Catégories:“新潮クレストブックス”

Catégories: / /

 [amazon]
姪に借りた車で息子のグレアムに会いに行くフランクリン。息子が傍にいるといいアイディアが浮かぶことを懐かしく思い出すのですが、出迎えたのは見栄えのいい筋肉質の20代後半のユダヤ人青年。自分の息子がゲイで、この青年が恋人だというのは一目瞭然。29歳の息子が一度も打ち明けてくれなかったことに一瞬ショックを受けるフランクリンですが、すぐに立ち直り...という「私の伝記作家へ」他、全9編の短篇集。

不安定な精神、そして死。さらにゲイ。それらが全編通して濃く漂っています。登場人物たちがそれぞれに深い孤独を感じていて、背負っているものも重いです。1人でいても、誰か愛する人間と一緒にいても、感じる孤独は同じ。ややもすると、愛する人と一緒にいるのに感じている孤独の方が1人でいる時の孤独よりも深いものかも。ひりひりとした心の痛みと深い悲しみ、絶望。時には愛している人を傷つけていたりもするのですが、それが分かっていながらどうすることもできないやるせなさ。...それでも彼らは、作者の柔らかい視線に包み込まれている分、幸せかもしれない、なんて思ったりもします。作者の視線というフィルターを通して、彼ら1人1人が柔らかく輝いているように見えました。訳者あとがきによると、精神を病む人間やゲイが多いのは、決してそういう人々をテーマにしているのではなく、アダム・ヘイズリット自身がゲイで、父親が精神を病んでいたので、そういう人々やその家族の気持ちを理解できるからなのだそう。ヘイズリットが語っていたという、「短篇小説は、登場人物の人生のなかでいちばん大事な瞬間をとらえることができる」という言葉が印象的です。
この9編の中で私が特に好きなのは「予兆」。「私の伝記作家へ」「戦いの終わり」も良かったな。「あなたはひとりぼっちじゃない」という題名から想像した内容とはちょっと違っていたんですけど、いい方に違ってました。だからといって、題名が似合わないというわけではなく... 「あなたはひとりぼっちじゃない」と、登場人物にそう言ってあげたくなるような作品ばかりでした。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
1949年10月。19歳のフランク・マコートは船で単身ニューヨークへと向かいます。船の食堂で隣席に座った司祭は、アイルランド出身ながらもロサンゼルスの教区に長いため、アイルランド訛りがほとんど消えているような人物。その司祭に、同じ船に乗り合わせているケンタッキーのプロテスタントの老夫婦はとてもお金持ちなので、愛想良くしておいた方がいいと言われるフランク。しかし顔はにきびだらけで目は爛れており、歯は虫歯でぼろぼろのフランクには、司祭とも満足に話せない状態なのに、老夫婦の前でどうやって振舞ったらいいのかまるで分からないのです。

「アンジェラの灰」の続編。アイルランドから憧れの地・アメリカに脱出しても、なかなか簡単には上手くいかないのは予想通り。しかしアイルランドのリムリックにいる家族は、フランクがアメリカでそこまで苦労しているなんて夢にも思わず、その送金をすっかり当てにしているというのも予想通り。アンジェラ自身、アメリカで上手くいかずに結局アイルランドに戻る羽目になったはずなのに、覚えてないのかな... きちんきちんと送金してるのにそれ以上要求されるとことか、ちょっといやーん。
でもこの「アンジェラの祈り」は、「アンジェラの灰」のように不幸が雪だるま式に膨らんでいく話というわけじゃないんですね。フランクはちゃんと仕送りしてるし、空腹でも何があっても、行き倒れになるわけじゃないんですよね。すっかり不幸な話を読んでるつもりになってたら、リムリックでは新しい服や靴を買うことができてるどころか、新しい家に移ることになってびっくり。そ、そうだったのか。フランクの暮らしも、ほんの少しずつではあっても上向きになっていきます。金持ちにはほど遠くても、きちんきちんと食べていくことのできる暮らし。もちろん、実際には並大抵の苦労ではなかったんでしょうけど... しかも別に私は不幸な話を読みたいわけではないんだけど(むしろそういう話は苦手だし)、なんだか釈然としないものを感じてしまいました...。自分のアイルランド訛りや爛れた目、ぼろぼろの歯にコンプレックスがあって、この世の中で一番不幸そうに振舞っているフランクでも、大学に行くこともできれば、美しい女の子と恋愛することもできるようになるんですもん。いずれにせよ、「アンジェラの灰」の時のようなどうしようもない、出口のないやるせなさはありません。まあ、この人生が最終的にハッピーエンドで終わるのかどうかは、まだまだこれからのフランク次第なんですけどね。
「アンジェラの灰」の灰の意味も、この作品で分かります。でも、そういう意味でも書かれるべき作品だったんでしょうけど、前作の方が力強くて惹きこまれたかも...。前作はそれだけで光ってたけど、こちらは前作あってこその作品なんですよね。(新潮クレストブックス)


