Catégories:“岩波少年文庫”

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リーサはもうじき8つになる女の子。家族はお父さんとお母さん、9歳のラッセと8歳のボッセという2人の兄さん。リーサの住んでいる家はやかまし村の中屋敷で、北屋敷には9歳のブリッタと7歳のアンナという2人の女の子、そして南屋敷にはオッレという8歳の男の子がいます。険しい坂道をいくつも上ったとても高いところにあるやかまし村にあるのは、この隣り合った3つの屋敷だけなのです。

ほのぼのとした小さな農村を舞台にした6人の子供たちの物語が、リーサの視点で語られていきます。リンドグレーンでも、このシリーズを読むのは今回が初めて。ピッピのシリーズと比べるとあんまり穏やかでほのぼのしているので(大自然の中の冒険はたっぷりなんですが)、最初はちょっと物足りなく感じてたんですが、3冊読み終える頃にはすっかりこの世界に入り込んでいました。
男の子と女の子の3人ずつに分かれることはあっても、6人の子供たちはいつでも一緒。ほとんどの出来事はやかまし村の中か、そうでなければ学校のある大村で起こります。学校に通うのも6人一緒。学校のない休みの間は、それこそ一日中一緒。ラッセとボッセの部屋とオッレの部屋は菩提樹伝いに移動できるほどだし、リーサの部屋とブリッタとアンナの部屋も、紐を渡してタバコの箱に手紙を入れて伝わらせられるほどの近さ。6人の子供たちも同じ兄弟姉妹のような近しさ。一緒に秘密の隠れ家を作ってみたり、自分たちにしか分からない言葉で話してみたり、インディアンごっこをしてみたり... そんな日常の遊びの中に、カブラ抜きをしたり鶏の卵を集めたり、動物たちに餌をやったり、干し草の取り入れをしたりという家のお手伝いも入ってくるんですが、みんなでやればどれも楽しくて。電話もテレビもない生活なんですが、和やかなゆったりした空気が流れているのがとても心地いい~。親同士も仲が良いので、3つの家族が大きな1つの家族みたいなんですよね。元々はこんな風に育った子供たち同士が結婚したのかしら? あくまでも子供たち中心の話なんだけど、ふとしたところから大人の包容力の大きさや温かく見守るまなざしが感じられて、それもいいんですよね。こんな温かい環境で育つ子供たちは、心の中まで豊かになるはず。本当に幸せ者だな~。(岩波少年文庫)


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「長くつ下のピッピ」「ピッピ船にのる」「ピッピ南の島へ」リンドグレーン
「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春・夏・秋・冬」「やかまし村はいつもにぎやか」リンドグレーン
「名探偵カッレくん」「カッレくんの冒険」「名探偵カッレとスパイ団」リンドグレーン

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スウェーデンの小さな町のはずれの草ぼうぼうの古い庭に「ごたごた荘」という名前の古い家が建っていました。その家に住んでいるのは、ピッピ・ナガクツシタという名前の女の子。9歳なのにお父さんもお母さんもなく、船乗りだったお父さんにもらったサルの「ニルソン氏」と、この家に来てすぐ金貨で買った馬一頭と一緒に住んでいるのです。ごたごた荘の隣の家にはトミーとアンニカという男の子と女の子が住んでおり、3人はすぐに仲良くなります。

子供の頃に何度も読んだ長くつ下のピッピのシリーズ。先日ふとテレビをつけたら、一人芝居みたいなのをやってて懐かしくなっちゃって! 思わず手に取ってしまいました。久々の再読です。あ、子供の頃に何度も読んでいたとは言っても、自分で持っていたのは最初の「長くつ下のピッピ」1冊だけ。なので何度も読んだのもこれ1冊で、あとのは1、2回しか読んでないのですが。

