Catégories:“岩波少年文庫”

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14歳のカッレは名探偵に憧れ、ロンドンの貧民窟やシカゴの暗黒街に生まれたかったと思っている少年。日々怪しい人物をチェックし、町の治安を守るために見回りを欠かさず、空想の中で「探偵ブルムクヴィスト」になっては、いっぱしの名探偵ぶって「架空の聞き手」相手に捜査や推理の基本を語ってきかせています。しかし実際には、カッレは小さな町の食料品店の1人息子。カッレが住む平和な町では事件など望むべくもないのです。そして夏休み。遊び仲間の靴屋の息子のアンデスと、パン屋の娘のエーヴァ・ロッタと一緒に毎日のように遊びまわっているカッレの前に現れたのは、エーヴァ・ロッタのお母さんの弟だというエイナルおじさん。エイナルおじさんはエーヴァ・ロッタの家にしばらく滞在することになり、何かといえばカッレたち3人につきまとうのですが...。

子供の頃の私にとってリンドグレーンといえば、まずこのカッレくんのシリーズ。もう何度読んだか分からないぐらい大好きでした。ピッピもいいんですけどね、破天荒で突拍子のないことをしてばかりのピッピよりも、この3人の方が好き。現実味があって、身近な存在に感じられたからかも。このシリーズを最初に読んだのは、多分小学校3年生の頃だから、9歳のピッピよりも14歳のカッレたち3人の方が大人っぽく感じられて良かったというのもあったのかも。
ケストナーの「エーミールと探偵たち」はもう読んでたかもしれないけど、ホームズやルパンを読むようになる前で、「探偵」という存在にもあまり馴染んでなかった頃。カッレくんが憧れるエルキュール・ポワロやピーター・ウィムジィ卿の存在も知らなかったし(アスビョーン・クラーグは未だに知らない)、歴史上のバラ戦争なんていうのも、もちろん初耳。でもカッレたち3人の「白バラ軍」と、それに敵対する「赤バラ軍」のバラ戦争にも「いく千いく万の人命は、死と死の暗夜に落ちてゆくであろう」という言葉にもワクワクしたし(この言葉は、今読んでも本当にかっこいい)、夜中にこっそり家を抜け出しての冒険ときたら! そしてエーヴァ・ロッタのパパがくれる甘パンの美味しそうなことったら!

で、今回久しぶりに本を手に取ったんですけど、やっぱりすっごく面白かった~。これは本当に大好きです。展開も全て覚えてるというのに、すっかり童心に戻ってワクワク。でもそんな風にワクワクしつつも、早く名探偵になりたくて背伸びしてるカッレくんが、たまらなく可愛かったりなんかもして~。この辺りは自分が年を重ねた分、受ける印象がちょっぴり変わりますね。そういう描写がその時よりも目につくというか。一緒に白バラ軍に入って活躍したい(というかエーヴァ・ロッタになりたかった)と思ってた子供の頃とは違って、温かい目で見守る側になってる自分を再認識してしまう...。そして空想の中の事件だけでなく現実の事件に触れることによって、3人が大人の世界を垣間見る部分なんかでは、ああ、まだまだ大人になってしまうのは早いよ、1日でも長くこの幸せな時間を過ごさせてあげたいな、なんて思ってしまう...。
と言いつつ、入れるものなら今でもやっぱり私も白バラ軍に入りたいですけどね。で、赤バラ軍と戦争をしたい! 聖像の争奪戦を繰り広げたい! 白バラ軍はもちろんだけど、赤バラ軍のシックステンとベンカとユンカだって、とっても気持ちいい男の子たち。赤バラも白バラも、読んでる私まで気持ちよくなってしまうほど素敵な子供たちです。やっぱりいいな、このシリーズは。いくつになっても、子供の頃、最初にこのシリーズを読んだ頃の自分を思い出させてくれるみたい。うふふ、大好き。(岩波少年文庫)


+既読のリンドグレーン作品の感想+
「長くつ下のピッピ」「ピッピ船にのる」「ピッピ南の島へ」リンドグレーン
「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春・夏・秋・冬」「やかまし村はいつもにぎやか」リンドグレーン
「名探偵カッレくん」「カッレくんの冒険」「名探偵カッレとスパイ団」リンドグレーン

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リーサはもうじき8つになる女の子。家族はお父さんとお母さん、9歳のラッセと8歳のボッセという2人の兄さん。リーサの住んでいる家はやかまし村の中屋敷で、北屋敷には9歳のブリッタと7歳のアンナという2人の女の子、そして南屋敷にはオッレという8歳の男の子がいます。険しい坂道をいくつも上ったとても高いところにあるやかまし村にあるのは、この隣り合った3つの屋敷だけなのです。

ほのぼのとした小さな農村を舞台にした6人の子供たちの物語が、リーサの視点で語られていきます。リンドグレーンでも、このシリーズを読むのは今回が初めて。ピッピのシリーズと比べるとあんまり穏やかでほのぼのしているので(大自然の中の冒険はたっぷりなんですが)、最初はちょっと物足りなく感じてたんですが、3冊読み終える頃にはすっかりこの世界に入り込んでいました。
男の子と女の子の3人ずつに分かれることはあっても、6人の子供たちはいつでも一緒。ほとんどの出来事はやかまし村の中か、そうでなければ学校のある大村で起こります。学校に通うのも6人一緒。学校のない休みの間は、それこそ一日中一緒。ラッセとボッセの部屋とオッレの部屋は菩提樹伝いに移動できるほどだし、リーサの部屋とブリッタとアンナの部屋も、紐を渡してタバコの箱に手紙を入れて伝わらせられるほどの近さ。6人の子供たちも同じ兄弟姉妹のような近しさ。一緒に秘密の隠れ家を作ってみたり、自分たちにしか分からない言葉で話してみたり、インディアンごっこをしてみたり... そんな日常の遊びの中に、カブラ抜きをしたり鶏の卵を集めたり、動物たちに餌をやったり、干し草の取り入れをしたりという家のお手伝いも入ってくるんですが、みんなでやればどれも楽しくて。電話もテレビもない生活なんですが、和やかなゆったりした空気が流れているのがとても心地いい~。親同士も仲が良いので、3つの家族が大きな1つの家族みたいなんですよね。元々はこんな風に育った子供たち同士が結婚したのかしら? あくまでも子供たち中心の話なんだけど、ふとしたところから大人の包容力の大きさや温かく見守るまなざしが感じられて、それもいいんですよね。こんな温かい環境で育つ子供たちは、心の中まで豊かになるはず。本当に幸せ者だな~。(岩波少年文庫)


+既読のリンドグレーン作品の感想+
「長くつ下のピッピ」「ピッピ船にのる」「ピッピ南の島へ」リンドグレーン
「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春・夏・秋・冬」「やかまし村はいつもにぎやか」リンドグレーン
「名探偵カッレくん」「カッレくんの冒険」「名探偵カッレとスパイ団」リンドグレーン

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スウェーデンの小さな町のはずれの草ぼうぼうの古い庭に「ごたごた荘」という名前の古い家が建っていました。その家に住んでいるのは、ピッピ・ナガクツシタという名前の女の子。9歳なのにお父さんもお母さんもなく、船乗りだったお父さんにもらったサルの「ニルソン氏」と、この家に来てすぐ金貨で買った馬一頭と一緒に住んでいるのです。ごたごた荘の隣の家にはトミーとアンニカという男の子と女の子が住んでおり、3人はすぐに仲良くなります。

子供の頃に何度も読んだ長くつ下のピッピのシリーズ。先日ふとテレビをつけたら、一人芝居みたいなのをやってて懐かしくなっちゃって! 思わず手に取ってしまいました。久々の再読です。あ、子供の頃に何度も読んでいたとは言っても、自分で持っていたのは最初の「長くつ下のピッピ」1冊だけ。なので何度も読んだのもこれ1冊で、あとのは1、2回しか読んでないのですが。

子供の頃でも、ピッピみたいな破天荒な女の子が実際にいたら楽しいけど大変だろうなと思いながら読んでいた覚えがあるので、大人になった今読み返したら、ピッピに苦笑させられてしまうかも、なんて思ってたんです。もしかしたら、ピッピが痛々しく感じられてしまうかも? とも。で、ちょっと手に取る前に躊躇ってたんですが、杞憂でした。相変わらず楽しい! ピッピ、可愛い!
でも、改めて3冊まとめて読んでみると、1冊ごとにピッピの姿がだんだん変っていくなあ、なんて思ったりもしますね。1冊目のピッピはほんと破天荒。何者にも束縛されず自由気儘に日々すごしていて、仲良しのトミーとアンニカを喜ばせるのは大好きだけど、そのほかの人たちには、それほどサービス精神旺盛というわけでもないみたい。大人をからかうのも、自分が楽しいからってだけだし... まあ、その真っ直ぐさがいいんですけどね。火事の家に取り残された子供たちを救いだして英雄になってますが、この時も火事の恐ろしさや、取り残された子供たちの感じている恐怖を理解してるわけではなくて、周囲の人たちの話から助けた方がいいと分かったから、助けてます。
でも2冊目になると、力強いのは相変わらずなんだけど、いじめっ子や乱暴者をやっつける「弱きを助け強きをくじく」ピッピ像が強調されているようです。トミーとアンニカ以外の子供たちにも目を向けるようになるし、この2人以外の気持ちを考えることもし始めます。2人を連れ出して遊びに行った時にも、後で2人の両親が心配しないように置手紙を残してたりしますしね。これは1冊目では考えられなかったこと。そして3冊目になると、ピッピのほら話で逆に励まされる人も出てきますし。いつの間にかトミーとアンニカのお母さんの信頼も勝ち得てます。
最初は、破天荒なピッピ像から、もっと多くの人に受け入れられやすいヒロイン像へと微妙に変化したのかなーなんて思っていたのですが、3冊目を最後まで読んでみると、やっぱりこれはピッピの成長といった方が相応しいような気がしてきました。というのは、3冊目の「ピッピ南の島へ」のラストから。これは、ちょっとびっくりするような雰囲気なんですよね。そういえば、子供の頃もこのラストには違和感を感じていたのですが... でもこれが、既に大人であるリンドグレーンなりの終わらせ方だったんでしょうか。楽しい子供時代の終わりの予感。

で、子供の頃もピッピよりもアンニカになりたいと思った私ですが、大人になってから読み返しても、やっぱりなり替わるならアンニカの方が~ でした。自分自身がアンニカに近いというのも大きいんですけど(笑)、何といっても、アンニカならピッピの近くの一番いい位置でトミーと一緒に楽しんでいられますしね。「もの発見家」になるのも、木の上でお茶をして、その木の大きなうろの中に入ってみたりするのも、本当に楽しそう。ちょっと怖くなっちゃうような冒険も、2人がいれば大丈夫。遠足やパーティーで出てくるピッピの手作りのご馳走も美味しそう。読んでいるだけでワクワクしてきます。例えば床の上にショウガ入りクッキーの生地を伸ばしたり、誕生日のパーティのテーブルのご馳走をテーブルクロスごと片付けてしまうのは、冷静に考えればかなり困った状態になるはずなんですけどね。(笑)
それに子供の頃に一番羨ましかったのは、ピッピの家の居間にある大きなタンス。ピッピがお父さんと一緒に世界中をまわった時に買った宝物が、沢山詰まっているタンスなんです。2人がタンスの引き出しをあけては楽しんでるのが羨ましくて仕方なかったし、何かのたびにピッピがトミーとアンニカにプレゼントしてる物もすごく素敵だし! これは今でも羨ましくなっちゃいます。やっぱりアンニカになって、トミーとピッピと一緒に引き出しを覗きこみたいわ~。(ピッピになれば、その全ては自分の物になるのにねえ・笑)(岩波少年文庫)


+既読のリンドグレーン作品の感想+
「長くつ下のピッピ」「ピッピ船にのる」「ピッピ南の島へ」リンドグレーン
「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春・夏・秋・冬」「やかまし村はいつもにぎやか」リンドグレーン

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この何週間というもの雨が全く降らず、その日も気温は43度。空はなめした皮のようにてかてか光り、地面は熱気で固くつっぱり、夜になれば雷が轟くのに、雨は一滴も降らないという状態。このままではエン麦もトウモロコシも収穫できなくなってしまうと、9歳半のガーネットも心配していました。しかしその日の夕食の後、11歳の兄のジェイと一緒に川に泳ぎに行ったガーネットは、水が減って川底が現れたところで砂に半分埋まっていた銀の指ぬきを見つけたのです。それが魔法の指ぬきだと信じるガーネット。そして実際、その日の晩何週間ぶりの雨が降り、ようやく楽しい夏の日々が始まったのです。

1930年代のアメリカのひと夏の物語。日照りの描写が続く序盤では、正直、このまま読み続けるかどうか迷ったほどの重苦しさだったんですが、ガーネットが指ぬきを見つけてからは、一気に楽しい冒険物語となりました。私は読みながらローラ・インガルス・ワイルダーの作品、特に「農場の少年」を思い出したんですが、そういった古き良きアメリカを楽しめる物語。でも、これも良かったんだけど、「農場の少年」ほどではなかったかな...
天候に左右される農場の生活は決して楽ではないものの、その土地を愛し、その土地での生活を謳歌しているガーネットたち。天候に一喜一憂し、請求書が来れば帳簿とのにらめっこ。でもその生活は、決して貧しくはないんですよね。物は豊富ではないかもしれないけど、心はとても豊か。時には面白くないことがあって家出を敢行することもあるガーネットなんですが、そんなガーネットを見つめる周囲の大人の目も温かくって、包みこまれるよう。そんな温かさが、衝動的な行動をとったガーネットにも伝わってしみ込んでいきます。
読んでいて一番好きだったのは、終盤の、エリックがジェイと一緒に将来の夢を話してる場面かな。このエリックは、両親を失って以来、苦労してきた少年。たまたまガーネットたちの農場の近くにやって来て、住みこみで仕事をすることになったんです。最初は警戒心が強くて、自分のことを話したがらなかったエリックなんですが、器用で働き者のエリックはみんなに可愛がられて、いつしか家族の一員となり、ここの土地に馴染んでいきます。このエリックを最初に迎えた時のガーネットのお母さんの態度も素敵なんですよね。ガーネットがお母さんを誇りに思うのがよく分かる~。(岩波少年文庫)

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ロージーがお母さんと一緒に住んでいるのは、アパートの一番上の階の家具付きの3部屋。お風呂を使えるのは週に2回、台所は共同。住み心地はあまり良くないのですが、ロージーのお父さんは既に亡くなり、お父さんの年金とお母さんの仕立て物の仕事では暮らしを立てるのが精一杯なので仕方ないのです。そして迎えた夏休み。ロージーのお母さんは、パーカーおくさんの仕立て物の仕事のために、ロンドン郊外にあるお屋敷に3週間通うことになっていました。お母さんが留守の間に何か役立つことをしたいと考えたロージーは、掃くことと拭くこととお皿洗いならできると、フェアファックスの市場にほうきを買いに行きます。そしてそこで出会った黒ネコに連れて行かれるようにして1人のおばあさんと出会い、ほうきと黒ネコを買い取ることに。

ロンドンに住む普通の女の子がひょんなことから黒猫の王子カーボネルと出会い、魔法のほうきを手に入れて、カーボネルにかけられている魔法を解くために奔走するという物語。これ、小学校の頃に図書館で1度読んだことがあるんです。でもその後また読みたいと思って探したんですが、題名をすっかり忘れてしまってて、図書館で探したんですがそれらしいのが見つからず...。その頃は司書さんに聞くなんてことは思い浮かばなかったので(笑)、そのままになってたんですが、岩波少年文庫で復刊されてるのを見て読んでみたら、まさにそれじゃないですか!