+既読のフランク・マコート作品の感想+
「アンジェラの灰」上下 フランク・マコート
「アンジェラの祈り」フランク・マコート

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
8歳の時にケニアの北の海辺に移り住んだ盲目の老貝類学者は、小さな海洋公園でひたすら研究を続ける日々。しかし2年前、その生活に予期せぬねじれが出来たのです。老貝類学者の生活に迷いこんできたのはアメリカ人のナンシー。日射病にやられて錯乱していた彼女が貝の毒によって全快してしまうと、それを知った人々が老貝類学者のもとに押し寄せて... という「貝を集める人」他全8編の短編集。

まるでアリステア・マクラウドとかベルンハルト・シュリンクとか、そういうある程度以上の年齢を重ねた人の書いた作品のような雰囲気なんですが、これがまだ20代の新人作家の作品だと知ってびっくり。アメリカの大学院の創作科出身という、いまどきの作家さんのようです。
ここに描き出されているのは、アメリカはもちろんのこと、ケニアやタンザニア、リベリアといったアフリカの自然の情景だったり、北欧の原野だったり... 様々な自然の情景が描きあげられていました。大きく静かな自然の圧倒的な美しさと厳しさ、そしてもっと身近にある小さな自然のさりげないけれど確かな美しさ。自然に畏怖を感じたり、愛情を感じながら、寄り添って生きる人々の姿。これらの人々に共通するのは、深い喪失感。どれほど大事にしていても、大切な物が指の間からすり抜けて落ちていってしまう哀しみ。でも確かな希望もそこにはあるんですよね。
特に印象に残ったのは、上にあらすじを書いた「貝を集める人」と、あと「ハンターの妻」。「貝を集める人」での、盲目の老貝類学者が少年の頃に初めて貝の美しさに開眼した場面や、現在の「貝を見つけ、触れ、なぜこれほど美しいのか言葉にならないレベルでのみ理解する」のがいいんですよねえー。目は見えなくても、貝類の美しさを全身で感じ取っている、むしろ目が見えていた時よりもはっきりと見て取っている老貝類学者。色んな貝の美しさや怖さが伝わってきました。そして「ハンターの妻」は、山の中で狩猟のガイドとして暮らす男と、死んでいく生き物の魂を感じることができる妻の物語。2人が暮らしていた冬の山の情景がとても印象に残ります。冬眠する動物たちの美しさ、そして簡単に凍死・餓死させられてしまう冬の厳しさ。そしてそんな現実の情景とは対照的な、彼女の感じ取る幻想的な魂の情景。命が身体の中から外に流れ出る時に見えるのは、とても美しくて豊かで、暖かい情景なんです。この「ハンターの妻」や「ムコンド」はどちらも、まるで違う存在だからこそ惹かれ合い、でもまるで違う存在だからこそ同じ場所では幸せにはなれない夫婦を描いた物語なんですね。哀しい話なんだけど、素敵でした。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
妻のメアリーが引き起こした嬰児誘拐事件がきっかけで、32年間教壇に立ってきた学校をやめさせられることになった歴史教師のトム・クリック。彼は授業のカリキュラムを無視して生徒たちに、自分の生まれ育った沼沢地帯(フェンズ)のことや、自分のこと、家族のこと、先祖のことについて語り始めます。