子供の頃でも、ピッピみたいな破天荒な女の子が実際にいたら楽しいけど大変だろうなと思いながら読んでいた覚えがあるので、大人になった今読み返したら、ピッピに苦笑させられてしまうかも、なんて思ってたんです。もしかしたら、ピッピが痛々しく感じられてしまうかも? とも。で、ちょっと手に取る前に躊躇ってたんですが、杞憂でした。相変わらず楽しい! ピッピ、可愛い!
でも、改めて3冊まとめて読んでみると、1冊ごとにピッピの姿がだんだん変っていくなあ、なんて思ったりもしますね。1冊目のピッピはほんと破天荒。何者にも束縛されず自由気儘に日々すごしていて、仲良しのトミーとアンニカを喜ばせるのは大好きだけど、そのほかの人たちには、それほどサービス精神旺盛というわけでもないみたい。大人をからかうのも、自分が楽しいからってだけだし... まあ、その真っ直ぐさがいいんですけどね。火事の家に取り残された子供たちを救いだして英雄になってますが、この時も火事の恐ろしさや、取り残された子供たちの感じている恐怖を理解してるわけではなくて、周囲の人たちの話から助けた方がいいと分かったから、助けてます。
でも2冊目になると、力強いのは相変わらずなんだけど、いじめっ子や乱暴者をやっつける「弱きを助け強きをくじく」ピッピ像が強調されているようです。トミーとアンニカ以外の子供たちにも目を向けるようになるし、この2人以外の気持ちを考えることもし始めます。2人を連れ出して遊びに行った時にも、後で2人の両親が心配しないように置手紙を残してたりしますしね。これは1冊目では考えられなかったこと。そして3冊目になると、ピッピのほら話で逆に励まされる人も出てきますし。いつの間にかトミーとアンニカのお母さんの信頼も勝ち得てます。
最初は、破天荒なピッピ像から、もっと多くの人に受け入れられやすいヒロイン像へと微妙に変化したのかなーなんて思っていたのですが、3冊目を最後まで読んでみると、やっぱりこれはピッピの成長といった方が相応しいような気がしてきました。というのは、3冊目の「ピッピ南の島へ」のラストから。これは、ちょっとびっくりするような雰囲気なんですよね。そういえば、子供の頃もこのラストには違和感を感じていたのですが... でもこれが、既に大人であるリンドグレーンなりの終わらせ方だったんでしょうか。楽しい子供時代の終わりの予感。

で、子供の頃もピッピよりもアンニカになりたいと思った私ですが、大人になってから読み返しても、やっぱりなり替わるならアンニカの方が~ でした。自分自身がアンニカに近いというのも大きいんですけど(笑)、何といっても、アンニカならピッピの近くの一番いい位置でトミーと一緒に楽しんでいられますしね。「もの発見家」になるのも、木の上でお茶をして、その木の大きなうろの中に入ってみたりするのも、本当に楽しそう。ちょっと怖くなっちゃうような冒険も、2人がいれば大丈夫。遠足やパーティーで出てくるピッピの手作りのご馳走も美味しそう。読んでいるだけでワクワクしてきます。例えば床の上にショウガ入りクッキーの生地を伸ばしたり、誕生日のパーティのテーブルのご馳走をテーブルクロスごと片付けてしまうのは、冷静に考えればかなり困った状態になるはずなんですけどね。(笑)
それに子供の頃に一番羨ましかったのは、ピッピの家の居間にある大きなタンス。ピッピがお父さんと一緒に世界中をまわった時に買った宝物が、沢山詰まっているタンスなんです。2人がタンスの引き出しをあけては楽しんでるのが羨ましくて仕方なかったし、何かのたびにピッピがトミーとアンニカにプレゼントしてる物もすごく素敵だし! これは今でも羨ましくなっちゃいます。やっぱりアンニカになって、トミーとピッピと一緒に引き出しを覗きこみたいわ~。(ピッピになれば、その全ては自分の物になるのにねえ・笑)(岩波少年文庫)


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この何週間というもの雨が全く降らず、その日も気温は43度。空はなめした皮のようにてかてか光り、地面は熱気で固くつっぱり、夜になれば雷が轟くのに、雨は一滴も降らないという状態。このままではエン麦もトウモロコシも収穫できなくなってしまうと、9歳半のガーネットも心配していました。しかしその日の夕食の後、11歳の兄のジェイと一緒に川に泳ぎに行ったガーネットは、水が減って川底が現れたところで砂に半分埋まっていた銀の指ぬきを見つけたのです。それが魔法の指ぬきだと信じるガーネット。そして実際、その日の晩何週間ぶりの雨が降り、ようやく楽しい夏の日々が始まったのです。