久しぶりに読んでみると、ちょっと物足りない部分はあるものの、やっぱり可愛らしいエブリディ・マジックでした。ロージーは、仕事が大変なお母さんのことを常に気遣うような思いやりのある女の子。 お母さんとのやりとりでも、相手のことをまず考えて、自分のやりたいことは二の次。それが最終的には良い結果を生むことも多いんですよねえ。...そんな気持ちのいい女の子なのに、あんまり仲の良い友達はいないようなのはなぜなんだろう? とも思ったりするんですけどね。貧しいからって馬鹿にされてるのかしら。(確かにそういうクラスメートもいるけど、全員とは思いがたい) 博物館に行って陶器のコレクションを見た時の「使うためのものが、博物館のケースに入れられて、ただ見られてるだけって、かなしそうだって、あたし、いつも思うの。」なんてことを言うのがとても印象的だし、お母さんの仕事先で知り合った少年・ジョンとは、あっという間に仲良くなって一緒に冒険することになるのですが。
この冒険によって、それまでの子供だけの世界だけではなくて、魔法のほうきから繋がる魔法の世界と、必要なものを手に入れるために足を踏み入れる大人の世界と、ロージー自身の世界が広がっていくのがいいんですよね。しかもカーボネルと一緒にアパートの部屋から眺めてみると、ロンドンの町が実は猫の王国とすっかり重なってるし! ごく平凡な日常の中にいるとは思えないほどの大冒険。
優しいロージーは、魔法が解ければカーボネルが自分の国に帰ってしまうのが分かっていながらも、自分にできる限りのことをしようと奔走します。その割に、カーボネルの態度が高飛車のがまた可笑しい。自分が助けてもらう側だって意識はあるのかしら! 子供の頃に読んだ時は、「呼び寄せの呪文」のせいで、目の前のご馳走を食べられずにロージーの元へと急がなくちゃいけなくなったカーボネルの怒りっぷりが印象的だったんですが、今回読んでもやっぱり可笑しかったです。(岩波少年文庫)

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トムは腹を立てていました。夏休みは弟のピーターと庭のリンゴの木の枝と枝の間に家を作ろうと前々から計画していたのに、ピーターははしかにかかり、トムはうつらないようにするために、アランおじさんとグウェンおばさんの家に行かなければならなくなったのです。アランおじさんたちが住んでるのは、庭のないアパート。万が一はしかにうつっていた時のために外に出ることもできず、友達もおらず、トムは日々退屈しきっていました。運動不足で夜も寝られなくなってしまったトムは、毎晩のように時計の打つ音を数えるのが習慣となります。古い置時計は、打つ音の数を間違えてばかり。しかしそんなある晩、夜中の1時に時計が13回打ったのです。夜の静けさに何かを感じたトムは、こっそりベッドから抜け出します... という「トムは真夜中の庭で」。
隣の家に住んでいたのは、"よごれディック"。数年前に奥さんに逃げられて以来、ディックは一人暮らしで、母さんに言わせると、ブタ小屋のブタのような暮らしぶり。運転はできないのに2台の車を持ち、1台ではウサギを、もう1台ではメンドリを飼い、卵を売って暮らしていました... という「汚れディック」他、全8編の短編集

古時計が13回打った時にだけ現れる庭園とハティという名の少女。昼間はがらくたばかりが置かれている狭苦しい汚い裏庭があるだけの場所に、広い芝生と花壇、木々や温室のある庭園が広がっていて...! 退屈だったはずの夏休みが、わくわくする真夜中の冒険に一変してしまいます。子供の頃に何度も読み返した作品なんですが、中学以降は読んでなかったかも... ものすごく久しぶりの再読なんですが、これがやっぱり良くて! 大人になって読んでも全然色褪せていないし、それどころかさらに一層楽しめるというのが素晴らしい。
でも楽しい冒険も徐々に終わりに近づいて...。小さかったハティがいつしかすっかり大きくなっていたと気づくところは切ないです。しかもそれに気付かされるのが、他人の目を通してなんですから! でも最後に彼女の名前を叫んだ時、きちんとその声が届いたというのがなんとも嬉しいところ。年齢差を越えた2人の邂逅には胸が温まります。
この作品、子供の頃読んでた時はやっぱりトム視点で読んでたと思うんですけど、大人になった今読むと、もちろんトム視点が基本なんですけど、ハティもかなり入ってたかも。読む年齢に応じて、その経験値に応じて、新たな感動をくれる本なんですね。あー、こういう子供の頃に大好きだった本を読み返すたびに、本棚に入れておいてくれた父に改めて感謝してしまうなあ。

そして「真夜中のパーティー」の方は、今回初めてです。どれもごく普通の日常から始まる物語。特に不思議なことが起きるわけでもないし、日常のちょっとした出来事と一緒に子供たちの思いが描かれているだけ。でもそれがとても鮮やかなんですね。真夜中のパーティーが親にばれないように工夫する姉弟たち、ついついニレの木を倒してしまった少年たち、貴重なイシガイを川に隠す少年たち、せっかく摘んだキイチゴを無駄にしてしまい、怒る父親から逃げ出す少女、池の底からレンガの代わりにブリキの箱を拾った少年...。特に印象に残ったのは、川の底に潜りこもうとするイシガイを見ながら密かに逡巡するダンの姿かな。これは本当にドキドキしました。兄のようなパットが大人たちに糾弾されるのに憤慨した小さなルーシーの反撃も良かったなあ。溜飲が下がります。あと、間違えてブリキの箱を拾ってきた少年のあの達成感・充実感ときたら! 読んでいるその時には、それほど大した物語には思えないのですが、後から考えると印象的な場面がとても多かったことに気づかされるような、深みのある短編集でした。(岩波少年文庫)

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王さまとお妃さまに待望の赤ちゃんが生まれ、小さなお姫さまのために洗礼式が盛大に執り行われることになります。名付け親として招かれたのは、国中で見つかった7人の妖精たち。妖精たち1人1人から贈り物をしてもらい、想像できる限り最高のお姫さまになるようにするのが、当時の習慣だったのです。しかし宴の席に8人目の妖精が現れます。その妖精は50年以上も前から塔の外に出ておらず、生きているのかどうかすら分からなかったため、招かれていなかったのです。妖精用のどっしりした黄金のケースに入った純金のスプーンとフォークとナイフは7つしか作っておらず、その妖精の前に出されたのは普通の食卓道具。ばかにされたと思い込んだ年取った妖精は、口の中でぶつぶつと脅しの文句を呟きます... という「眠りの森の美女」他、全10編の童話集。

アンジェラ・カーターの「血染めの部屋」(感想)を読んだ時も、「青髭」を改めて読んでみたいなあと思ってたんですけど、先日ファージョンの「ガラスのくつ」(感想)を読んで、今度読みたくなったのは「シンデレラ」! いい機会なので、ペロー童話集を読むことに。これも岩波文庫版や白水社uブックス、河出文庫版(澁澤龍彦訳)、ちくま文庫版(巖谷國士)など、色んなバージョンがあって、読み比べてみたくなっちゃうんですが~。今回手に取ったのは天沢退二郎訳の岩波少年文庫版。本の挿絵はマリ林(Marie Lyn)さんという方で、これがまたとても素敵。この方、天沢退二郎氏の奥様なんですね!

「そして2人は幸せに暮らしました...」の後の話まできちんとついている「眠りの森の美女」や、狼に食べられたきりで終わってしまう「赤頭巾ちゃん」。そうか、この結末はペローだったのか。「眠りの森の美女」の後日譚がついてる絵本を子供の頃に読んで、それがものすごく強烈だったのに(特にたまねぎのソースが...)、それっきり見かけなくて一体どこで読んだんだろうと思ってたんです。そうか、ペローだったのか...。その他も、大体は知ってる通りのお話だったんですけど、10編のうち「巻き毛のリケ」というお話だけは全然知らなくて、ちょっとびっくり。訳者あとがきによると、この作品だけはグリムにもバジーレにもヨーロッパ各地の民話・説話には明らかな類話が見当たらないお話なんだそうです。道理で!
でも伝承に忠実なグリムに対して、同じく伝承を採取しながらルイ14世の宮廷で語るために洗練させたペロー、というイメージがすごく強いのに、訳者あとがきによると「赤頭巾ちゃん」なんかは、ペローの方が古い伝承に忠実なんですって。グリムの「いばら姫」では「眠りの森の美女」の後日譚はカットされ、「赤頭巾ちゃん」には新たな結末が付け加えられたというわけですね。でも洗練される過程で、少し変わってしまったのが、ペロー版のシンデレラ「サンドリヨン」。伝承特有の「3度の繰り返し」がなくて、舞踏会に行くのが2回なんですよ!(驚) でも変わってしまっているとしても、やっぱり物語として洗練されてて面白いです。それにそのそれぞれのお話の終わりに「教訓」や、時には「もう一つの教訓」が付けられてるのが楽しいのです。(ケストナーの「教訓」は、もしやここから?)

そして勢いづいて、以前読んだ「人類最古の哲学」(中沢新一)を再読。これ、2年ほど前にも読んでいて(感想)、その時も沢山メモを取りつつ読んだんですけど、既にかなり忘れてしまってるので... いやあ、やっぱり面白いです。5冊シリーズの1冊目は、世界中に散らばるシンデレラ伝説を通して神話について考えていく本。伝承・神話系の物語って、実はきちんとそれぞれの形式があって、それぞれの場面や行動にきちんと意味があってそういう決まりごとにのっとって作られてるんですよね。シンデレラといえば、日本ではまずペローやグリムが有名ですけど、もっと神話の作法に則ったシンデレラ物語が世界中に残っているわけです。そしてその物語を聞いた北米のミクマクインディアンが作り出したシンデレラの興味深いことといったら...! ええと、近々ドナ・ジョー・ナポリの「バウンド」を読むつもりにしてるので、そちらの予習も兼ねてます。(岩波少年文庫)

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岩波少年文庫版の宮沢賢治3冊。今までいくつかの本を手に取ったことがありますが、岩波少年文庫で読むのは今回が初めて。3冊で童話が26編と詩が11編収められています。

今回改めて読んでみて特に印象に残ったのは、宮沢賢治の生前に唯一刊行された「注文の多い料理店」につけられている「序」。これ、素晴らしいですね。「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」...宮沢賢治にとって、生きるために必要なのは単なる食物の摂取ではなくて、自然から得る精神的な栄養がとても大きかったというのが、よく分かります。身体の維持のためには食物の摂取がどうしても必要ですけど、彼にとっては精神を生かすための栄養の方がずっと大切だったんでしょう。そして、そんな宮沢賢治の書いた童話は、実際に身の回りの自然から栄養を得て書かれた物語ばかり。序にも「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです」とあります。確かに空とか星とか風とか雪とか水とか、野山の動物とか、自然のものが沢山。もうほんと好きにならずにはいられないモチーフが満載なんですけど、でもそんなモチーフが使われているからといって、作品が大好きになるとは限らなくて...。素直に自然と一体化して、その素晴らしさを全身に感じて溶け合ってるからこそ、ですね。やっぱり宮沢賢治の感性って得がたいものだったんだなあ、なんて改めて感じてみたり。そしてこの序の最後の言葉は、「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」。たとえ読者が自然からほんとうの栄養を得られるような感性の持ち主でなかったとしても大丈夫なんですね。その作品を読むことによって、その栄養を得ることができるんですもの。まあ、それを自分の中でどう生かすかは、読者次第ではありますが...。
それにしても「イーハトーヴ」という言葉、いいなあ。「注文の多い料理店」には「イーハトーヴ童話集」という副題がつけられていて、エスペラント語の「岩手」のことなんですけど、これがまるで異界へ行くための呪文みたい。登場人物たちが岩手の方言で話していても、そこに描かれているのがごく普通の農村の情景ではあっても、この「イーハトーヴ」という言葉だけで簡単に異世界に連れて行ってもらえるんですもん。

特に好きな作品としては、「ふたごの星」と「やまなし」と「銀河鉄道の夜」かな。やっぱり「銀河鉄道の夜」は何度読んでも素敵。幻想的に美しくて、懐かしくて暖かくて、でもとっても切なくて。で、以前「宮澤賢治のレストラン」という本がとても楽しかったので、今回再読したかったのですが~。ちょっと手元には間に合わなかったので、そちらはまた日を改めて。(岩波少年文庫)


+既読の宮澤賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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「おやゆび姫」「皇帝の新しい着物(はだかの王さま)」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「赤いくつ」「雪の女王」など、数々の美しい童話を書き残したアンデルセン。この3冊には全33編が収められています。