沼沢地帯(フェンズ)と共に語られていくのは、主人公・トム・クリックの家族とその歴史。両親のこと、「じゃがいも頭」の4歳年上の兄・ディックのこと、10代当時の恋人で今の妻でもあるメアリーのこと、そして祖先のこと。そこで語られているのは10代の赤裸々な真実。特にインパクトが強かったのは、好奇心旺盛なメアリーが主導だった10代の性のこと...! これにはかなりびっくりでしたが、嬰児誘拐事件に始まる話は、殺人もあれば自殺もあり、近親相姦もあり、堕胎もありという、人間に起こりえる様々なドラマを含んだものでした。大河ドラマであり、ミステリでもあり、サスペンスでもあり、かな。1人称で語られていくこともあって、まるで自叙伝を読んでいるような錯覚をしてしまうし、実際にはフィクション作品なのに「事実は小説よりも奇なり」という言葉を思い起こさずにはいられなかったです。歴史の教科書に載っているような無味乾燥なものではなくて、トム・クリックの語る生きた歴史。それこそが「小説」なのかもしれないですね。そんな風に読み手の心にも迫ってくる、大きな力を持った物語でした。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
カフェで見かけた男に運命を感じて、思わずその男の後をつける「わたし」。男はある建物のポーチをくぐって姿を消し、「わたし」が重々しいドアを押した時は、もうアパルトマンの1つに入った後でした。それは4階建ての瀟洒な建物。弁護士が1人いるほかは医療関係者ばかり。その後、男は4階に住む精神科医と判明し、男に言い寄るために「わたし」がしたのは、人生で出会ったありとあらゆる男性のことを語ることでした。

103の断章で語られるのは、「わたし」の夫のことや父親のこと、母の愛人、歌手、祖父や大叔父、そしてこれまで出会った恋人たちのこと。今まで出会った男性のことをひたすら語り、そして小説に書き綴っていくうちに、語り手である「わたし」の姿が浮き彫りになっていくという仕掛けのようです。この「わたし」はカミーユ・ロランスその人ではないと書かれてるんですけど、やっぱりカミーユという名前の作家なんですね。フランスではオートフィクション(自伝風創作)が文芸の一ジャンルとして注目を集めているようで、これもそんな作品の1つらしいです。同種の作品の中でも、この作品は別格の高い評価を得ているそうなのですが... でも男性のことだけでこれほどまでに語り続けられるのはすごいのかもしれないし(このバリエーションったら)、部分的に面白く感じられた部分はあったものの、103の断章がまるで金太郎飴みたい。「あーもーフランス人って一体」なんて思ってしまって。あまり面白く感じられなかったのが残念でした。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
1975年1月1日の朝6時。アルフレッド・アーチボルド・ジョーンズは、クリックルウッド・ブロードウェイに停めた自分の車の中に掃除機のホースで排気ガスを呼び込み、自殺を図っていました。それは覚悟の自殺。30年連れ添ったイタリア人の妻・オフィーリアに離婚されたのが原因。しかしそれは妻を愛していたからではなく、むしろ愛情がないのにこれほどにも長く妻と暮らしてきたからでした。アーチーは合わないのが分かりつつも対面を気にして我慢して暮らしていたのに、ある日妻は出ていったのです。しかしアーチーの意識が朦朧としていた時にその自殺に邪魔が入ります。フセイン=イスマイルの店のオーナー・モウ・フセイン=イスマイルが自分の店の前の配達のトラックが停まる場所に違法駐車している車を見つけたのです。