1930年代のアメリカのひと夏の物語。日照りの描写が続く序盤では、正直、このまま読み続けるかどうか迷ったほどの重苦しさだったんですが、ガーネットが指ぬきを見つけてからは、一気に楽しい冒険物語となりました。私は読みながらローラ・インガルス・ワイルダーの作品、特に「農場の少年」を思い出したんですが、そういった古き良きアメリカを楽しめる物語。でも、これも良かったんだけど、「農場の少年」ほどではなかったかな...
天候に左右される農場の生活は決して楽ではないものの、その土地を愛し、その土地での生活を謳歌しているガーネットたち。天候に一喜一憂し、請求書が来れば帳簿とのにらめっこ。でもその生活は、決して貧しくはないんですよね。物は豊富ではないかもしれないけど、心はとても豊か。時には面白くないことがあって家出を敢行することもあるガーネットなんですが、そんなガーネットを見つめる周囲の大人の目も温かくって、包みこまれるよう。そんな温かさが、衝動的な行動をとったガーネットにも伝わってしみ込んでいきます。
読んでいて一番好きだったのは、終盤の、エリックがジェイと一緒に将来の夢を話してる場面かな。このエリックは、両親を失って以来、苦労してきた少年。たまたまガーネットたちの農場の近くにやって来て、住みこみで仕事をすることになったんです。最初は警戒心が強くて、自分のことを話したがらなかったエリックなんですが、器用で働き者のエリックはみんなに可愛がられて、いつしか家族の一員となり、ここの土地に馴染んでいきます。このエリックを最初に迎えた時のガーネットのお母さんの態度も素敵なんですよね。ガーネットがお母さんを誇りに思うのがよく分かる~。(岩波少年文庫)


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ロージーがお母さんと一緒に住んでいるのは、アパートの一番上の階の家具付きの3部屋。お風呂を使えるのは週に2回、台所は共同。住み心地はあまり良くないのですが、ロージーのお父さんは既に亡くなり、お父さんの年金とお母さんの仕立て物の仕事では暮らしを立てるのが精一杯なので仕方ないのです。そして迎えた夏休み。ロージーのお母さんは、パーカーおくさんの仕立て物の仕事のために、ロンドン郊外にあるお屋敷に3週間通うことになっていました。お母さんが留守の間に何か役立つことをしたいと考えたロージーは、掃くことと拭くこととお皿洗いならできると、フェアファックスの市場にほうきを買いに行きます。そしてそこで出会った黒ネコに連れて行かれるようにして1人のおばあさんと出会い、ほうきと黒ネコを買い取ることに。

ロンドンに住む普通の女の子がひょんなことから黒猫の王子カーボネルと出会い、魔法のほうきを手に入れて、カーボネルにかけられている魔法を解くために奔走するという物語。これ、小学校の頃に図書館で1度読んだことがあるんです。でもその後また読みたいと思って探したんですが、題名をすっかり忘れてしまってて、図書館で探したんですがそれらしいのが見つからず...。その頃は司書さんに聞くなんてことは思い浮かばなかったので(笑)、そのままになってたんですが、岩波少年文庫で復刊されてるのを見て読んでみたら、まさにそれじゃないですか!

久しぶりに読んでみると、ちょっと物足りない部分はあるものの、やっぱり可愛らしいエブリディ・マジックでした。ロージーは、仕事が大変なお母さんのことを常に気遣うような思いやりのある女の子。 お母さんとのやりとりでも、相手のことをまず考えて、自分のやりたいことは二の次。それが最終的には良い結果を生むことも多いんですよねえ。...そんな気持ちのいい女の子なのに、あんまり仲の良い友達はいないようなのはなぜなんだろう? とも思ったりするんですけどね。貧しいからって馬鹿にされてるのかしら。(確かにそういうクラスメートもいるけど、全員とは思いがたい) 博物館に行って陶器のコレクションを見た時の「使うためのものが、博物館のケースに入れられて、ただ見られてるだけって、かなしそうだって、あたし、いつも思うの。」なんてことを言うのがとても印象的だし、お母さんの仕事先で知り合った少年・ジョンとは、あっという間に仲良くなって一緒に冒険することになるのですが。
この冒険によって、それまでの子供だけの世界だけではなくて、魔法のほうきから繋がる魔法の世界と、必要なものを手に入れるために足を踏み入れる大人の世界と、ロージー自身の世界が広がっていくのがいいんですよね。しかもカーボネルと一緒にアパートの部屋から眺めてみると、ロンドンの町が実は猫の王国とすっかり重なってるし! ごく平凡な日常の中にいるとは思えないほどの大冒険。
優しいロージーは、魔法が解ければカーボネルが自分の国に帰ってしまうのが分かっていながらも、自分にできる限りのことをしようと奔走します。その割に、カーボネルの態度が高飛車のがまた可笑しい。自分が助けてもらう側だって意識はあるのかしら! 子供の頃に読んだ時は、「呼び寄せの呪文」のせいで、目の前のご馳走を食べられずにロージーの元へと急がなくちゃいけなくなったカーボネルの怒りっぷりが印象的だったんですが、今回読んでもやっぱり可笑しかったです。(岩波少年文庫)