ムーミンを読んでたら、北欧繋がりでなんだか妙に読みたくなりました。アンデルセンって実は子供の頃はあんまり好きじゃなかったんですよね。有名な作品は一通り読んでたと思うし、去年もエロール・ル・カインの「雪の女王」の絵本を読んだし、荒俣宏編訳「新編魔法のお店」に「マッチ売りの少女」が載ってたり、「ももいろの童話集」にもアンデルセンの「小さな妖精と食料品屋」が収録されていたりと、それほど離れてたわけでもないんですが、今まで改めて手に取る気にはならなかったのに... と我ながらちょっとびっくり。でもいい機会! 本当はハリー・クラークの挿絵が楽しめる新書館版がいいかなと思ったんですが(右のヤツね)、これは結構分厚くて重いので... 結局手に取ったのは、かねてから読破計画を進めたいと思っていた岩波少年文庫版です。

改めて読んでみて真っ先に感じたのは、暖かな南の国への憧れ。「おやゆび姫」でも「コウノトリ」でも、ツバメやコウノトリが、寒い冬の訪れの前に、太陽が明るく照り綺麗な花が年中咲いているという「あたたかな国」(エジプト)へと旅立つし、「年の話」でもみんなが春の訪れを待ち焦がれてるんです。珍しくイタリアが舞台となっている「青銅のイノシシ」ではこんな感じ。

イタリアの月の光は、北欧の冬の曇り日ぐらいのあかるさがあります。いえ、もっとあかるいでしょう。なぜなら、ここでは空気までが光り、かるく上にのぼっていくからです。それにひきかえ、北欧ではつめたい灰色のナマリぶきの屋根がわたしたちを地面におさえつけます。いつかはわたしたちの棺をおさえつける、このつめたいしめっぽい土へおしつけるのです。

やっぱり北欧の人にとって冬の存在というのは、ものすごく大きいんでしょうね。白夜だし...。日本人が考える冬とはまた全然別物なのかも。(しかも私が住んでる地方は冬が緩いですから) とはいえ、そういう南の国の明るさとは対照的な「雪の女王」の美しさも格別なんですけどね。雪というイメージがアンデルセンの中でこれほど美しく花開いている作品は、他にはないかもしれないなあ。「雪の女王」は、アンデルセンの中でも後期の作品なんじゃないかな、とふと思ってみたり。
そして同じように印象に残ったのは、天国の情景。それと共に、死を強く意識させられる作品がとても多いことに驚かされました。アンデルセンは人一倍「死」を身近に感じていたのでしょうか。「貧しさ」と「死」、「心の美しさ」や「悔い改め」といったものが、多分子供の頃の私には大上段すぎて、苦手意識を持つ原因になったんじゃないかと思うんですけが、今改めて読むと、それも含めて本当に暖かくて美しい作品群だなあと思いますね。

私がこの3冊の中で特に好きだったのは、小さい頃におばあさまにエデンの園のお話を聞いて憧れて育った王子が実際にそこを訪れることになる「パラダイスの園」という作品。とてもキリスト教色の強い物語ではあるんですけど、北風、南風、東風、西風が集まる「風穴」のように、どこかギリシャ神話的な雰囲気もあってとても好き。あとは1粒のエンドウ豆のせいで眠れなかった「エンドウ豆の上のお姫さま」や、中国の皇帝のために歌うナイチンゲールのお話「ナイチンゲール」、白鳥にされた11人の兄たちのためにイラクサのくさりかたびらを編むエリザの「野の白鳥」なんかは、子供の頃から好きだし、今もとても好き。でも逆に、子供の時に読んでも楽しめるでしょうけど、大人になって改めて読んだ方が理解が深まるだろうなという作品も多かったですね。思いの他、大人向けの物語が多かったように思います。

第2巻の訳者あとがきに、アンデルセンも最初は創作童話を書くつもりがなくて、例えば「大クラウスと小クラウス」「火打ち箱」といった作品は、アンデルセンが子供の頃に祖母から聞いた民話を元にしたものだという話が書かれていました。確かに第1巻を読んだ時に、他の作品とはちょっと雰囲気の違う「大クラウスと小クラウス」には違和感を感じてたんですが、そういうことだったんですねー。やっぱり明らかに創作といった物語とは、方向性が全然違いますもん。(岩波少年文庫)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

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4月のある朝、アドバセン近くの牧草地を歩いていたマーティン・ピピンは、道端の畑でカラス麦の種をまいている若い男を見かけます。一握りの種をまくごとに、種と同じほどの涙の粒をこぼし、時折種まきを全くやめると、激しくむせび泣く男の名前はロビン・ルー。彼は美しいジリアンに恋焦がれていました。しかしジリアンは父親の井戸屋形に閉じ込められ、男嫌いで嫁にいかぬと誓った6人の娘たちが、屋形の6つの鍵を持ってジリアンを見張っているというのです。マーティン・ピピンはロビン・ルーの望み通り、ロビンの持つプリムラの花をジリアンに届け、代わりにジリアンが髪にさしている花を持ってくるという約束をします... という「リンゴ畑のマーティン・ピピン」。
空が緑に変わりかけ、月や星が出始めた頃。ヒナギク野にいたのは、ヒナギクでくさりを編んでいる6人の女の子と1人の赤ん坊。そこにやって来たのはマーティン・ピピン。自分の子供をベッドに連れに行くためにやって来たマーティンは、6人の女の子たちのために寝る前のお話と歌を1つずつ、そしてそれぞれの子供たちの親を当てることになります... という「ヒナギク野のマーティン・ピピン」

ファージョン再読祭り、ゆるゆると開催中です。今回読んだのは旅の歌い手・マーティン・ピピンの本2冊。2冊合わせて1000ページを超えるという児童書とは思えないボリュームなんですが、読み始めたらもう止まらない! いやあ、もう本当に懐かしくて懐かしくて... 夢中になって読んでいたのは、もっぱら小学校の頃ですしね。本当に久しぶりです。

「リンゴ畑のマーティン・ピピン」は、サセックス州に伝わる「若葉おとめ」という遊戯の元となる物語を語ったという形式の作品。この遊戯は、囚われの姫を助けにきた旅の歌い手とおとめたちのストーリー。古風な歌の歌詞もとても典雅だし、三部構成で、第一部では若葉のもえぎ色、第二部では白と紅、第三部では黄色い服になるという視覚的にもとても美しい遊戯なんです。でもこれ、実はファージョンの創作。
恋わずらいのジリアンを正気に戻すためには、誰も聞いたことのない恋物語を聞かせるのが一番ということで、マーティン・ピピンが6つの物語を語ることになるんですが、この話が本当に大人っぽいんですよね。子供の頃もドキドキしながら読んでたんですが、大人になって再読しても、やっぱりドキドキしてしまうーっ。これはやっぱり子供向けの作品じゃないでしょ... と思いながら読んでいたら、やっぱり違いました。訳者あとがきによると、30歳の男性のために書かれた物語なんだそうです。女性向けではなく男性向けだったというのが意外ですが、確かにこれは30歳の男性でも十分楽しめる物語かと。6つのお話の中で特に好きなのは「王さまの納屋」と「若ジェラード」。そして「オープン・ウィンキンズ」。って、子供の時と変わらないんですけど! そんなに進歩してないのか、私!
お話とお話の間の「間奏曲」では、イギリスの娘たちが楽しむ素朴な遊びや占いの場面もありますし、それぞれのお話の後にはそれぞれの乳搾りの娘と彼氏(なんて言葉じゃ軽すぎる... やっぱり「若衆」でしょうか!)との諍いの原因も告白されたりして、枠の部分も十分楽しめます。

そして「ヒナギク野のマーティン・ピピン」は、その次世代の物語。なんとこちらの聞き手は、「リンゴ畑」の6人の乳搾りの娘たちの子供たちなんです。暗くなってきてもなかなか寝に行きたがらない女の子たちのためのお話と、それぞれの女の子たちの親当てゲーム。「リンゴ畑」では6人の外見の説明がほとんどないせいか、全員の性格の違いを掴むとこまではいかないんですが、こちらは6人が6人とも全然違ってるので、この子の親は誰?というのを通して「リンゴ畑」の6人を改めて知ることができます。
こっちのお話で特に好きなのは、これまた子供の頃と変わらず「エルシー・ピドック夢で縄跳びをする」と「トム・コブルとウーニー」。あーでも「タントニーのブタ」や「ウィルミントンの背高男」「ライの町の人魚」も捨てがたいー。なんて言ってたら全部になってしまうんだけど。エルシー・ピドックのお話は、これだけで独立した絵本にもなってますね。
そして「リンゴ畑」と同じく、間奏曲がまた楽しいんです。子供たちはみんな、マーティンに親を当てられてしまうのではないかとドキドキ。当てられないための駆け引きもそれぞれなら、当てられそうになった時や、大丈夫だと分かった時の反応もそれぞれ。マーティンは結局子供たちの涙に負け続けてしまうんですけどね。間違えたマーティンを容赦なくいじめる方が子供らしい反応かもしれませんが、私としては間違えたマーティンを慰めるような反応の方が子供の頃も好きだったし、今でもそう。って、やっぱり進歩してない私ってば。(笑)(岩波書店・岩波少年文庫)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

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優しくて賢くて逞しいハヌシ王子は、7つの山と7つの川を越えた向こうに世界で一番美しい姫がいると聞き、早速求婚に向かいます。しかしハンナ姫は気位の高い姫。世界中の王子が求婚に訪れても顔をちらりと見るだけで、誰も気に入らずに追い返してばかりだったのです... という「美しいハンナ姫」他、全6編。

ポーランドに古くから伝わる民話をモチーフにしたという物語。民話を元にしてるだけあって、どこかで読んだようなお話が多いんですが、どれも神を信じて地道に正直に日々働く人間が最後に幸せになるというところで共通しています。そして生まれ持った性質や育ちがどうであれ、そういった人間に生まれ変わることは可能ということも。美しいけどわがままなハンナ姫もそうだし(この話はグリムの「つぐみのひげの王さま」に似た展開)、いくらみんなに言われても全然働こうとせず、自分の馬に餌をやることも知らなかった男もそう。若い頃に遊ぶことしか知らなかった女は、すっかり年を取ってしまった後に若い頃の怠け者の自分を目の当たりにさせられることになります。「ヘイ、若かったわたしは ヘイ、どこへ行った? ヘイ、川の向こうか、ヘイ、森にかくれてしまったか?」という歌が、楽しそうでもあり、物悲しくもあり...。
面白かったのは、正直に日々働きたい男が極貧のために子供たちに食べさせることができなくて、でもぎりぎりまで盗人になることに抵抗するにもかかわらず、結局盗人になることによって王さまや国を助けることになるという「盗人のクーバ」。そして怖かったのは、生まれた時に、怪しげな男から宝石の詰まった手箱をもらい、日々それで遊びながら成長する王女さまの話「王女さまの手箱」。美しい宝石に夢中になるのはよくあることなんですけど、宝石を所有するのはあくまでも人間のはず。完全に宝石に所有され、支配されている姫の姿が恐ろしいです。この話もなんだけど、全体的にどこかトルストイっぽかったな。(岩波少年文庫)

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寝る前にお話を聞かないと寝ようとしない、大のお話好きのナフタリ。両親からも沢山のお話を聞くのですが、字が読めるようになると、お話の本も手当たり次第読むようになります。そんなナフタリは大きくなると本の行商人となり、愛馬・スウスの引く馬車に沢山本を積んで色々なところをまわって本を売り、本を買えない貧しい子には本をプレゼントし、人々の語る様々なお話を聞き、そして自分も沢山お話を語ることに... という「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」他、それぞれ8編が収められた短編集。

アイザック・バシェヴィス・シンガーは、ポーランド生まれの作家。ナチスの迫害から逃れてアメリカに渡ったんだそうです。その執筆は英語ではなく、子供の頃から使っていたイディッシュ語。元はユダヤ人やポーランドに伝わる民話なんだろうなってお話も多いし、ユダヤ教徒の家庭に育ったシンガーらしく、ユダヤ教のラビも頻繁に登場。ハリー・ケメルマンやフェイ・ケラーマンの作品でも読んでるんですけど、ユダヤ教の風習ってやっぱり面白いなあ。
とんまな人々が住むヘルムという町を舞台にした寓話的物語もいくつかあって、繋がっていくのが楽しかったんですが、やっぱり一番印象に残ったのは、上にあらすじを書いた「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」。この中に登場するナフタリは、作者シンガーの理想の自画像なのだそう。お話の楽しさ面白さを人々に伝えることを生きがい旅から旅への暮らしだったナフタリは、レブ・ファリクという人物との出会いがきっかけで1箇所に根を下ろした暮らしをしたいと初めて思うようになるんですけど、この2人の会話がとても深いんです。

いちにちが終わると、もう、それはそこにない。いったい、なにが残る。話のほかには残らんのだ。もしも話が語られたり、本が書かれたりしなければ、人間は動物のように生きることになる、その日その日のためだけにな。(P.21)

きょう、わしたちは生きている、しかしあしたになったら、きょうという日は物語に変わる。世界ぜんたいが、人間の生活のすべてが、ひとつの長い物語なのさ。(P.21~22)
生きるってことは、結局のところ、なんだろうか。未来は、まだここにはない、そして、それが何をもたらすか、見とおしは立たない。現在は、ほんの一瞬ずつだが、過去はひとつの長い長い物語だ。物語を話すこともせず、聞くこともせぬ人たちは、その瞬間ずつしか生きぬことになる、それではじゅうぶんとは言えない。(P.37)

他のも一見子供向けのただ面白い話に見えて、実はとても深くじっくり味わえる作品ばかり。そしてお話の楽しさや面白さを人々に伝えたいというシンガーの思いがとても伝わってくる、暖かい作品集です。(岩波少年文庫)


+既読のアイザック・B・シンガー作品の感想+
「お話を運んだ馬」「まぬけなワルシャワ旅行」I.B.シンガー
「やぎと少年」アイザック・B・シンガー
「ショーシャ」アイザック・B・シンガー

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岩波少年文庫50周年の特別企画本。中川李枝子・山脇百合子姉妹、池内紀・池内了兄弟、岸田衿子・岸田今日子姉妹の対談のほか、斎藤惇夫の講演、目黒考二、猪熊葉子、内藤濯、瀬田貞二、林容吉、河盛好蔵、松方三郎、石井桃子各氏のエッセイが収められた本。

