Catégories:“ハヤカワepi文庫”

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「事件の核心」は長編。西アフリカの植民地が舞台です。警察の副署長をしているスコービーとその妻のルイーズが中心となる物語。かつて1人娘を失ったという経緯もあり、しっくいりいっていない2人。この土地にも我慢できないルイーズは、1人で南アフリカに行くことを望み、スコービーは地元の悪党に金を借りてまで旅費をつくることに。そしてルイーズがいなくなったスコービーの前に現れたのは、夫を失ったヘレンという若い女性。しかしそこにルイーズから帰ってくるという電報が入って... という話。
これはグレアム・グリーンの最高傑作と言われる作品なのだそうで、確かにこれまで読んだグリーンの作品の中では楽しめたような気がします。(「権力と栄光」の方が良かったようにも思うけど) でも物語としては、やっぱり今ひとつ掴みきれず...。そもそも題名の「事件の核心」の事件って何?!と思ったら、この作品を訳した小田島氏ですら、何が正解なのか掴みかねているのだそう。そして、本国ではカトリック系新聞雑誌でスコービーは救われるのか地獄に堕ちるのかという論争が盛んに行われていたというほど、カトリック色の強い作品です。カトリックの教義から言えば、本来スコービーが救われることはないだろうと思うんですけどねえ。

「二十一の短篇」は、その名の通りの短編集。これまでにも全集などで出ていた作品が新訳で再登場なのだそう。8人の訳者さんたちが、それぞれにご自分の訳した短篇に簡単な解説をつけていて、これが実は本文よりも面白かった! でももしかしたら、グリーンは短篇の方が私にはすんなりと読めるのかもしれません。全体的にキレが良くて、全部ではないんですけど、結構楽しめました。

ということで、これでハヤカワepi文庫全34冊読了...! と思っていたら、欠番だった32番が4~5日前に刊行されてました。グレアム・グリーンの初期の傑作だという「ブライトン・ロック」。私には今ひとつその良さが分からないグリーンなんですが、あらすじを見る限り、今度は戦争絡みとかカトリック絡みではなさそう。今度こそその良さが分かるといいなあ。(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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上海の租界に生まれ育ったクリストファー・バンクスは、10歳の時に両親が次々と謎の失踪を遂げ、イギリスにいる伯母に引き取られます。両親を探すために探偵を志したクリストファーは、やがてイギリスで数々の難事件を解決し、名探偵としての名声を博すことに。そして消えた両親の手がかりを探すために、日中戦争のさなかの上海に戻ることになるのですが...。

クリストファーの一人称による語りなんですけど、これがものすごく不安定。同じくハヤカワepi文庫のパット・マグラアの「スパイダー」(感想)解説に、「日の名残り」(感想)の執事は「信頼できない語り手」だと指摘されていたんですけど、それ以上ですね。クリストファーは、自分がイギリスに帰る船旅を、いかに希望に満ちた明るい態度で過ごしていたか、イギリスに着いてからは、いかに寄宿学校の生活にすぐに順応したか、自分がいかに本当の感情を表に出さないまま相手に対しているか、その都度強調するんですけど、ゆらゆらゆらゆら、今にも足場が崩れてしまいそうな感じ...。とは言っても、もちろんそれは意図的なものなんですよね。相手の意外な言葉にクリストファーが驚いたり反論したりする場面が何回かあって、それを裏付けてると思います。
物語前半の上品で華麗なロンドン社交会の描写は、いつのまにか日中戦争の戦火へ。そしてクリストファーが無意識に目をつぶっていた真実が明らかに。クリストファーの記憶が、彼にとって都合の良い方向に少しずつズレていたのは、きっと自己防衛本能だったんでしょうね。前半では輝いて見えた人々も、後半ではその光を失い、真の姿が見えてきます。
でも、こちらも悪くなかったんだけど... 好きという意味では、やっぱり「日の名残り」の方が段違いに好き。あちらの方が全体のバランスも良かったし、何より完成されていたという感じがします。

本の紹介から、ミステリ的要素の強い冒険譚かと思って読み始めたんですけど... 確かにそういう面もあることはあるんですけど、それは単に物語の形式といった印象です。ミステリ目当てに読むのは、やめておいた方が無難かも。(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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1930年代のメキシコ。共産主義革命が起こり、カトリックの教会は全て破壊され、司祭たちが踏み絵を強要されていた時代。ほとんどの司祭たちは国外に逃亡し、潜伏していた者たちは見つかりしだい銃殺に処せられていたこの時、国内に残っていたのは2人の司祭だけでした。1人は結婚することでカトリックの戒律を破ったことを周囲に示したホセ神父。そしてもう1人はカトリックへの信仰を捨てきれず、しかし殉教者となる勇気もないまま逃亡を続ける不良神父。彼は年老いた騾馬に乗りながら、警察の捜索を網を縫って北を目指します。