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トムは腹を立てていました。夏休みは弟のピーターと庭のリンゴの木の枝と枝の間に家を作ろうと前々から計画していたのに、ピーターははしかにかかり、トムはうつらないようにするために、アランおじさんとグウェンおばさんの家に行かなければならなくなったのです。アランおじさんたちが住んでるのは、庭のないアパート。万が一はしかにうつっていた時のために外に出ることもできず、友達もおらず、トムは日々退屈しきっていました。運動不足で夜も寝られなくなってしまったトムは、毎晩のように時計の打つ音を数えるのが習慣となります。古い置時計は、打つ音の数を間違えてばかり。しかしそんなある晩、夜中の1時に時計が13回打ったのです。夜の静けさに何かを感じたトムは、こっそりベッドから抜け出します... という「トムは真夜中の庭で」。
隣の家に住んでいたのは、"よごれディック"。数年前に奥さんに逃げられて以来、ディックは一人暮らしで、母さんに言わせると、ブタ小屋のブタのような暮らしぶり。運転はできないのに2台の車を持ち、1台ではウサギを、もう1台ではメンドリを飼い、卵を売って暮らしていました... という「汚れディック」他、全8編の短編集

古時計が13回打った時にだけ現れる庭園とハティという名の少女。昼間はがらくたばかりが置かれている狭苦しい汚い裏庭があるだけの場所に、広い芝生と花壇、木々や温室のある庭園が広がっていて...! 退屈だったはずの夏休みが、わくわくする真夜中の冒険に一変してしまいます。子供の頃に何度も読み返した作品なんですが、中学以降は読んでなかったかも... ものすごく久しぶりの再読なんですが、これがやっぱり良くて! 大人になって読んでも全然色褪せていないし、それどころかさらに一層楽しめるというのが素晴らしい。
でも楽しい冒険も徐々に終わりに近づいて...。小さかったハティがいつしかすっかり大きくなっていたと気づくところは切ないです。しかもそれに気付かされるのが、他人の目を通してなんですから! でも最後に彼女の名前を叫んだ時、きちんとその声が届いたというのがなんとも嬉しいところ。年齢差を越えた2人の邂逅には胸が温まります。
この作品、子供の頃読んでた時はやっぱりトム視点で読んでたと思うんですけど、大人になった今読むと、もちろんトム視点が基本なんですけど、ハティもかなり入ってたかも。読む年齢に応じて、その経験値に応じて、新たな感動をくれる本なんですね。あー、こういう子供の頃に大好きだった本を読み返すたびに、本棚に入れておいてくれた父に改めて感謝してしまうなあ。

そして「真夜中のパーティー」の方は、今回初めてです。どれもごく普通の日常から始まる物語。特に不思議なことが起きるわけでもないし、日常のちょっとした出来事と一緒に子供たちの思いが描かれているだけ。でもそれがとても鮮やかなんですね。真夜中のパーティーが親にばれないように工夫する姉弟たち、ついついニレの木を倒してしまった少年たち、貴重なイシガイを川に隠す少年たち、せっかく摘んだキイチゴを無駄にしてしまい、怒る父親から逃げ出す少女、池の底からレンガの代わりにブリキの箱を拾った少年...。特に印象に残ったのは、川の底に潜りこもうとするイシガイを見ながら密かに逡巡するダンの姿かな。これは本当にドキドキしました。兄のようなパットが大人たちに糾弾されるのに憤慨した小さなルーシーの反撃も良かったなあ。溜飲が下がります。あと、間違えてブリキの箱を拾ってきた少年のあの達成感・充実感ときたら! 読んでいるその時には、それほど大した物語には思えないのですが、後から考えると印象的な場面がとても多かったことに気づかされるような、深みのある短編集でした。(岩波少年文庫)