子供の頃の私にとって、児童書といえばまず岩波書店の本でした。ほとんど処分してないので、まだ家に沢山残ってます。函入りのハードカバーの本も多いんですけど、少年文庫もずらーっと。私が子供の頃の少年文庫は、今みたいなカバーがかかってないソフトカバーだったんですけどね。そのも一つ前のハードカバーのものも何冊かあります。その全てが私の宝物。もうほんと大好きだった本ばかりですし~。何度読んだか分からないほど、繰り返し読んでます。そういった岩波書店の本は、私の「本を読む」ということの基礎になってるはず。
で、今回読んだのは、その大好きな岩波少年文庫の特別企画本。ここに登場してるのはものすごいメンバーばかり。中川李枝子・山脇百合子姉妹の絵本は、もう本当に幼稚園の頃大好きだったし! 内藤濯さんといえば「星の王子さま」、林容吉さんは「メアリー・ポピンズ」や「床下の小人たち」のシリーズ。猪熊葉子さんには、訳書だけでなく、児童文学の方でもお世話になったし...。そして瀬田貞二さんと石井桃子さんは、子供の頃の私にとって児童書訳者トップ5のうちの2人だし。(他3人は神宮輝夫さんと井伏鱒二さん、そして高橋健二さん)ということで、読まないでいられるはずがないんですけど... 実は今回初めて読みました。(爆)

いやあ、面白かった。それぞれの方に対する思い入れもあるので、ほんと楽しめました。特に3人のきょうだい対談が面白かったです。きょうだいの対談っていいですねえ! 遠慮もないし、話してるうちにどんどん色んなエピソードが出てくるし、時には話がかみ合ってなかったり、大きく脱線したりしても、そういうのもすごく楽しくて。中でも中川李枝子・山脇百合子姉妹の話には、もう本当に沢山の少年文庫の本が登場! 読んでいて嬉しくなってしまうほど。いや、私も少年文庫は相当好きだし懐かしいんですけど、この方たちの思い入れには負けます。(笑)
そして読み終えてみて特に印象に残ったのは、子供の頃はもちろん、大人になってから少年文庫を楽しむ人が多いという言葉。これは何人かの方が書いてらっしゃいましたね。「少年文庫」ならぬ「老年文庫」なんて書いてたのは誰だったかな? 猪熊葉子さんかな? うんうん、やっぱり今読んでもいいですもん。というか、今読んでも楽しめる、という感性をなくしたくないです。
池内兄弟の、完訳だからいいとは限らない、という部分もすごく印象に残りました。「ダイジェストしたり、抄訳したりする人の力量が問われますが、ダイジェスト版は値打ちが落ちるように思うのは間違いです」「なんか完訳だけがいいかのごとき信仰がある。もうそろそろ気がつけばいいのにね」という言葉。...そっか、そうだよね! もちろん完訳には完訳の良さがあると思うんですが、いくら名作でも冗長な部分というのはあるもの。特に「1行につきいくら」で書いていたような作家さんの場合は。やっぱり抄訳でもいいんだー! と、読んでて嬉しくなっちゃいました。もっと小さな子供用のはともかく、少年文庫のはしっかりしてますもん。

数年前から少し再読したりもしてたんですけど、ああ、やっぱり改めて全部読みたくなっちゃいました。そして家にずらーっと揃えたい... って小学校の頃の私もそう思ってたし、今の私もそう思ってるわけで... なんだか人間として全然進歩してないような気がしてきましたよ。(爆)(岩波少年文庫)

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「リンゴ畑のマーティン・ピピン」を書くことによって作家としての地位を確立したエリナー・ファージョン。これは70歳をすぎたファージョンがそれまでに書いた子供向けのお話から27編を自選して編んだ短編集。

気がついた時にはもう私の部屋の本棚に入ってた本、というのが結構沢山あるんですが、これもそのうちの1冊。だからもう何度目なのか分からないぐらいの再読です。いえね、先日ぱせりさんに、このブログを見るたびに「ムギと王さま」の本の小部屋を思い出す、なんて嬉しいお言葉を頂いてしまって! それから久々に再読したくて仕方なかったんです。でも本はまだ持ってるんですけど、今手元になく... 待ちきれなくて、図書館で借りてしまいました。(笑)
でも、私が持ってる本は全訳ではなかったらしいです。そちらは1冊で全20編。この2冊が訳されて初めて全27編が完訳されたんですね。逆に知らない作品を読めて良かったかもー。「天国を出て行く」の最後に収められてる「パニュキス」なんて、なんでそれまで訳さなかったのかしら!と思ってしまうような作品だったし。(石井桃子さんによるあとがきに、その辺りのことも書かれてましたが) でも、今も昔も特別大好きな話というのは変わりませんね。「西ノ森」と「小さな仕立て屋さん」と 「天国を出ていく」... あと「レモン色の子犬」も! 「ヤング・ケート」も! それに忘れちゃいけません、本の小部屋の話!!

その本の小部屋というのは、「ムギの王さま」のまえがきに登場する部屋のこと。ファージョンの子どもの頃に住んでた家は、どの部屋にも本が溢れ出しそうなほど置かれていたらしいんですが、その中に「本の小部屋」というのがあったんですね。で、娘時代のファージョンは、他の部屋の本棚に置いてもらえずに流れ込んできた本がごちゃごちゃ置かれ積まれてる「本の小部屋」で、何時間も何時間も過ごしたそうなんです。...私が育った家も、かなり似たような状態だったんです。どの部屋にも本が溢れ出しそうなほどあって、廊下にも本棚が当たり前のように並んでいて... だからファージョンのこの言葉を、子供の頃から実感として感じていたんだと思います。

本なしで生活するよりも、着るものなしでいるほうが、自然にさえ思われました。そして、また本を読まないでいることは、たべないでいるのとおなじぐらい不自然に。(P.4)

でも、うちにも余った雑多な本が流れ込んでいく部屋はあったんですけど、本専用の小部屋というのはなかったんですよね。それだけに、このファージョンの本の小部屋の描写には憧れてたのでした。多少、埃で目や喉が痛くなったとしても! こんな素敵な場所があったら、ほんと毎日でも入り浸ってしまうだろうな。
ここのブログやサイトは、もちろん私にとっては居心地の良い場所なんですが、他の人にもそんな風に居心地良く感じてもらえてるとしたら、これほど嬉しいことはないかも。なーんて、とっても幸せな気分に浸ってた私です。

ファージョン、やっぱり素敵です。決して派手ではないし、むしろ地味と言われてしまいそうなほどなんですが... でも私にとっては愛しくなってしまうような、宝石のような作品群。エドワード・アーディゾーニの挿絵がまたぴったりで素敵。作品はほとんど全部読んでるはずなんだけど、改めて全作品読み返したくなってきました。(岩波少年文庫)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

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砂漠を横切って進んでいた大きな隊商(キャラバン)のの先頭に突然現れたのは、トラの皮をかけた美しくアラビア馬に乗り、見事ないでたちをした堂々とした風采の男。男の名前はゼリム・バルフ。メッカへの旅の途中で泥棒の一団に掴まっていたのを、3日前にこっそり逃げ出してきたので、隊商の一行に加えて欲しいのだと語ります。隊商の5人の商人たちは快く彼を迎え入れることに。そして食後の退屈しのぎに1人ずつ何かの物語をすることになります。

隊商の商人たちの語る6つの物語。子供の頃の私の本棚に分厚い「ハウフ童話集」が入っていたので、部分的には既読です。でも千一夜物語は大好きだったし、こういう雰囲気は本来大好物なはずなのに、なぜかこの「ハウフ童話集」だけはどうしても通読できなかったんですよねえ。その後も何度かこの本を図書館から借りてきたことがあるんですが(だってこっちの方が薄いんだもの)、その時もどうも読めず... なぜなんでしょう。
ということで、このたびようやく通読できました。(ぱちぱち) そのハウフの本で読んでたお話もあれば、先日も「べにいろの童話集」で登場したお話もあり(この話は有名なので、色んな童話本に入ってます)、あまり新鮮味はなかったんですが、これはあくまでも枠物語なので、全体を通して読むことに意義があるという感じですね。いやあ、ようやく全部通して読めて良かったです。部分的に知ってるということで、実は最後のとこまで知ってたんですけどね。あー、良かった良かった、ほっとしました。またいずれ、大元のハウフ童話集に挑戦したいと思います。(岩波少年文庫)

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とある山村に住んでいたおばあさん。3人の子供たちは既に独立しており、おばあさんはばあやと2人で小さな家に何不自由なく暮らしていました。おばあさんにとって村人たちはみな兄弟姉妹であり、村人たちにとっておばあさんは、お母さんであり相談相手。全然寂しくなどなかったのです。ところがそんなある日、ウィーンにいる娘から手紙が舞い込みます。それは、娘の夫が仕える公爵夫人の領地に一家で移ることになったので、ぜひ一緒に住んでくれないかというもの。おばあさんは迷った挙句、結局そこに移ることを決意します。

amazonのリンク先は岩波文庫ですが、私が読んだのは岩波少年文庫版。岩波少年文庫版、amazonにはないんですー。1956年出版という本だから無理もないですが。岩波文庫版も1971年なので、いずれにせよ古いですね。岩波文庫では作者名がニェムツォヴァー。同じ方が訳してらっしゃるので、きっと中身は同じだと思いますが。

あとがきによると、ニェムツォヴァーはチェコの近代小説の基礎を作ったと言われる作家。この「おばあさん」はチェコでは最も愛読されている作品で、チェコ人でこの本を知らない人はいないとまで言われるほどの作品なんだそうです。という私がこの本を知ったのは、45回目のたら本「ご老体本。」のkyokyomさんの記事から。カフカやカレル・チャペックにも影響を与えたらしい、なんて聞いたら読まずにはいられませんとも! でも実際に読んだ感触としては、むしろ思い出したのはシュティフター。この淡々とした語り口、淡々と流れていく日常。調べてみると同時代の人だし! しかもシュティフターはオーストリアの作家だと思ってたんですけど、どうやら生まれはチェコみたい。そうなんだ!(その頃のチェコはオーストリアの属国だったんですね)

そしてこの作品は、ニェムツォヴァーが本当に自分のおばあさんのことを書いた作品なんだそうです。細かい部分は色々と変えられてるし、おばあさん像も実際よりもさらに理想化されているようですが♪
嫁いだ娘の家に住むようになり、忙しい娘に代わって家の中をやりくりするようになるおばあさん。孫たちには自分の若い頃の話や沢山の物語を語って聞かせ、孫たちはその物語の中から自然と人間として生きていく上で大切なことを学んでいくんですね。特別なことが書かれているのではなくて、ごく平凡な日々の描写の方が断然多いです。チェコの農村風景がまた良くて~。でも一番印象に残ったのは、戦争中におばあさんが夫を失った後の話。プロシア王に留まることを勧められ、子供たちに立派な教育を約束されながらも、おばあさんは故郷に帰ることを選ぶんです。そして本当に苦労して故郷に帰るんですけど、それは子供たちがチェコ語を失わないようにするため。...たとえばアゴタ・クリストフの作品を読んでいても、母国語というのはとてもポイントとなる部分ですよね。一度ヨーロッパが戦乱の渦に巻き込まれたら、いつ国も言葉も失ってしまうか分からないんですものね...。そして先日読んだ「カモ少年の謎のペンフレンド」のお母さんのように、10ヶ国語を操るようになったりするわけで。この辺りは、いくら日本人の私が分かったつもりになってても、本当に実感として感じるのは難しい部分なんでしょうけれど。

あー、なんだか無性にシュティフターが読みたくなってきた! シュティフターは3冊か4冊読んだんだけど、あと何冊あるんだろう? 全部読みたい! シュティフターの作品はそれこそ普通の人々の普通の日々の話ばかりなので、その時代にはつまらないと評判悪かったそうですが~。自然描写が本当に美しくて、大好きなんです。(岩波少年文庫)

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都会の暮らしにはあまり都合の良くない目をしたマルコヴァルドさん。人々の目を引くために工夫された看板や信号機、ネオンサインや広告のチラシは目に入らず、逆に枝に1枚残った黄色い葉や屋根瓦にひっかかっている鳥の羽のような光景は決して逃さないのです。そんなある朝、仕事に行くために電車を待っているマルコヴァルドさんが見つけたのは、通りの並木の周りのわずかな土から顔を出そうとしていたきのこの頭でした。

ズバーブ商会の人夫をしているマルコヴァルドさんは奥さんと子供4人の、全部で6人家族。お給料は少ないのに養う口は多く、家賃を支払うのも滞りがち... というマルコヴァルドさんを巡る四季の物語です。春夏秋冬が5回繰り返されるので、5年間の物語ということになりますね。
んんー、これはとっても微妙...。最初はごく普通の街角の情景を切り取ったような感じで始まるんですけど、じきに現実味が少しずつ薄れていくんですよね。そういう現実と非現実の境目が曖昧な話というのは好きなんだけど、そこまで突き抜けた話というわけでもなくて、どちらかといえばホラ話のレベル? でもそれ以前にどう反応したらいいのか困ってしまう話も多かった...。家に帰るバスに乗ったつもりが、インド行きの飛行機に乗っていた、なーんて展開の場合はニヤニヤできるからいいんですけど、これって笑える話?それとも...?なんて思ってしまったのが結構多いんです。確かにユニークではあるんだけど、シュールというかブラックというか... 最初のきのこの話だって、結局きのこを食べた人みんな病院で再会することになるというオチですしね。最後の「サンタクロースのむすこたち」なんて、一体! お涙頂戴では決してないし、むしろ乾いた感じではあるのだけど、しかもどんな状況になっても生き抜いていく逞しさがあるんだけど、笑う以前にマルコヴァルドさんの貧しさとか悲哀を感じてしまうー。カルヴィーノは笑える話のつもりで書いたのかしら? イタリア人なら読めば笑える? 大人になってしまった私は笑えなかったけど、子供の頃に読んでいればまた違った印象になってたのかな?(岩波少年文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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久々に読む「せむしの小馬」。先日祖母の家に行ったので、その時にこの本を持って帰ってきました。これはエルショーフが19歳の時に書いた作品で、色々なロシアの民話を元にロシア語で書かれたという詩。プーシキンや他の詩人たちがこの作品に感心して夢中になったのだそうです。
改めて読んでみると、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも出てくる物語がいくつも組み合わさっているのがよく分かります。夜のうちに小麦畑をめちゃくちゃにしてしまう馬も、火の鳥も、鯨が飲み込んだ船のことも...。そういった1つ1つの物語よりもこちらの方が断然面白いから、「ロシア民話集」を読んでいてもどこか物足りなさが残ってしまったのだけど。そして私にとって「ばかのイワン」は、これが基本なのかもしれません。トルストイの「イワンのばか」も、子供の頃から好きだったんですけどね。
私の持っているのは岩波少年文庫版ですが、これは絶版。でもお話そのものは、今でもちゃんと読めるようです。ただ訳者さんが違うので、どんな感じなのかは分かりませんが...。岩波文庫版は詩の形で訳してあるんですけど、右の画像の論創社版はきっと散文訳なんでしょうしね。挿絵からして、低学年の子供向けって感じ?
今回読んでいたら「はくらいのぶどう酒」なんて言葉があって、「ああ、舶来という言葉を覚えたのは、この本だったなー」なんて懐かしかったです。そして岩波文庫版の挿絵にはV.プレスニャコフというロシアの画家の版画風の絵葉書が使われていて、そういうのもこの本が好きなところなんですよね。(岩波少年文庫)