グレアム・グリーンの代表作の1つで、遠藤周作の「沈黙」に大きな影響を与えたという作品。今までの4冊では一番面白かった気がするんだけど... まだあんまり消化してません。
神父は、逃亡する前から既に祭日や断食日、精進日といったものを無視するようになっていたし、妻帯を許されないカトリックの神父でありながら、6歳になるブリジッタという娘がいるんですよね。破戒神父です。逃亡し始めてからは聖務日課書を失くし、携帯祭壇を捨て、通りすがりの百姓と自分の司祭服を交換。神父としての彼に残っているのは、司祭叙任十周年のときの原稿だけ。そこまで堕ちながらも、彼が依然として神父でしかないというのはどういうことなんだろう? この極限状況の中で神父であり続けることに、一体どれだけの意味があるんだろう? なんて思いながら読んでました。彼には、守り通さなくちゃという信念を持つほどの信仰はないし、そもそも主体性がないんです。告解したくとも、自分の娘(罪の結晶)を愛してるから、祈りはどうしても娘へと向けられてしまうし。
「権力と栄光」という題名なので、「権力」というのは当然国家権力で、国家とカトリックの対比なのかと思ってたんですが、訳者あとがきによると「神の力と光」というのが正しい意味なのだそう。(原題は、「THE POWER AND THE GLORY」)...そうだったんだ! この題名が定着してしまってるから、変えるに変えられなかったみたいですね。それと訳者あとがきで、この作品とキリストの生涯との共通点が挙げられてるのが面白くて、なるほどなあーなんて思いながら見てたんですけど、「そうした読み方はあまりほめたものではないし、慎むのが当然だと思われる」とあるんです。なんでなんだろう? 私がグレアム・グリーンをまだ良く分かってないからかな?(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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まもなくメイダー・ヒルの聖リューク教会で結婚式を挙げ、ボーンマスへ新婚旅行に行く予定のバートラムとケアリー。しかしバートラムが会社の株主の1人で「御老体」と呼ばれている大金持ちの老人に会ったことから、予定が狂い始めます。御老体はモンテ・カルロで結婚するべきだと言い張り、秘書に段取りを組むように言いつけます。結婚式には御老体も来る予定。しかし当日、御老体は現れませんでした。バートラムとケアリーは、せっかくだからとカジノを覗いてみることに...。

お金はそれほどないけれど幸せな2人が、カジノを体験してしまったことから雲行きが怪しくなるという物語。でも雲行きが怪しくなるのは、負けがこんでしまったからではなくて、勝ってしまったから。多少お金があっても邪魔にはならないと思うんですけど、ケアリーは「ねえ、お願いだからお金持にはならないで」と頑固に言い続け、お金があるからという理由だけでバートラムと別れそうになるんですよね。お金よりも人間性が大切とは言っても、ここまでデフォルメしちゃうと、ちょっとスゴイ。
でも、気軽に読める小編なんですが... グレアム・グリーンだからきちんとした作品なのかといえば、謎です。(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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ある名もない村で生まれたトビアスの母は、盗人であり乞食であり、娼婦。母の客でただ1人農夫ではなかった男は村の学校の教師で、トビアスに必要な服や教材を揃えてくれます。彼の娘・リーヌは、トビアスのただ1人の友達。しかし、トビアスは12歳の時、彼が自分の父親であることを知ってしまうのです。トビアスは大きな肉切り庖丁を持って寝室に入ると、眠っている2人を貫くように刺し、その足で国境を越えてゆきます。

「悪童日記」の三部作とはまた違う作品なんですが、内容的にはかなり重なってますね。ここに登場するトビアスの故郷の国も、多分ハンガリーでしょうし、主人公が越境してること、自分の過去を作り上げてること、かなり空想的で、その空想を言葉として書き留めている面も一緒。そしてこのトビアスの姿は、「悪童日記」の時以上に、作者のアゴタ・クリストフ自身に重なります。自分の母国から追い出され、生活のために敵国の言葉を覚える必要に迫られ、その言葉で文章を書いているという点も同じ。おそらく彼女は、これからも同じような主人公、同じような世界を書き続けるんでしょうね。
作中にはいくつもの死が登場するんですが、アゴタ・クリストフはあくまでも淡々と描いていきます。まるで、その1つ1つに感傷的になることを読者に許さないみたい。トビアスが待ち焦がれてる空想の世界のリーヌも実際に現れるんですけど、その場面もトビアスの空想のよう。予想通りのアンハッピー・エンドなんですけど、失恋の悲しみよりも遥かに大きな悲しみが作品全体にあるので、それはむしろ瑣末なことに見えてきます。事実をあるがままに受け止めて生きていく2人の姿が印象に残りました。(ハヤカワepi文庫)