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王さまとお妃さまに待望の赤ちゃんが生まれ、小さなお姫さまのために洗礼式が盛大に執り行われることになります。名付け親として招かれたのは、国中で見つかった7人の妖精たち。妖精たち1人1人から贈り物をしてもらい、想像できる限り最高のお姫さまになるようにするのが、当時の習慣だったのです。しかし宴の席に8人目の妖精が現れます。その妖精は50年以上も前から塔の外に出ておらず、生きているのかどうかすら分からなかったため、招かれていなかったのです。妖精用のどっしりした黄金のケースに入った純金のスプーンとフォークとナイフは7つしか作っておらず、その妖精の前に出されたのは普通の食卓道具。ばかにされたと思い込んだ年取った妖精は、口の中でぶつぶつと脅しの文句を呟きます... という「眠りの森の美女」他、全10編の童話集。

アンジェラ・カーターの「血染めの部屋」(感想)を読んだ時も、「青髭」を改めて読んでみたいなあと思ってたんですけど、先日ファージョンの「ガラスのくつ」(感想)を読んで、今度読みたくなったのは「シンデレラ」! いい機会なので、ペロー童話集を読むことに。これも岩波文庫版や白水社uブックス、河出文庫版(澁澤龍彦訳)、ちくま文庫版(巖谷國士)など、色んなバージョンがあって、読み比べてみたくなっちゃうんですが~。今回手に取ったのは天沢退二郎訳の岩波少年文庫版。本の挿絵はマリ林(Marie Lyn)さんという方で、これがまたとても素敵。この方、天沢退二郎氏の奥様なんですね!

「そして2人は幸せに暮らしました...」の後の話まできちんとついている「眠りの森の美女」や、狼に食べられたきりで終わってしまう「赤頭巾ちゃん」。そうか、この結末はペローだったのか。「眠りの森の美女」の後日譚がついてる絵本を子供の頃に読んで、それがものすごく強烈だったのに(特にたまねぎのソースが...)、それっきり見かけなくて一体どこで読んだんだろうと思ってたんです。そうか、ペローだったのか...。その他も、大体は知ってる通りのお話だったんですけど、10編のうち「巻き毛のリケ」というお話だけは全然知らなくて、ちょっとびっくり。訳者あとがきによると、この作品だけはグリムにもバジーレにもヨーロッパ各地の民話・説話には明らかな類話が見当たらないお話なんだそうです。道理で!
でも伝承に忠実なグリムに対して、同じく伝承を採取しながらルイ14世の宮廷で語るために洗練させたペロー、というイメージがすごく強いのに、訳者あとがきによると「赤頭巾ちゃん」なんかは、ペローの方が古い伝承に忠実なんですって。グリムの「いばら姫」では「眠りの森の美女」の後日譚はカットされ、「赤頭巾ちゃん」には新たな結末が付け加えられたというわけですね。でも洗練される過程で、少し変わってしまったのが、ペロー版のシンデレラ「サンドリヨン」。伝承特有の「3度の繰り返し」がなくて、舞踏会に行くのが2回なんですよ!(驚) でも変わってしまっているとしても、やっぱり物語として洗練されてて面白いです。それにそのそれぞれのお話の終わりに「教訓」や、時には「もう一つの教訓」が付けられてるのが楽しいのです。(ケストナーの「教訓」は、もしやここから?)

そして勢いづいて、以前読んだ「人類最古の哲学」(中沢新一)を再読。これ、2年ほど前にも読んでいて(感想)、その時も沢山メモを取りつつ読んだんですけど、既にかなり忘れてしまってるので... いやあ、やっぱり面白いです。5冊シリーズの1冊目は、世界中に散らばるシンデレラ伝説を通して神話について考えていく本。伝承・神話系の物語って、実はきちんとそれぞれの形式があって、それぞれの場面や行動にきちんと意味があってそういう決まりごとにのっとって作られてるんですよね。シンデレラといえば、日本ではまずペローやグリムが有名ですけど、もっと神話の作法に則ったシンデレラ物語が世界中に残っているわけです。そしてその物語を聞いた北米のミクマクインディアンが作り出したシンデレラの興味深いことといったら...! ええと、近々ドナ・ジョー・ナポリの「バウンド」を読むつもりにしてるので、そちらの予習も兼ねてます。(岩波少年文庫)


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「おやゆび姫」「皇帝の新しい着物(はだかの王さま)」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「赤いくつ」「雪の女王」など、数々の美しい童話を書き残したアンデルセン。この3冊には全33編が収められています。