大学時代に書いた短編が話題となって、この作品の版権を巡ってロンドンの出版社が争奪戦を繰り広げたというゼイディー・スミスのデビュー作。ものすごく沢山の賞を受賞してるようですね... これは確かにちょっと新人離れした作品かも。
イギリス人アーチーの妻はジャマイカ人のクララ。2人の娘はアイリー。アーチーの第二次世界大戦来の友人・サマード・ミアー・イクバルとその妻・アルサナはベンガル人のムスリムで、マジドとミラトという双子の息子がいます。移民した2組の夫婦(アーチーは純粋なイギリス人だけど)とその子供たち、2世代のアイデンティティの物語という意味ではジュンパ・ラヒリの作品群を思い出すんですが... 雰囲気は全然違いますね。キラン・デサイの作品を読んでも、ジュンパ・ラヒリの描くインド系の人たちはごくごく少数の成功者だったんだなあとしみじみ思ったんですが、この作品を読んでも、あれはほんと綺麗すぎるほど綺麗な世界だったなと思ってしまいます。読んでいる時はむしろスタインベックの「エデンの東」を思い出してました。実際にはもっともっと饒舌でパワフル、そしてコミカルなんですけどね。20世紀末に生きる彼らの物語は、第二次世界大戦中の思い出から1907年のジャマイカ大地震、一時は1857年のセポイの乱で活躍したというサマードの曽祖父・マンガル・パンデーのエピソードにまで遡ります。150年ほどの長い期間を描き上げた大河ドラマ。舞台もロンドンの下町からロシア、インド、ジャマイカまで。人種や宗教、家族、歴史、恋愛、性など様々な事柄を1つの鍋に突っ込んでごった煮にしたという印象の作品。下巻に入ってユダヤ系のインテリ家庭・チャルフェン一家が登場すると、さらにパワーアップ。
途中やや中だるみしたんですけど、パワフルな登場人物たちが常に楽しげに忙しなく動き回っていて、全体的には楽しかったです。とてもじゃないけど若い作家のデビュー作品とは思えないスケールの大きさですね。このゼイディー・スミスの父はイギリス人、母はジャマイカ人。実際にこの物語の舞台となったロンドン北西部のウィルズデンに住んでいたのだそう。ということは、ゼイディー・スミスはアイリーなのかな? だからアイリーの心理描写が特に詳しいのかな。でも著者近影を見るとスリムな美人のゼイディー・スミスは、胸もお尻も腿も大きいジャマイカ系のアイリーとはちょっとイメージが違いますね。むしろその美しさでアーチーを圧倒したクララかも。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
駅に行って駅員に家具の発送について尋ねたジョアンナ。次のの金曜日に寝室1つ分の家具をサスカチェワンに送りたいのです。切符を買うと、今度は高級婦人服店へと向かいます...という「恋占い」他、全9編の短編集。

カナダの田舎町を舞台にした短編集。同じカナダで、同じスコットランド系、同じ世代のアリステア・マクラウドの作品とはまた全然違うカナダの姿が見えてきます。でもアリステア・マクラウドの作品みたいな自然の厳しさみたいなのはなくて、作品の雰囲気としてはかなり違うと思うんですけど、骨太なところ、人間の営みとしての生と死が描かれているところは共通していると言えるかも。
一読しただけでは意味が取れなくて読みにくい文章が結構あったんですが、これは原文のせいなのでしょうかー。でも読み終わってみれば、どれも読後に余韻が残る物語ばかり。70年生きてきた人間の重みなのかな。まず登場人物の造形がいいんですよね。ふと通りがかっていく人物にも思わぬリアリティがあって、はっとさせられることもしばしば。そして、ふとした出来事がその後の展開をまるで変えてしまうというのもいいんですよね。あざとさみたいなのはなくて、ものすごく自然なんです。ああ、そういうことも本当にあるのかも、なんて思えることばかり。たとえば上にあらすじを紹介した「恋占い」なんて、本当はものすごく残酷な話のはずだったのに...! 何がどうなるのかは、それなりの時間が経たないと見えてこないんですけどね。そこには単純に「幸せ」「不幸せ」と判断されることを拒むような深みがあります。
印象に残った作品は、最初の「恋占い」と表題作「イラクサ」、そして最後の「クマが山を越えてきた」。特にこの「クマが山を越えてきた」が良かったな。何度も読めば、それだけ味わいも増していきそうな短編集です。(新潮クレストブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
 1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  | All pages »

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.