+既読のアゴタ・クリストフ作品の感想+
「悪童日記」アゴタ・クリストフ
「ふたりの証拠」「第三の証拠」アゴタ・クリストフ
「昨日」アゴタ・クリストフ
「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」アゴタ・クリストフ
「どちらでもいい」アゴタ・クリストフ

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強国がひしめくインドシナ戦争下のサイゴン。アメリカ経済使節団で働いている青年・パイルが訪ねて来るのを待っていたイギリス人記者のファウラーは、フランス警察によってパイルの水死体が見つかったことを知らされます。ファウラーとパイルはかつてベトナム娘のフォンを争い、結局ファウラーがパイルに負けたという間柄。しかし尊大で騒々しくて子供っぽいアメリカ人記者たちとは違う、謙虚で生真面目、理想に燃えたパイルに、ファウラーは好感を抱いていたのです。

「第三の男」(感想)以来のグレアム・グリーンの作品。「第三の男」も私にはちょっと読みづらかったんですが、これはそれ以上に読みづらかったです...。全然ダメというわけではなくて、面白い部分と詰まらない部分が混在してる感じなんですが、グレアム・グリーン、もしかしたら苦手なのかもしれない...。ハヤカワepi文庫の読破を目論んでる私ですが、あと6冊残っていて、そのうちグレアム・グリーンの本が4冊も控えてるんですよねえ。大丈夫かしら。(そんなことを言いながら、全部読んだ頃には大ファンになってたりして・笑)

ええと、どんな理由があっても、それがたとえ正義であっても、人を殺す免罪符には決してならないはずなんですが、それでもやっぱりアメリカは正義を掲げて他国同士の争いに介入し続けてますね。この作品は1955年に書かれているので、ベトナム戦争(1965-1970)すら起きていない頃だというのが驚きなんですが、古さなんて感じないどころか、むしろ今の時代に読んだ方が伝わってきそうな作品です。もちろんアメリカにも戦争反対の人は沢山いるでしょうし、実際に戦闘に参加する時は割り切らないとやってられないって人も多いんでしょうけど... 実は一番タチが悪いのは、パイルのような理想に燃える男なのかも、なんて思ったり。ある東亜問題専門家の本に傾倒しているパイルは、自らの意思で正義を行っていると信じてるんですけど、多分、実際のところは、上の人間にその本を渡されて、巧妙に操作されてるだけなんですよね。知らない間に自分の意思が刷りかえられてる。そしてそんなパイルを微調整するだけで、上の人間は自分たちの手を汚さずに済むわけで... パイルの無邪気さが哀しいぞ。
...なんて書いてますが、そっち方面には圧倒的に知識不足な私のことなので、全くの的外れかもしれません。(あらら) でも、それもまた1つのからくりなんだろうな、とそういう作品でした。(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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1978年の夏。9歳のミケーレは、偶然入り込んだ廃屋の中に、1人の少年の姿を見つけます。少年が既に死んでいると思い込んだミケーレは、そのまま仲間たちにも何も言わずに帰宅。しかしその少年は、まだ生きていたのです。それを知ったミケーレは、その少年に水や食べ物を差し入れし始めるのですが...。

イタリア南部の小さな集落が舞台の物語。ぎらぎらと照りつける太陽に真っ青な空、乾いた熱い風、一面の金色の小麦畑。読んでいると、そんな情景が目の前に広がるような作品。大人たちは日々の貧しさに喘ぎ、豊かだという「北部」に憧れて、いつかはこんな場所から出ていってやると思っているし、確かに生活はとても貧しそうなんですが、子供たちの生活は、そんな情景がバックにあるせいか、すごく力強くて豊かに感じられました。小さい妹の世話を押し付けられて文句を言ってるミケーレだけど、実際にはとても面倒見の良いお兄ちゃん。このミケーレがとってもいい子なんです。
でも偶然少年を見つけてしまったミケーレは、じきに、この件に村の大人たち全員が関係していることも知ってしまい、そんな子供時代に別れを告げることになります。自分にとって絶対的な存在だった父が、実は弱く罪深い人間だったことを思い知らされるのは、9歳のミケーレにとっては大きな衝撃。大人たちのやっていることを薄々感づいても、無邪気に聞けるほどの子供でもないし、かといって黙って見過ごすことができるほどの大人でもなく、相談しようにも相手がいないミケーレ。信じていた相手からは裏切られるて散々。そんな風に、いきなり大人になることを求められるミケーレが可哀想ではあるんですが、自分なりの筋を通して、やるべきことをやろうとするミケーレの姿はとても爽やかでした。
epi文庫の作品は映画化されているものも多いんですが、その中でもこの映画の評判は良かったようですね。公式サイトはこちら。(ハヤカワepi文庫)

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