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[bk1]
ロシアの詩人・プーシキンが、子供の頃に聞いたロシアの昔話を元に詩として書き上げた作品。ここに収められているのは「サルタン王のものがたり」「漁師と魚」「死んだ王女と七人の勇士」「勇士ルスランとリュドミーラ姫」の4編で、それぞれ散文の形に訳されています。
昨日の「ハンガリー民話集」を読んでいたら、無性に読みたくなっちゃいました。子供の頃、気がついたら本棚に入ってた本です。昭和33年発行の本なので、きっと父の本だったんでしょうね。古すぎて、アマゾンには本のデータもありませんでしたよー。すっかり古びてページの色も茶色味を帯びてるんですけど、ずっと大好きで大切にしてる本です。

「サルタン王のものがたり」は、2人の姉の悪だくみのために、樽に入れられて海に流されたお妃さまと王子の話。2人は何もない島に流れ着くんですけど、トビと争っていた白鳥を助けたことから、王子は白鳥に助けられてその島の領主・グビドン公となります。で、時々こっそりお父さんの顔を見に行くんです。このグビドン公が聞いてきた不思議な話を白鳥が実現してくれるところが好き。
「漁師と魚」は、願い事を叶えてくれる金の魚の話。でも昔話にありがちな「3回」ではないのが特徴ですね。
「死んだ王女と七人の勇士」は、ロシア版白雪姫。本家の白雪姫と違うのは、姫が入り込んだ家に住んでいたのは7人の小人ではなく勇士ということ、そして姫を助けるのが許婚の王子さまだということ。
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」は、結婚式の夜に攫われてしまったリュドミーラ姫を、ルスランと他の3人の騎士たちが探しに行く物語。とても好きなのは、「フィンのおきな」が死んだ勇士ルスランに死の水と命の水をそそぐ場面。「死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」というところ。いきなり命の水をかけるのではなくて、まず死の水をかけるというのが、子供心にすごく印象的だったんですよね。そして「サルタン王のものがたり」にも出てきた魔法使いの「チェルノモールじいさん」が、あちらと同一人物のはずなのに全然雰囲気が違うのが面白いです。きっとこっちの方が本来の姿なんだろうな。

他の地方の童話に似ていても、4つの物語はそれぞれにロシアらしさを持っていて、それが他の地方の民話には全然見ない部分で、そういうところがとても好き。「勇士ルスランとリュドミーラ姫」はオペラにもなってるんですけど、元々はプーシキンの叙事詩なんですよね。子供用の本ではなくてきちんとした叙事詩の形に訳されたものがあればぜひ読みたいところなんですが... やっぱりないのかなあ。時々思い出しては探してみてるんですけどね。(岩波少年文庫)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

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子供の頃に買ってもらってから、今まで何度読んだか分からないほど読んでいるナルニア国シリーズ。今公開中の映画「カスピアン王子の角笛」は、「ライオンと魔女」の時もとーっても微妙だったので(笑)DVDになってから気が向いたら、程度に考えてたんですけど、カスピアン王子の意外なほどのハンサムぶりに惹かれて...! ついつい映画館にまで観に行ってしまいました。
でも... やっぱり微妙。(笑)
いや、もう微妙どころではないかな。突っ込みどころ満載でしたね。カスピアン王子も確かにハンサムだったんだけど、期待したほどではなかったし... んんー、なんでこうなっちゃうんだろう。

と思っていたらふと本が目について、読み始めてしまいました。一旦読み始めると、もう止まりません。いやーん、やっぱり面白い! 怒涛の勢いで再読してしまいましたよ。映画を観る時はちょっと記憶をボカし気味にしておいた方がいいかなと思って事前に再読しなかったんですが、正解でした。記憶鮮明な状態で観に行ってたら、正視できなかったかも。やっぱり本の方がずーっとずーーっと面白いです!

たとえば映画では妙に戦争の場面が強調されてて、しかもそれが「ロード・オブ・ザ・リング」に酷似してるのが興醒めだったんですけど、本当はもっと楽しい部分もいっぱいある話なんですよね。もっとバランスの良い話だったはずなのに、なぜ? 妙に考えすぎてるのでは? もっと素直に映画化すればいいのに、なんであんな演出をしちゃうのかしら。そもそも4人がナルニアに行く場面からして、原作の方がずっと好き。映画では人物像を掘り下げようとしたのか妙な小細工をしてて、それもとっても疑問でした。(たとえば、映画のピーターよりも本のピーターの方がずっと好きだし) この「カスピアン王子のつのぶえ」は、次の「朝びらき丸東の海へ」と外伝っぽい「馬と少年」と並んで特に好きな話なのに、なんだか違う雰囲気にされてしまっていてガッカリ。
今回の映画では、個人的にはエドマンドが良かったです。特別活躍してるというわけではなかったんですけどね。なんか気に入っちゃった。そしてそれが今回一番の収穫だったかも。(岩波少年文庫)

     


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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「太陽の東 月の西」というのは、ノルウェーの民話集。P.C.アスビョルンセンとヨルゲン・モオという2人の民話研究家が採取したもので、本になったのはグリムよりも早かったのだそうです。私も子供の頃に岩波少年文庫から出ている版はよく読んでたんですけど(右)、今回読んだのは、カイ・ニールセンの挿絵入りのもの。肝心の表紙が出てこないのが悲しいんですが、これがものすごく美しいんです~。やっぱりニールセンの絵は素敵。妖しい表情に、ぐぐっときちゃいます。

北欧、特にノルウェーの民話といえばトロルが出てくるのが特徴というのは知ってたんですけど、今回の本のまえがきに「動物が主人公を救うという形式」が指摘されていたのには、ちょっとびっくり。いや、確かに動物が助けてくれる話は多いし、ここに収められた7編は全部そういう形ですが... でもね、民話にはそういう話って結構あるじゃないですか。私としては、むしろロシアのせむしの小馬とか火の鳥の方が印象強いし、咄嗟にはあんまり思い浮かばないんですけど、ペロー童話の「長靴をはいた猫」なんかもそうですよね。これがどの程度ノルウェーの民話の特徴と言えるのか、逆に疑問がむくむくと。岩波少年文庫版には18編入ってるので、思わずこちらも読んでしまいましたが、ニールセン版にも入ってる7編ぐらいしか主人公が動物に救われる物語はなかったです。うーん??(新書館・岩波少年文庫)

そしてカイ・ニールセンといえば、先日こんな本を買ってしまいました。「Nielsen's Fairy Tale Illustrations in Full Color」。(左下)エドマンド・デュラック、アーサー・ラッカムのも一緒に。どれも50~60ページという薄い本なんですけど、題名通りフルカラーの絵が50枚ほど収められていて、とても素敵なんです。これはお値打ちでした! ...と思ったら睡記の睡さんも買ってらしたようで~。(記事
という私も、カイ・ニールセンが一番ツボでした~。
  

そして今、気になってるのは下左側の2冊。ヴィクトリア朝時代のイギリスを代表する挿画家、ウォルター・クレインです。早くからラファエル前派の影響を受けていて、ウィリアム・モリスらとともにアーツ・アンド・クラフト運動を進めたという人物。「絵本の父」とも呼ばれているとか。一番右のド・モーガンの「フィオリモンド姫の首かざり」を読んだ時から、素敵な絵だなあと思ってたんですよね。特に見たいのは、左の「The Faerie Queen」。思いっきり好みのツボのような予感です~。
  

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ヘンリー二世が治めていた頃のイングランド。シャーウッドの緑の森の中に、ロビン・フッドという名高いお尋ね者とその仲間たちが住んでいました。ロビンがお尋ね者になったのは、18歳の若者だった頃。ノッチンガムの郡長が催す弓試合に参加しようと歩いていたロビンは、森役人にからかわれて怒り、王様の鹿だけでなく森役人の1人も射殺してしまったのです。それ以来、シャーウッドの森の奥深くに隠れ住む生活。しかしロビンの周囲には同じようなお尋ね者たちが集まって緑の森を駆け回り、弓試合や棒試合をしながら、森の鹿を食べ、自分たちで作ったビールを飲んで毎日を楽しく暮らしていたのです

子供の頃から大好きだった本。まず陽気で明るくて弓が上手なロビン・フッドがかっこいいんですよね。それに物語が進むにつれてどんどん仲間が増えていく様子も楽しい! しょっちゅう誰かと勝負してるんですけど、相手の強さに惚れ込んで仲間に勧誘しちゃうんです。ロビンも相当強いけど、完全に無敵になっちゃうほど強いわけじゃないのが、また人間らしくていいのかも。時々負けて苦笑いしてますしね。そしてロビンの仲間も、個性派揃い。大男なのに「小人」のジョーンや酒飲みのタック坊主、すばしっこいウィル・スタトレイや、気取り屋のようでいて実は強い赤服のウィル、素敵な歌を奏でる吟遊詩人のアラン・ア・デールなどなど。でも、この本を読むまですっかり忘れてたんですけど、この本の終盤でロビンはリチャード一世とすっかり親しくなって、ハンチングトン侯なんかになっちゃってたんでした... そういえばそうでした。それでリチャード一世と十字軍に遠征するんですよね。でもその部分は駆け足でささっと語られてるので、2度目以降に読む時は、読んでる私もすっかり駆け足になってたかも。愉しいままで終わらせてくれる本ってなかなかないのよねえ、なんて思いながら。

そして子供の頃読んでた時は知らなかったんですが、この本の挿絵は作者のハワード・パイル自身が描いたものなのだそうです。子供の好みかどうかはともかく、どれも雰囲気たっぷりでなかなか素敵なんですよー。表紙の絵もそうです。挿絵の中で一番好きなのは、ロビンが肉屋になった場面。相手の娘さんがとても嬉しそうで微笑ましい♪ でもこのパイルはアメリカ人で、実はイギリスを訪れたことがないと知ってびっくり。日本でロビン・フッドと言えば、まずこの作品が出てくるんじゃないかと思うんですけど、それを書いたのがイギリスに行ったことのないアメリカ人だったとは。そしてハワード・パイルにはアーサー王物の4部作もあるそうなんです。でも日本語には訳されてないらしくって、とっても残念。読んでみたいなー。(岩波少年文庫)

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ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディーは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日、1人で町の歯医者に行ったピーターが、治療の後ぶらぶらとお店を見て歩いていると、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部と--それから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。

これは子供の頃から大好きな作品。北欧神話を知ったのは、この物語がきっかけなんです。だってこの物語に登場する「とぶ船」は、北欧神話の神フレイのスキードブラドニールなんですもん。そもそもピーターにこの船を売ったのは、オーディンその人。というので再読したかったのもあるんですけど... それよりも、この話にもそういえばロビン・フッドが出てきたなあ、なんて思って本棚から出してきたら、思わず最初から最後まで読んでしまったんですよね。イギリスの児童文学に多い4人きょうだいの冒険物です。

子供たちの冒険の行き先は、空間移動しさえすれば行ける現代の場所から、時間も超えなくてはいけない歴史の中まで様々。でも単に「あそこに行こう」で行って帰るだけじゃなくて、1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいんです。例えば現代のエジプトの「岩の墓」を見に行って、そこの壁にとぶ船と4人の神々の話が書かれていると知り、次にその話が書かれたアメネハット一世の時代のエジプトに行くことにしたり。(エジプトへの旅が現在と過去を合わせて3度もあるんですけど、当時はエジプトが人気だったのかな?)
アースガルドに行って北欧神話の神々と会う場面も堪らないんですが、冒険の中で一番好きなのは、ウィリアム征服王時代のイギリス(1073年)へ行ってマチルダという少女に会うところ。マチルダと仲良くなった4人は、後でまた同じ時代に行って、マチルダを4人の住む現代(1939年)に招待するんです。過去の人間をあっさり連れて来ちゃうというのは子供の頃もびっくりだったけど、今読んでもやっぱり大胆。で、このマチルダがいいんですよねえ。マチルダが古いノルマン教会を見ている場面がすごく好き。マチルダは現代の生活を楽しみながらも、自分は自分の時代で自分らしく生きなければと言って帰っていきます。そしてロビン・フッドの時代への冒険は、マチルダを迎えに行く途中で船から落とした模型機関車を探しに行くというところで登場します。

これだけの冒険をしながら、4人が徐々に魔法を信じなくなっていくのが、子供の頃どうしても納得できなかった部分なんですけど、今読むと、文字通りの意味じゃないのが分かって、違う感慨が。
あと、4人の食べる夕食が、子供の頃も不思議だったんですけど、今読んでもやっぱり不思議。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケット2つ、シーラはジャムトースト2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つに、レモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米に、ミルク1杯とバナナ1本なんですよー。これが毎日。サンディーの「金色のシロップをかけたいり米」って何だろう。蜂蜜をかけたシリアルかな? 描写がなんとも美味しそうです♪(岩波少年文庫)

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昔々、今私たちが見ている太陽や月とはまた違う太陽や月があった頃。アースガルドにはオージンやトール、ローキ、フリッダやフレイヤ、その他にも沢山の神々がおり、世界には沢山の人間がいました。しかしある時、太陽や月が狼によって食い殺され神々が滅ぼされる、ラグナリョーク「神々の黄昏」と呼ばれる出来事が起きたのです...。

