の表題作とここに収められている「愛のあるところに神あり」「二老人」。「イワンのばか」も基本的にキリスト教色が強いんですけど、こちらに収められている作品は民話色も強いのです。「人はなんで生きるか」の方は、もっと純粋にキリスト教に近づいているような印象があります。キリスト教色が強いとは言っても、ロシアの話なのでイギリスやフランスの作品とはまた少し違う雰囲気だし、どことなく異教的な純粋さがあるような気がして結構好きなんですが。
他のたとえば「アンナ・カレーニナ」みたいな作品もいいんですが、私はこちらの方がずっと好き。芸術は宗教的なものを土台に持つべきだ、なんてことは思わないけど(トルストイはそういうことも言っていたらしい)、一般の民衆によく理解されるために簡潔で平易な表現で書かれるべきだという部分はその通りだと思いますね。私なんかからすれば、小難しい文章を書く人よりも、読み進めるにつれてすんなりと頭に入ってくるような文章が書ける人の方が頭がいいように思ってしまうんですけど、どうなんでしょう。誰にでも理解できるように表現できる方がずっと大切だと思うんですが... って、私の理解力ではあんまり難しいものは理解しきれないというのもあるんですけどねー。(笑)(岩波文庫)

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アファナーシエフは民俗学者で、ロシアのグリムと称えられる人なのだそうです。この2冊に収められた民話の数は、なんと78編! 最初の方はずるがしこい狐が出てくるイソップみたいな話が多くてどうなることやらと思ったんですが(イソップも動物物も苦手なので)、本の紹介に「イワンのばかとその兄弟,蛙の王子,火の鳥や灰色狼など,ロシア民話におなじみの人物・動物はみなここに登場する」とある通り、子供の頃に読んだ本が懐かしくなるような物語がいっぱい。先日読んだ「きいろの童話集」に載ってる話もいくつかありました。(記事) イワンのばかも火の鳥も大好き~。私の目当てだった「ヤガーばあさん」こと「バーバ・ヤガー」の話も沢山収録されていましたしね。これは骨の一本足の魔女。大抵は人々に恐れられている怖い存在なんですけど(人をとって食うし)、たまに主人公を助けてくれる親切なおばあさんになったりもします。でも「ルスランとリュドミーラ」に出てくる「チェルノモールじいさん」は出てこなかったですねえ。まさか「不死身のコシチェイ」と名前の読み方が違うだけとは思えないのだけど... 地方によるのでしょうか。あと「せむしの小馬」も出てこなかったな。以前岩波少年文庫で「せむしの小馬」という本があって、それは詩人のエルショーフがロシア民話を元にまとめた本で、私は大好きだったのだけど。この本に登場する馬は、せむしどころか駿馬ばかりでした。
「ハンガリー民話集」を読んだ時に、ロシア民話では、婚礼の式によばれて蜜酒やビールをご馳走になったけれど、ちょっぴりひげを濡らしただけでみんなこぼれてしまった... という締めくくりの文句が印象的だったと書いたんですが(記事)、これは実は、語り手が語り終わって喉が渇いて聞き手に酒を催促してるということだったんだそうです。物語によってはもっと露骨にビールやお酒を催促しているものもありました。そういうことだったのか。自分もその場にいたと言って聞き手に本当の話のように感じさせたり、いかにも口承文学的な雰囲気を出そうとしてるだけなのかと思ってました。まさか飲み物を催促してるとは考えてませんでしたよ。面白いなあ。(岩波文庫)

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ロシアの詩人・プーシキンが、子供の頃に聞いたロシアの昔話を元に詩として書き上げた作品。ここに収められているのは「サルタン王のものがたり」「漁師と魚」「死んだ王女と七人の勇士」「勇士ルスランとリュドミーラ姫」の4編で、それぞれ散文の形に訳されています。
昨日の「ハンガリー民話集」を読んでいたら、無性に読みたくなっちゃいました。子供の頃、気がついたら本棚に入ってた本です。昭和33年発行の本なので、きっと父の本だったんでしょうね。古すぎて、アマゾンには本のデータもありませんでしたよー。すっかり古びてページの色も茶色味を帯びてるんですけど、ずっと大好きで大切にしてる本です。

「サルタン王のものがたり」は、2人の姉の悪だくみのために、樽に入れられて海に流されたお妃さまと王子の話。2人は何もない島に流れ着くんですけど、トビと争っていた白鳥を助けたことから、王子は白鳥に助けられてその島の領主・グビドン公となります。で、時々こっそりお父さんの顔を見に行くんです。このグビドン公が聞いてきた不思議な話を白鳥が実現してくれるところが好き。
「漁師と魚」は、願い事を叶えてくれる金の魚の話。でも昔話にありがちな「3回」ではないのが特徴ですね。
「死んだ王女と七人の勇士」は、ロシア版白雪姫。本家の白雪姫と違うのは、姫が入り込んだ家に住んでいたのは7人の小人ではなく勇士ということ、そして姫を助けるのが許婚の王子さまだということ。
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」は、結婚式の夜に攫われてしまったリュドミーラ姫を、ルスランと他の3人の騎士たちが探しに行く物語。とても好きなのは、「フィンのおきな」が死んだ勇士ルスランに死の水と命の水をそそぐ場面。「死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」というところ。いきなり命の水をかけるのではなくて、まず死の水をかけるというのが、子供心にすごく印象的だったんですよね。そして「サルタン王のものがたり」にも出てきた魔法使いの「チェルノモールじいさん」が、あちらと同一人物のはずなのに全然雰囲気が違うのが面白いです。きっとこっちの方が本来の姿なんだろうな。