ムーミンを読んでたら、北欧繋がりでなんだか妙に読みたくなりました。アンデルセンって実は子供の頃はあんまり好きじゃなかったんですよね。有名な作品は一通り読んでたと思うし、去年もエロール・ル・カインの「雪の女王」の絵本を読んだし、荒俣宏編訳「新編魔法のお店」に「マッチ売りの少女」が載ってたり、「ももいろの童話集」にもアンデルセンの「小さな妖精と食料品屋」が収録されていたりと、それほど離れてたわけでもないんですが、今まで改めて手に取る気にはならなかったのに... と我ながらちょっとびっくり。でもいい機会! 本当はハリー・クラークの挿絵が楽しめる新書館版がいいかなと思ったんですが(右のヤツね)、これは結構分厚くて重いので... 結局手に取ったのは、かねてから読破計画を進めたいと思っていた岩波少年文庫版です。

改めて読んでみて真っ先に感じたのは、暖かな南の国への憧れ。「おやゆび姫」でも「コウノトリ」でも、ツバメやコウノトリが、寒い冬の訪れの前に、太陽が明るく照り綺麗な花が年中咲いているという「あたたかな国」(エジプト)へと旅立つし、「年の話」でもみんなが春の訪れを待ち焦がれてるんです。珍しくイタリアが舞台となっている「青銅のイノシシ」ではこんな感じ。

イタリアの月の光は、北欧の冬の曇り日ぐらいのあかるさがあります。いえ、もっとあかるいでしょう。なぜなら、ここでは空気までが光り、かるく上にのぼっていくからです。それにひきかえ、北欧ではつめたい灰色のナマリぶきの屋根がわたしたちを地面におさえつけます。いつかはわたしたちの棺をおさえつける、このつめたいしめっぽい土へおしつけるのです。

やっぱり北欧の人にとって冬の存在というのは、ものすごく大きいんでしょうね。白夜だし...。日本人が考える冬とはまた全然別物なのかも。(しかも私が住んでる地方は冬が緩いですから) とはいえ、そういう南の国の明るさとは対照的な「雪の女王」の美しさも格別なんですけどね。雪というイメージがアンデルセンの中でこれほど美しく花開いている作品は、他にはないかもしれないなあ。「雪の女王」は、アンデルセンの中でも後期の作品なんじゃないかな、とふと思ってみたり。
そして同じように印象に残ったのは、天国の情景。それと共に、死を強く意識させられる作品がとても多いことに驚かされました。アンデルセンは人一倍「死」を身近に感じていたのでしょうか。「貧しさ」と「死」、「心の美しさ」や「悔い改め」といったものが、多分子供の頃の私には大上段すぎて、苦手意識を持つ原因になったんじゃないかと思うんですけが、今改めて読むと、それも含めて本当に暖かくて美しい作品群だなあと思いますね。

私がこの3冊の中で特に好きだったのは、小さい頃におばあさまにエデンの園のお話を聞いて憧れて育った王子が実際にそこを訪れることになる「パラダイスの園」という作品。とてもキリスト教色の強い物語ではあるんですけど、北風、南風、東風、西風が集まる「風穴」のように、どこかギリシャ神話的な雰囲気もあってとても好き。あとは1粒のエンドウ豆のせいで眠れなかった「エンドウ豆の上のお姫さま」や、中国の皇帝のために歌うナイチンゲールのお話「ナイチンゲール」、白鳥にされた11人の兄たちのためにイラクサのくさりかたびらを編むエリザの「野の白鳥」なんかは、子供の頃から好きだし、今もとても好き。でも逆に、子供の時に読んでも楽しめるでしょうけど、大人になって改めて読んだ方が理解が深まるだろうなという作品も多かったですね。思いの他、大人向けの物語が多かったように思います。

第2巻の訳者あとがきに、アンデルセンも最初は創作童話を書くつもりがなくて、例えば「大クラウスと小クラウス」「火打ち箱」といった作品は、アンデルセンが子供の頃に祖母から聞いた民話を元にしたものだという話が書かれていました。確かに第1巻を読んだ時に、他の作品とはちょっと雰囲気の違う「大クラウスと小クラウス」には違和感を感じてたんですが、そういうことだったんですねー。やっぱり明らかに創作といった物語とは、方向性が全然違いますもん。(岩波少年文庫)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

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