いわゆる北欧神話であるエッダやスノリのエッダを元に、アイルランドの詩人で劇作家のパードリック・コラムが再話したもの。これは随分前に一度読んでるので、久々の再読です。多少コラムの創作も入っているようですが、少年少女向けだけあって何といっても分かりやすい! アーサー王伝説に関しても、岩波少年文庫から出ていたR.L.グリーン版「アーサー王物語」が、結局のところ一番分かりやすくまとまってたんじゃないかと私は思ってるし、やっぱり岩波少年文庫は侮れません。もちろん、欠落してる部分はあるし、「神々の黄昏」の圧倒的な感じはあまり伝わってこないんですけどね。それぞれのエピソードの繋げ方も分かりやすくていい感じだし、物語冒頭でいきなり神々の黄昏後を語っている構成も面白いんです。
それにしても、神話の中でも北欧神話が特異だと思うのは、いつか来る「神々の黄昏」を皆が知っていたということ。自然に衰退していく神話は多いと思うのですが、これほどはっきりとある日予告通りの終末を迎えてしまう神話も珍しいですよね。 (岩波少年文庫)

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森のはずれの小さな家に住んでいたのは、野ウサギのヘアとリスのスキレルと、小さな灰色ウサギのグレイ・ラビット。しかしヘアはうぬぼれ屋、スキレルはいばり屋で、家の中のことは全て優しいグレイ・ラビットに押し付けていました。そんなある日、森にイタチがやって来たという噂が流れ、ヘアとスキレルは震え上がります。

アリソン・アトリーも下のカニグズバーグ同様、全作品読みたいと思っている作家さん。動物物は正直得意ではないので、あまり期待してなかったんですけど、これはなかなか良かったですー。予想しなかった深みがあるというか何というか、子供向けの本なんですけど、大人になった今読んでも意外と楽しめちゃいました。ここに収められているのは「スキレルとヘアとグレイ・ラビット」「どのようにして、グレイ・ラビットは、しっぽをとりもどしたか」「ヘアの大冒険」「ハリネズミのファジー坊やのおはなし」の4編。

グレイ・ラビットの同居人のヘアやスキレルは、悪い動物たちではないんですけど、日常のことは全部グレイ・ラビットに押し付けて、自分たちは3食昼寝付的な毎日を送ってます。ヘアは朝ごはんがレタスだけなのにむくれてるし、スキレルは自分の牛乳が届いてないことに文句を言うだけ。そして気軽に頼んだ用事がまたグレイ・ラビットを危ない目にあわせることになっちゃうんですよね。読み始めた時は2匹のわがままぶりが鼻につくし、グレイ・ラビットのお人よしぶりも「なんだかなあ」って感じ。
でもそんな2匹のことがグレイ・ラビットは大好き。どんな用事でもこなしてしまうし、2匹がピンチの時は助けに駆けつけます。そして1編目の最後で、実はグレイ・ラビットがただのお人よしじゃなかったことが分かってびっくり。実は器の大きさが全然違ってたんですね! それが分かってからは、俄然面白くなっちゃいました。
この2匹も、グレイ・ラビットに助けられてからは、心を入れ替えてがんばることになります。もちろん生まれながらの性格や長年の習慣はなかなか直らないんですけどね。「どのようにして、グレイ・ラビットは、しっぽをとりもどしたか」でスキレルが取った勇敢な行動にはもうびっくりだし、「ヘアの大冒険」では、ヘアの思い切った行動力に喜ぶグレイ・ラビットにこちらまで嬉しくなっちゃう。グレイ・ラビットの視線はまるで2人のやんちゃな子供を見守るお母さんのようで、包み込むような暖かさがまた素敵でした。(岩波少年文庫)


+既読のアリソン・アトリー作品の感想+
「西風のくれた鍵」「氷の花たば」アリソン・アトリー
「グレイ・ラビットのおはなし」アリソン・アトリー

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カニグズバーグ3冊。カニグズバーグの作品は以前から全部読みたいと思ってたんです。でも以前「エリコの丘」を読もうとした時に、小島希里さんの訳文ではどうしても読み続けられなくて挫折、金原瑞人さんが全面的に手を入れたという改稿版でようやく読めたという経緯があったんですよね。「ティーパーティーの謎」「800番への旅」も全面改稿になるという話だったので、それを待っていたら、知らないうちに出てましたー。(アマゾンには未だに改稿版の情報が入ってないんですが、今店頭に並んでるのは全部共訳のはず) そして松永ふみ子さん訳の「ベーグル・チームの作戦」も岩波少年文庫から出てたので、こちらも合わせて読むことに。

...と読み始めたんですが...
全面改稿になってるはずなのに、やっぱりどこか読みにくいー。「ティーパーティーの謎」なんて、「クローディアの秘密」に次いで2度目のニューベリー賞受賞作品だというのに、そこまでいいとは思えなかったのは、やっぱり訳文のせいなのではないかしら。なんか文章が尖ってて、読んでいてハネつけられるような気がするんですよね。でも「エリコの丘」も金原瑞人さんの手が入って格段に読みやすくなってたので、その前はもっと読みにくかったんでしょう、きっと。アマゾンのレビューでもボロボロに書かれてるし、こんなに評判の悪い訳者さんも珍しいですね。それに比べて、松永ふみ子さんの訳の「ベーグル・チームの作戦」の読みやすいこと!

カニグズバーグの作品はごくごく現実的な物語ばかり。登場するのは、おそらく平均的なアメリカの家庭の少年少女たち。勉強の成績の良し悪しはともかく、日頃から色々なことをきちと考えている賢い子たち。そしてちょっと気の利いた大人がちょっぴり。こんな大人が身近にいたら、ちょっと斜に構えた子供でも、大人になるのも悪くないよねって思えそうな感じ。そして、そんな彼らを描くカニグズバーグの目線がまたいいんですよね。やっぱりカニグズバーグの作品は全部読もう。岩波少年文庫で全部出してくれるといいな。(岩波少年文庫)


*既読のE.L.カニグズバーグの感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ

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ということで、昨日に引き続きのメアリ・ド・モーガン。3冊続けざまに読んだらさすがに飽きるかなと思ったんですが、全然飽きなくて逆にびっくり。昔ながらの神話や伝承、童話の中に紛れ込んでいてもおかしくないような物語だったり、「あ、これファージョンみたい」とか「イワンのばかにありそうな話だ~」なんて思いながら読んでたんですけど、でもやっぱりメアリ・ド・モーガンの世界でした。昔ながらの童話には、お約束というか暗黙の了解的部分があると思うんが、彼女の作品はそれをちょっと外してるんですよね。その違いが、一見ちょっとしたズレのようなんだけど、実は大きいような気がします。インパクトからいけば、昨日の「フィオリモンド姫の首かざり」の方が強かったし、私は好きだったんですが、こちらの2冊も良かったです。
今度の2冊の中で一番印象に残ったのは、「針さしの物語」の中に収められている「おもちゃのお姫さま」。礼儀正しいあまりに感情を表すことはおろか、必要最低限の言葉しか口にすることのできない国が舞台の物語。その国で生まれたウルスラ姫は、思ったことを何も言えない生活に息が詰まりそうになっているんですが、亡き母の名付け親だった妖精に救われるんです。妖精は「どうぞ」「いいえ」「はい」「たしかに」の4つの言葉しか話せない人形を身代わりに置いて、本物の姫は別のところに連れて行っちゃう。で、姫はようやく息がつけるんですが... 最後に、王国の人々が本物の姫か偽物姫かを選ぶ場面があるんですよね。いやー、すごいです。こんなことでいいのか!と思ってしまうんですけど... でも双方幸せなら、結局それでいいのかなあ。(笑)(岩波少年文庫)


+既読のメアリ・ド・モーガン作品の感想+
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン

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イギリスのヴィクトリア朝の作家、メアリ・ド・モーガンの童話集。職業作家ではなかったようなのですが、ウィリアム・モリスや画家のバーン=ジョーンズ、詩人のロゼッティといったラファエル前派の芸術家たちと家族ぐるみでつきあい、仲間内では話上手のレディとして人気があった人なのだそう。という私は、岩波少年文庫は大好きだったのに、この作家さんは全然知りませんでした... 迂闊。

一見昔ながらの童話集に見えるんですけど、いざ読んでみると、その内容はなかなかしたたか。意外と辛口でびっくり。特に表題作の「フィオリモンド姫の首かざり」がすごいです。これは、見かけはとても美しいながらも、実は邪悪なフィオリモンド姫が主人公。王様に「そろそろ結婚を」と言われた姫が、魔女の助けを借りて婚約者たちを1人ずつ宝石の珠にしてしまい、それを首かざりにしてしまうという物語。この本の表紙の絵は、フィオリモンド姫が婚約者たちの変身した宝石の連なる首かざりを、鏡でうっとり見入ってるところです。腰元のヨランダだけは姫の性悪さを知ってるんですが、他の人たちは皆、姫のあまりの美しさに心根も綺麗だと思い込んでいるんですよね。そういう話を読むと、大抵、邪悪な姫よりも健気な腰元に気持ちがいくんですが、この作品は違いました。この良心のかけらもないような姫の存在感がすごい。その邪悪っぷりが堪らなく魅力的。...って、そんなことでいいのかしら。(笑)
妻が黄金の竪琴に変えられてしまったのを知らずに、その竪琴を持って妻を探して諸国を歩き回る楽師の物語「さすらいのアラスモン」や、妖精に呪われて心を盗まれた姫の絵姿に一目惚れして、心を取り戻す旅に出る王子の物語「ジョアン姫のハート」なんかも、当たり前のように頑張ってハッピーエンドになる童話とは一味違ーう。それ以外の作品も、滑稽だったり哲学的だったり、なかなか幅も広いんですね。メアリ・ド・モーガン、気に入っちゃった。図書館にあと2冊あったし、それも借りてこようっと。(岩波少年文庫)


+既読のメアリ・ド・モーガン作品の感想+
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン

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ウラル地方の民話をバジョーフがまとめたもの。表題作「石の花」はプロコフィエフの作曲でバレエにもなっていて有名ですね。私が知ったのも、バレエの方が先でした。でもバレエでは、「山の女王の愛を拒んだため石像に変えられた細工師ダニーロが、許婚カテリーナの深い愛情によって救い出される」という話で、山の女王が悪者になってたと思うんですが、元の話はちょっと違います。石の細工に取り付かれてたダニーロが、山の女王に諭されても聞く耳を持たず、頼み込んで石の花を見せてもらうんですもん。見たら許婚の元に帰れなくなるって知ってたのに。

全部で8編入ってて、どれもおじいさんが昔話を語るという形式。基本的にロシアの銅山での労働者たちの話です。銅や石を掘ったり、石に細工をしたり。彼らの生活はとても苦しいのだけど、山の情景がとても幻想的で素敵だし、作っている細工物は本当に見てみたくなってしまいます。ここで登場する「石」とは、基本的に孔雀石(マラカイト)。不透明の緑色で、縞模様が孔雀の羽を思わせることから、日本では孔雀石と呼ばれる石。古くから岩絵の具や化粧品の原料に使われてきていて、クレオパトラもこのアイシャドーを使ってたという話もあったりします。私自身は、孔雀石ってあまり好きじゃないんですけどね... でも、そのあまり好きじゃないはずの孔雀石が、この作品ではもう本当に素敵なんです。逆に、この本で孔雀石に興味を持った人が、実物を見て「イメージと違ーう!」と思うケースは多いかも...(^^;。

8編中最初の5編には一貫して山の女王が登場するし、人間側も徐々に世代交代して連作短編集みたい。後の3編は少し雰囲気が違うこともあって、私は最初の5編が好きです。山の女王がまたいい人なんですよ。「石の花」のダニーロに対しても、許婚がいるのに石の花なんて見たがってはダメだと言い聞かせてるし、気に入った人間にはその子・孫の代まで色々と世話をやいてあげてますしね。(悪戯好きな部分はなきにしもあらずですが...) ただ、山の女王の世界を人間が一度垣間見てしまうと、人間の世界には存在し得ない美しさにみんな取り付かれてしまうんですね。(岩波少年文庫)

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「金の鍵」(岩波少年文庫) ... 「魔法の酒」「妖精の国」「金の鍵」の3編収録
「黄金の鍵」(ちくま文庫) ... 「巨人の心臓」「かるい姫」「黄金の鍵」「招幸酒」の4編収録
ジョージ・マクドナルドの作品は、様々な邦題で訳されているので分かりにくいのですが、「金の鍵」と「黄金の鍵」、「魔法の酒」と「招幸酒」はそれぞれ同じ物語です。

ジョージ・マクドナルドはルイス・キャロルと同時代に活躍し、トールキンやルイスに大きな影響を与えたという作家。スコットランド色の濃い「魔法の酒」(「招幸酒」)もとても面白くて好みなんですが、やっぱりこの中で一番素敵なのは、表題作の「金の鍵」(「黄金の鍵」)でした。
これは、虹のたもとで金の鍵を見つけた少年と、2人の召使にいじめられていた少女が、「おばあさま」の家で出会い、金の鍵の合う鍵穴を探しに行く旅に出る物語です。マクドナルドらしく、とても美しくて幻想的。そしてとても象徴的なのです。「おばあさま」や魚には、どのような意味が隠されているのか、2人が旅の途中で出会う、「海の老人」「大地の老人」「火の老人」とは。「老人」と言いつつ、その見かけは老人ではなかったりするし、特に「火の老人」の1人遊びが気になります。そして2人が最終的にたどり着く、「影たちがやってくる源の国」とは。どれもはっきりとは書かれていなくて、読者が想像するしかないのですが...。井辻朱美さんの「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」の下巻の情景は、もしかしたらこの旅の情景に影響を受けているのかも。なんて思ったりしました。そしてここに登場する「おばあさま」は、「お姫さまとゴブリンの物語」や「お姫さまとカーディの物語」(感想)に登場する「おばあさま」と同じ人物なのかしら? マクドナルドの作品全体を通して、「おばあさま」がとても重要な役割を担っているようです。(岩波少年文庫・ちくま文庫)