他の地方の童話に似ていても、4つの物語はそれぞれにロシアらしさを持っていて、それが他の地方の民話には全然見ない部分で、そういうところがとても好き。「勇士ルスランとリュドミーラ姫」はオペラにもなってるんですけど、元々はプーシキンの叙事詩なんですよね。子供用の本ではなくてきちんとした叙事詩の形に訳されたものがあればぜひ読みたいところなんですが... やっぱりないのかなあ。時々思い出しては探してみてるんですけどね。(岩波少年文庫)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

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伝えられるところによると、その昔、サンダリング・フラッド(引き裂く川)と呼ばれる大河が大地を分断し、その上流の渓谷地方の東側にウエザメルと呼ばれる農場には両親を早くに亡くし、祖父母に育てられた強く頑丈な少年・オズバーンが住んでいました。オズバーンは生まれながらの詩人であり、しかもわずか12歳の時に羊の群れを襲った狼3匹を殺して、少年闘士としてその近隣では有名な存在となります。そんなオズバーンがエルフヒルドという名の同じ年頃の乙女と出会ったのは、彼が13歳になったばかりの頃のこと。しかしエルフヒルドはサンダリング・フラッドの西側の鹿の森の丘に住んでおり、2人は川越しに様々なことを語り合うものの、川は空を飛ぶ鳥以外の生き物に流れを横切ることを決して許しはしなかったのです。

北欧文学に強く影響を受けて書いたといわれる、ウィリアム・モリスの遺作。
確かに北欧文学の影響を受けているだけあって、まるでサガのような雰囲気を持つ作品。物語全体としてはオズバーンのサガで、オズバーン自身の成長物語と、オズバーンを始めとする男たちの勇壮な戦いが中心。そしてその中に、美しいエルフヒルドとの恋物語も描きこまれているという形。このロマンス自体は中世のイギリス文学にも見られるようなものなんですが、キリスト教圏というよりも北欧圏らしく、若い2人の思いがとてもストレートに描かれてます。
でも、とっても素敵な物語になる可能性が高い作品だったと思うんですが... 日本語訳がどうもとても読みにくくて話になかなか入り込めなかったこと、物語そのものにも推敲されきっていない、あまり整理されていない部分が目についてしまうのが残念でした。途中、エルフヒルドが行方不明になって、そこからはオズバーンの戦いばかりがクローズアップされることになるんですけど、この辺りが少々長すぎて冗長に感じられてしまいましたしね...。しかもオズバーンとエルフヒルドのやっとの再会も、盛り上がり不足。失踪していた間のエルフヒルドの物語を老婆が1人で全て語ってしまうというのも、その大きな要因かな。モリス自身が筆を取ったのではなくて、病床で口述筆記をしたそうなので、ある程度は仕方ないと思うんですけどね。
この老婆や2人に贈り物をする小人、そしてスティールヘッドなどの人物についても、最後に明かしてもっと盛り上げて欲しかったところです。モリスにもっと時間があれば良かったのに、残念!(平凡社ライブラリー)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

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18歳のメリキャットは、姉のコンスタンスと、ジュリアンおじさんとの3人暮らし。両親や他の家族は6年前、砂糖壷の中に入っていた砒素のために死亡。当時コンスタンスがその事件の容疑者となったため、疑惑が晴れてもコンスタンスは自分の庭から先に出ようとしなくなり、ジュリアンおじさんも車椅子暮らしのため、メリキャットが毎週火曜日と金曜日に村に行って食料品を買い、図書館で本を借りてくる日々。しかしその事件が原因で、彼女たちのブラックウッド家は村一番の名家にも関わらず、村人たちの反感は強く、村に行くたびにメリキャットは村人たちに蔑まれたり、子供たちにからかわれたりするのです。

何も知らずに読み始めた時はミステリかと思ってたんですが、これが見事なホラーでした。それも、特に怖い描写とかスプラッタシーンがあるわけではないのに、じわじわと寒くなってくるようなホラー。話は終始メリキャット視点で描かれているので、最初はメリキャットに対する村人たちの悪意の強さが印象的です。彼女が、失礼な村人たちを見ながら「みんな死んじゃえばいいのに」と思っているのも、精一杯の強がりのように見えます。そしてここで村の子供たちの歌う

メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん
とんでもない 毒入りでしょうと メリキャット

という歌がまるでマザーグースの歌のようで、不気味な雰囲気を盛り上げてるんです。
でも読み進めるうちに、徐々にメリキャットの憎悪の方が遥かに強いことにだんだん気づいてきて... そうなると彼女の孕む狂気や世界の歪みが何とも言えないんですよねえ。正直、あんまり私の好みではないんですが、ホラー系の作品が好きな人には評価が高そうな作品。映画にするのも、なかなか不気味でいいかもしれないなあ。(創元推理文庫)

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Note


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