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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ある朝、ビルボ・バギンズが朝食を終えて、自分の素敵な穴のドアの前でゆっくり一服楽しんでいた時、そこに現れたのは魔法使いのガンダルフ。ガンダルフはビルボを冒険に連れ出そうと思ってやって来たのです。しかしビルボは冒険なんぞ真っ平。翌日のお茶に招待すると言って、体よくガンダルフ追い払います。ところが翌日のお茶の時間に玄関の呼び鈴が鳴った時、ドアの前に立っていたのは1人のドワーフでした。次にまた1人。今度は2人。ひっきりなしにドワーフたちが現れ、結局ドワーフが13人とガンダルフが、ビルボを囲んでお茶をすることになり、ビルボはなぜか、昔ドワーフたちが竜のスマウグに奪われた宝を取り戻す旅に同行することに。

「指輪物語」を再読したいと思ってたら、ついついこちらから読み始めてしまいました。大人向けの「指輪物語」とは対照的に、こちらは子供向けの作品なので、読むのはそれほど大変じゃないんですけどね。いや、相変わらず楽しいなあ。でも、「指輪物語」もそうなんですが、最初はやけにのんびりした空気が流れているのに、だんだんシリアスな雰囲気になるんですよね。最後は「五軍の戦い」なんてものもあって、冒頭のいかにも「ホビットの冒険」という雰囲気からは離れてしまうのが、ちょっぴり残念。...と言いつつ、やっぱり面白かったんですけどね。「指輪物語」に登場するエルフのレゴラスの父、闇の森の王スランドゥイルや、ドワーフのギムリの父・グローインが登場するのも嬉しいところ。さ、これで「指輪物語」再読への準備は万全です。(岩波少年文庫)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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チポリーノは貧しいタマネギの少年。ある時、国の総督であるレモン大公がチポリーノたちの住む木造バラックの辺りを通ることになり、沿道に出ていたチポリーノの父・チポローネは、後ろの群集たちに押されてレモン大公の足をひどく踏みつけてしまいます。チポローネは即刻ちびレモン兵たちに逮捕され、終身刑を言い渡されることに。父親に面会に行ったチポリーノは、世間に出て勉強しろという父親の言葉に、チポッラおじさんに母と弟たちのことを頼むと、1人旅に出ることに。

チポリーノはたまねぎですし、ブドウ親方、レモン大公、トマト騎士、エンドウ豆弁護士、イチ子やサクラン坊やなど、野菜や果物が中心となった物語。児童書ですが、実は政治色が強いんですよね。「冒険」という名目で、レモン大公の独裁政治に革命を起こし、共和制の世の中に変わる様子を描いてるんですから。でも、子供の頃もそういうことは薄々感じていましたが、楽しく読んでましたし、大人になった今読み返しても、やっぱり楽しかったです。ロシア語の訳書からとったというB・スチェエーヴァの挿絵も、相変わらず可愛い~。
それにしても、ロシアでチポリーノの歌が作られたというのは覚えていましたが、それを作ったのが「森は生きている」のマルシャークだったとは...! びっくり。そうだったのか。いや、色々ありそうですね。(岩波少年文庫)


+既読のジャンニ・ロダーリ作品の感想+
「猫とともに去りぬ」ロダーリ
「チポリーノの冒険」ジャンニ・ロダーリ
「うそつき国のジェルソミーノ」ジャンニ・ロダーリ
「パパの電話を待ちながら」ジャンニ・ロダーリ

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エリザベスが初めてジェニファに会ったのは、ハロウィーンの校内行列のために家に帰って仮装して、学校に戻る途中でのこと。エリザベスは引っ越してきたばかりなので、まだ友達もいなくて1人ぼっち。でも木の上に腰掛けていたジェニファのぶかぶかの靴をはかせてやったのがきっかけで、2人は話すようになります。そして自分は魔女だと言うジェニファについて、エリザベスは魔女の修行をすることに。

子供の頃から大好きな「クローディアの秘密」(感想)のE.L.カニグズバーグのデビュー作。この「魔女ジェニファとわたし」と「クローディアの秘密」が立て続けに発表されて、この2冊がその年のアメリカの児童文学賞ニューベリー賞を争ったんだそうです。(受賞は「クローディアの秘密」)
転校したばかりで、なかなか友達ができないままのエリザベスと、自分のことを魔女だと言ってしまう、ちょっと不思議な女の子ジェニファの物語。エリザベスが主人公だし、一見、「内気なエリザベスに友達ができて良かった良かった」的な話に思えてしまうんですけど、それだけじゃないんですよね。頭が良すぎて、周囲の子たちが子供っぽく見えてしまうジェニファにとっての、友達ができた話でもあります。図書館ですごい勢いで本を読み、小学生ながらもマクベスをかなり読み込んでいるらしいジェニファ。1人でも自信満々に振舞っているジェニファだけど、時には友達が欲しくなったりもして、そんな時にするりと入り込んできたのがエリザベスだったのかも...。自分のことが魔女だと言っていたのは、一種の虚勢だったんだろうなあ、なんて思ったり。
エリザベスに友達がいないことを心配して、「社会性」がないのではないかと考えるお母さんに対して、お父さんが、普通の体温は36.5度だけれど、36度で健康な人もいるのだから、「だから、なにがふつうだなんて、だれにもいえるもんか」という言葉が良かったです。
ただ、「Trick or Treat!」が「ハロウィーンのおねだり」と訳されていたり、ハロウィーンの「おふせまいり」という言葉にちょっと時代を感じてしまいました...。この辺りだけでも訳文を変えて欲しいところなんですけど、そうもいかないのかしら。(岩波少年文庫)


*既刊のE.L.カニグズバーグ作品の感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ
「ティーパーティーの謎」「800番への旅」「ベーグル・チームの作戦」カニグズバーグ

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題名の「ムルガー」とはサルのことで、要するにサルが主人公のファンタジーです。本国イギリスでは、トールキンの「ホビットの冒険」が出るまでは、並ぶ作品がないと言われるほど評価されてたそうなんですけど... うーん、読みにくかったです。沢山いるサルの種類にも、食べ物や樹木の名前にもムルガー語の名前がついてて、それを追うのが大変なんですよね。巻末に「ムルガー語小辞典」がついてるんですけど、そんなのをいちいち調べてたら、話の流れになんて、とてもじゃないけど乗れませんー。脇役として登場する人間や水の精が印象的だったし、厳しい冬の情景がとても綺麗だっただけに残念。この厄介なムルガー語さえなければ、もっと楽しめたでしょうに。

この作品はハヤカワ文庫FTと岩波少年文庫から出てますが、どちらも絶版状態。読んだのはハヤカワ文庫なんですが、岩波少年文庫の画像があったので、そちらを載せておきますね。訳者さんは同じなのでどちらを選んでも一緒だろうと思ったんですが、岩波少年文庫の方が新しくて、色々と手を加えてあるようです。岩波少年文庫版を選んだら、もっと読みやすくて良かったのかも... 図書館にあったのに、惜しいことしちゃいました。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のウォルター・デ・ラ・メア作品の感想+
「妖精詩集」W.デ・ラ・メア
「ムルガーのはるかな旅」ウォルター・デ・ラ・メア
「昨日のように遠い日 少女少年小説選」

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子供の頃大好きだった「クローディアの秘密」と、今回初読の「エリコの丘」。
「エリコの丘」は河合隼雄さんの「ファンタジーを読む」に紹介されていた作品。それで興味を持ったんですけど、以前一度読もうとした時は、どうも文章そのものが受け付けなくて挫折。でもその後調べてみると、どうやら小島希里さんの訳は相当評判が悪かったらしいですね。読者だけでなくカニグズバーグ本人からも色々と指摘が来て、岩波は小島希里訳作品の全面改訂に踏み切ったのだそう。ということで、今回読んだのは、以前の訳に金原瑞人さんが手を入れたという新訳です。やっぱり全然違う! あのまま我慢して読み続けなくて本当に良かった。

でも読みやすくなって、「エリコの丘」も素敵な話だったんですけど、やっぱり「クローディアの秘密」の方が上だったかな。
これは小学校6年生のクローディアと3年生のジェイミーという姉弟がある日家出をするという話。でも家出とは言ってもそんじょそこらの無計画な家出じゃなくて、クローディアが綿密な計画を立てた家出。宿泊予定は、ニューヨークのメトロポリタン美術館だし!...同じような趣向の作品はいくつか読んだことがありますが、多分この作品が一番最初。本国では1967年に発表された作品なので、もう40年近く経ってることになるんですけど、全然話が古くないどころか、今読んでもワクワクしちゃう。そして肝心のクローディアの「秘密」については、大人になった今読んだ方が理解できたかも。その辺りもじっくりと楽しめました。
「エリコの丘」は、女優志願のジーンマリーと科学者志望のマルコムが、ひょんなことから、もう亡くなってる女優のタルーラに出会って、彼女に頼まれた仕事をするという話。このタルーラが素敵なんです。成熟した大人の女性で、美人というより個性的なのに、その個性で自分を美しく見せちゃうような人。ジーンマリーとマルコムは不思議な機械を通って、誰からも見えない姿になって活躍するんですけど、この「見えない」ということから、色んなことを学ぶんですよね。考えてみれば、どちらの作品も目に見えない部分をとても大切にしている作品でした。

「エリコの丘」をこれから読まれる方は、2004年11月に改訂された新訳を選んで下さいね。「金原瑞人・小島希里訳」って感じになってますので。以前の版は絶版になったそうなんですが、図書館だと旧訳を置いてるところの方が多そうですし。
カニグズバーグの作品は、岩波少年文庫から何冊か出ていて、すごく読みたいんですけど、「ティーパーティーの謎」と「800番への旅」は小島希里訳なので、ちょっと読む気になれない... 早く新訳が出ればいいのですが。あ、「魔女ジェニファとわたし」は、「クローディアの秘密」と同じ松永ふみ子さんの訳ですね。こちらを先に読んでみようっ。(岩波少年文庫)


*既刊のE.L.カニグズバーグ作品の感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ
「ティーパーティーの謎」「800番への旅」「ベーグル・チームの作戦」カニグズバーグ

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ショパンの恋人だったことでも有名な男装の麗人・ジョルジュサンドの作品。フランス文学が気になってることもあって、ちょっと読み返したくなりました。今回読んだ「愛の妖精」は新しい本なんですけど(篠沢教授訳ですって!)、「ばらいろの雲」はとっくに絶版になってる本。子供の頃から持ってる岩波少年文庫です。古すぎてamazonにもデータがないよーと思ったら、BK1にはありました。コチラ

「愛の妖精」は、一卵性双子の兄弟シルヴィネとランドリ、そして「こおろぎ」と呼ばれる不器量な野生児・ファデットの3人の物語。双子、それも一卵性双子って、これまでほとんど身近にいなかったせいもあって、惹かれるんですよねえ。片方が怪我をすると、もう片方も痛みを感じるとか色々言いますよね。自分ともう1人って、どんな感じがするんでしょう。
産婆のサジェットばあさんは、お互いに相手が分かるようになったらすぐに引き離し気味に育てるようにと忠告するんですが、なかなかそういうわけにもいかず、結局いつも2人だけでべったり一緒にいることになっちゃうんですよね。でも2人が大きくなると、家の都合で1人が奉公に出されることになって... 奉公に出ることになったランドリは仕事が忙しいこともあって、だんだん兄弟の関係から自立していくんですが、家に残されたシルヴィネが悲惨。暇だから色々と考えちゃう。そしてそこに登場するのが、ファデットという少女。...とは言ってもシルヴィネがファデットに恋してランドリを忘れるとかそういう話じゃなくて、彼女のせいで事態がややこしくなるんですが。
フランスの農村地帯が舞台のせいか、美しい自然と素朴な人々に囲まれて、とても柔らかく、それでいて地に足が着いた力強さもありました。ランドリやシルヴィネ、そしてファデットがその中で色んな経験をしながら成長していく様子が、濃やかに描かれていて美しいです~。良いことばかりが起きるわけじゃないのに、なんだかずっと柔らかい日差しに包み込まれているような印象。とっても分かりやすい展開だし、違和感を感じる部分もあるのですが(特に財産の件!)、すごく暖かな読後感。

そして「ばらいろの雲」には、「ものをいうカシの木」「ばらいろの雲」「ピクトルデュの館」の3編が収められています。こちらも美しい田園地帯を舞台にした作品。晩年のサンドが孫のために作った童話なのだそうですが、今読み返してみると、あまり子供っぽくなかったです。3編の中で一番好きだったのは、子供の頃と変わらず「ピクトルデュの館」。誰も見たことはないけれど、ヴェールをかぶった女性が招いた人間だけが入れるという荒れ果てた館、主人公のディアーヌが体験する、立像や絵画から抜け出した神々や水の精たちが舞い踊る幻想的な情景... そして話が幻想的なだけじゃなくて、現実的な部分とも綺麗に絡み合っているのがまたいいんですよね。(中公文庫・岩波少年文庫)


+既読のジョルジュ・サンド作品の感想+
「愛の妖精」「ばらいろの雲」ジョルジュ・サンド
「フランス田園伝説集」ジョルジュ・サンド

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またしても久々になってしまった岩波少年文庫シリーズ。昨日に引き続きのジョージ・マクドナルドです。ここに収められているのは「かるいお姫さま」と「昼の少年、夜の少女」の2編。
「かるいお姫さま」は、招待されなかったことを怨んだ意地悪な魔女が王女に呪いをかけるという、昔話の王道の物語。でも呪いはこっそりとかけられるので、最初は誰の仕業とは分からないし、良い妖精がその呪いを打ち消すような祝福を与えることもできないんですよね。呪いを解く方法も分からないし。そして、ここでかけられる「重さをなくしてしまう」という呪いが面白いんです。ちょっと手を離すと、王女はふわふわとその辺りを漂っちゃう。マクドナルドの時代には宇宙飛行士なんていなかったはずなのに、まるで無重力空間みたい~。魔女には重力の操り方が分ってたんですって。しかも重さをなくしてしまうのは身体だけじゃなくて、頭の中身もなんですよ! これが可笑しいんですよねえ。で、普段は笑い転げてばかりいて、全然真面目になれないお姫さまなんですが、水の中にいる時だけは普段よりも落ち着いてお姫さまらしくなるというのが、なんか好きです。
そして「昼の少年と夜の少女」は、魔女によって、昼しか知らずに育てられた少年と、夜しか知らずに育てられた少女の物語。どうやら宮廷の貴婦人に信用されてたらしい魔女の存在も謎だし、昼だけ、夜だけ、と手がこんだことをする割に、その目的が謎なんですよねえ。でも、16年間ランプが1つしかない部屋に閉じ込められていた少女が、初めて見た外の世界に感動する描写がとても良かったです。大きな藍色の空に浮かぶ月の輝き、夏の夜風、漂う花々の香り、足に優しいしっとりと濡れた草むら。美しいです~。(岩波少年文庫)


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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インドで生まれ育ったメアリは、いつも不機嫌そうな表情をした可愛くない少女。両親にまるで構ってもらえず、インド人の乳母に任されっ放しとなった結果、すっかり我儘娘に育っていました。しかし突然のコレラの流行によって両親は亡くなり、メアリはイギリスのヨークシャーに住む叔父に引き取られることに。叔父は最愛の妻を失って以来、何事にも無関心。広大な屋敷の部屋も、ほとんどが閉め切られ、かつて叔父の妻が丹精していた美しい庭も、10年間締め切られたままだったのです。

岩波少年文庫再読計画第12弾は、以前から再読したいなあと思っていた「秘密の花園」。この作品を書いたバーネット夫人は「小公子」「小公女」の方が有名で、「秘密の花園」は読んでないという方も多いようなんですが、でもこれもすっごくいい作品。この3作の中では、私はこの「秘密の花園」が一番好きかも。「小公子」も捨てがたいんだけど...(「小公女」だけは、私の中で少し落ちます(^^;)

主人公のメアリは、「小公子」のセドリックや「小公女」のセーラと違って、ものすごーくイヤな子。人に奉仕してもらうのが当然だと思い込んでるし、気に入らないことがあったらすぐ癇癪を起こすし... でもそれって、彼女の両親がまるで彼女に構ってあげなかったからなんですよね。父親は仕事が忙しく病気がちで、母親はパーティにしか興味がない人間。そんな人たちが子供なんて作るなッ...!と言いたくなっちゃいます。(大人になった今だからこその感想かしら) でもそんなメアリでも、ヨークシャーに来てからだんだんと変わり始めて、その成長物語が本当に清々しいんです。それにメアリが変わるにつれて、その影響が周囲にも出て、最終的には大人や屋敷全体も変えちゃう。実はとても大きな「生きる力」を描いた物語だったんですね。
子供の頃読んだ時は、広い屋敷の探検に憧れたし、ムーアや秘密の花園の情景にドキドキしたんですが、今回はむしろ人間の方に目がいきました。特に印象的だったのがディコン。ディコンのお姉さんでメイドのマーサの率直さも気持ちがいいし、マーサやディコンのお母さんの包み込むような愛情の暖かいこと... それほど出番は多くないのに、すっかり場を攫ってくれました。そして子供の頃に読んだ時ほどメアリが嫌な子に感じられなかったです。彼女なりにすごく必死なのが伝わってきて、読んでいて応援したくなっちゃいました。(岩波少年文庫)

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バレエで有名な「くるみ割り人形」の原作。子供の頃にも読んだことがあるはずなんですが、改めて読んでみるとバレエとはかなり雰囲気が違っていてびっくり。バレエでは、クリスマスプレゼントに貰ったくるみ割り人形がネズミを戦っているのを見たクララが、思わず加勢に入ってくるみ割り人形側が大勝利。人形の国に連れて行ってもらえる... というストーリーですよね。で、全てが終わってみると、クリスマスの夢だった... って感じだったかと。
原作も確かに大筋ではそうなんですが... でも終始「夢の世界~」なバレエとは違って、もっと生々しく現実が迫ってくる感じなんです。最初にネズミとくるみ割り人形が戦う場面なんて、マリー(原作ではクララじゃなくてマリー。クララはマリーの持ってる人形の名前)も実際に怪我をして血を流して倒れてたりするし、親はマリーの再三の話を聞いて、そのたびに「夢をみたのね」と言うんだけど、実は夢オチではなく... なんだか思ってた以上に不気味な話でした。えっ、こんな終わりでいいの?! 状態。
あ、でも人形の国の描写はとっても素敵です。氷砂糖の牧場、アーモンド・干しぶどうの門、麦芽糖の回廊、大理石のように見えるクッキーの敷き詰められた道、オレンジ川にレモネード川、ハチミツクッキーの村、キャンデーの町、コンポートの里、お菓子の都... もう読んでいるだけでも、いい香りが漂ってきそう。美味しそうです~。(岩波少年文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壷」「スキュデリー嬢」 ホフマン
「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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去年の復活祭の日、ホーゲルマン家に突然現れたのは、50cmぐらいの、きゅうりのようなかぼちゃのようなものに顔や手足がついて、金の冠をかぶっている王さま、トレッペリーデ2世。これまでずっと家の地下室に住んでいたのですが、反乱がおきて家来たちに見捨てられたため、台所に避難してきたというのです...

岩波少年文庫再読計画第10弾。現代ドイツのファンタジーです。
ドイツ児童文学賞を受賞したという作品なんですけど、肝心のきゅうりの王さまがあまりに可愛げがなくてどうにも...(^^;。
でもきゅうりの王さまなんて奇妙奇天烈な存在が登場するんで、一見ファンタジーっぽいんですけど、これはものすごーくリアリティのある話でした。いかにも家長っぽく、家族のことは全て仕切りたがる父親だけが、きゅうりの王さまの世話を甲斐甲斐しく焼くんですけど、他の面々はそういう父親をすごく冷めた目で見てて、むしろ追い出そうと頑張ってるんですよね。きゅうりの王さまというのが、父権を象徴しているんでしょう。なんだか、お父さんの姿が哀れでもあり可笑しくもあり... でした。
こういう作品は子供の頃に読んだ方がいいんだろうな。(岩波少年文庫)

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幼い頃に母を亡くし、11歳で父も亡くしたポリアンナは、それまで全然付き合いのなかったポリーおばさんの家に引き取られることに。でもポリーおばさんがポリアンナを引き取ったのは、可愛い姪だからではなく、「義務をわきまえた人間でありたい」から。本当は今の静かで穏やかな生活を子供に壊されたくないのです。しかしポリアンナは、そんなポリーおばさんの頑なな心を徐々に溶かしていくことに。

先日のたらいまわし企画・第17回「子どもと本」で、くるくる日記のkyokyomさんが挙げてらした本。(その時の記事はコチラ) 以前は「少女パレアナ」という題名で出ていた作品です。(追記: 角川文庫では今でも「少女パレアナ」というタイトルで出ているとのこと)
読み始めてまず思ったのは、「赤毛のアン」みたい!ということ。ポリアンナもおしゃべりなんですよね。放っておくと、1人でずーっとしゃべり続けちゃう。空想という点ではアンの方が上かもしれないんですが、でもポリアンナも相当のもの。しかもポリアンナの「何でも嬉しがる」ゲームというのは、いかにもアンが好きそうだし。...このゲームは、どんなに嫌なことにも、その楽しい面を見つけて嬉しがるというゲーム。例えばポリーおばさんがポリアンナにと用意したのは、普通の綺麗な部屋ではなくて屋根裏部屋。他にも沢山部屋が余っているはずなのに、わざわざみすぼらしい部屋を与えられちゃうんです。でもポリアンナは、殺風景な屋根裏部屋を悲しむのではなく、鏡がないからそばかすを気にしなくてもいいと言い、窓から見える綺麗な景色を絵のようだと喜ぶんです。
でも、やっぱりポリアンナはアンとは違うんですよね。読むにつれて、そういう部分がどんどん見えてきました。何でも嬉しがるゲームも、アンがしたらわざとらしくなったんじゃないかと思うんですけど(アンも大好きですが!)、ポリアンナがするとすごく自然。というかポリアンナっていう女の子がどこまでも天然なんですよね。ポリアンナがあまりに純粋なので、周囲の人々も巻き込まれずにはいられないし... 一歩間違えると、逆に心を閉ざされてしまいそうだし、下手すると読者にも作為を感じさせてしまいそうなところなんですが、それが全然。その辺りがほんと絶妙です。それがポリアンナのいい所であり、この作品の命なんでしょうね。素直に「良かったな~」と思える作品でした。

途中で止まっていた岩波少年文庫再読計画ですが、これでようやく再開です。...とは言っても、この本は2冊とも初読ですが! やっぱり岩波少年文庫は素敵です♪ (岩波少年文庫)

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ケストナーは子供の頃から大好き。中でも一番好きなのは「飛ぶ教室」なのですが、この「点子ちゃんとアントン」も大好き。あと「五月三十五日」みたいな作品も大好き。とにかくハズレがない作家さんですね。この作品は、元気でやんちゃなお金持ちの少女・点子と、性格が良くて勇気のある貧乏な少年・アントンの物語。ケストナーの作品の登場人物って、かなり類型的ではあるんですけど、でもやっぱりいいんですよね。人間として大切にしなくちゃいけないことがいっぱい詰まっていて。
実は、森谷明子さんの「れんげ野原のまんなかで」(感想)に登場する能勢夫人の言ってる本はこれかも、と思って読んでみたんです。でもやっぱり違ったみたい。ケストナーが書きそうな文章だなあって思ったんですけどねえ。能勢夫人は「富豪」「女性」と言ってたし、「富豪」というのも「女性」というのも、点子とはまたちょっと違うんだけど...(富豪なのかもしれないけど、まだまだ女の子だし) 他の作品にも富豪の女性なんて出てこなかったと思うし、やっぱりケストナーではないのかしら。(あと富豪といって思い出すのは、「小公女」ぐらい... 「あしながおじさん」のジュディの友達・ジューリアも富豪のはずだけど、彼女はそういうタイプじゃないしねえ)

これは一応岩波少年文庫再読計画の第8弾のつもりだったのですが、実は私が読んだのは岩波少年文庫版じゃなくて、ケストナー少年文学全集の方。同じ岩波書店だからきっと同じだと思っていたのに、なんと訳者が違ってました! 私が読んだのは高橋健二さん訳で、岩波少年文庫の方は池田香代子さん訳。うわー、迂闊。どんな風に違うんだろう。子供の頃から全集の方を何度も読み返してるし、高橋健二さんの訳にすっかり馴染んでるから、今更他の人の訳に馴染めるとは思えないんだけど、でもやっぱり気になります。まさかそのせいで能勢夫人の覚えているようなクダリがなくなってるわけではないでしょうけれど...。(岩波書店)


+既読のエーリヒ・ケストナー作品の感想+
「点子ちゃんとアントン」エーリヒ・ケストナー
「ケストナーの『ほらふき男爵』」E・ケストナー
Livreに「雪の中の三人男・ガス屋クニッテル」「消え失せた密画」「一杯の珈琲から」の感想があります)

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岩波少年文庫再読計画第7弾。
大好きな「時の旅人」のアリソン・アトリーの書いた童話集。それぞれに6編ずつ収められています。この2冊は今回初読。読んでいると、まるでファージョンの作品みたいなので驚きました。昔懐かしいお伽話の雰囲気。この2冊の中では、私は南国の香りのする「幻のスパイス売り」(「西風のくれた鍵」)が一番好きかな。でも雪や氷の情景もとても良かったです。「雪むすめ」(「西風のくれた鍵」)もいいし、あと「氷の花たば」の表題作! これが素敵なんですよ。どこかで聞いたことのあるようなお話なのに、読後感がとても良いのです。ひんやりとした情景なのに、読み終わるとなんだか暖かくて♪ (読後感が暖かいのは、「雪むすめ」もですが~)
ピクシーを始めとして、それぞれのお話に不思議な存在も色々と登場します。異形の存在って、異形というだけで警戒されちゃったりするけど、本当はそんな悪いことばかりしてるわけじゃないんですよね。でも人間の娘に真剣に恋をしてても、そうは見てもらえないことも多いし、色々苦労が多いのです。なんとか上手くやろうと水面下の工作をしてみても、その水面下の工作のせいで、逆に真意を疑われてしまったり。なかなか大変なんですねえ。...って、お話の中ではピクシーでも、人間にも十分当てはまりますね。(岩波少年文庫)


+既読のアリソン・アトリー作品の感想+
「西風のくれた鍵」「氷の花たば」アリソン・アトリー
「グレイ・ラビットのおはなし」アリソン・アトリー

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岩波少年文庫再読計画第6弾。今回はアジアの物語。「けものたちのないしょ話」は中国民話選、「ネギをうえた人」は朝鮮民話選です。
それぞれに30編ぐらいの物語が収められているのですが、どちらを読んでも、どこかで読んだような話ばかり。世界中、ほんと似たような話が多いものだなーと感心してしまいます。特に「けものたちのないしょ話」の方は、イソップ物語やグリム童話、ペロー童話、アラビアン・ナイト、そして日本の「因幡の白兎」、羽衣伝説、「聞き耳頭巾」、「こぶとりじいさん」、「ねずみの嫁入り」などなど...。「ブルータス、ここでもか」状態。(←まるっきり間違ってます) 「ネギをうえた人」の方は、もう少し朝鮮独自の物語が多いかな。天地創造の神話に繋がるような物語もいくつかあって面白かったです。

ところで、「ネギをうえた人」の表題作は、昔々、人間と牛の見分けがつかなくて、自分の身内も牛だと思って食べてしまっていた頃の話。親兄弟も自分の子供も、みんな牛に見えちゃう。だから間違えて食べちゃう... これはかなり怖いですよね。この本は小さい頃に読んだっきりなので、忘れてる話も多かったんですが、この「ネギをうえた人」の話はしっかり記憶に残ってました。さすがに子供心にも強烈だったんでしょう。...でも今読んでみると、牛と間違えちゃうんだったら、牛を食べなきゃいいのに、なんて思っちゃう。そこまでして牛が食べたかったのか? それとも牛しか食べるものがなかったのか...?
でもなぜここで「牛」なんでしょうねー。牛といえば、ヒンズー教では神様のお使いだし、ギリシャ神話ではゼウスが牛になったりもするのに(ミノタウロスなんかもいるけど)、スペインでは闘牛で殺されちゃう。(闘牛の由来って何なのかしら?) でも牛が鬼と結びついてることも多いですよね。全ては身体が大きいところに通じてるのかな。でも、牛って一体... 何なんでしょう?(岩波少年文庫)

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岩波少年文庫再読計画第5弾。南極に生まれたペンギンのルルとキキの冒険物語です。有名な作品なので、読んでる方も多いのではないかと思うのですが、実は私は今回読むのが初めて。きっと自分で字が読めるようになってすぐぐらいの時に読むのに向いてる本だと思うんですけど、すっかりタイミングを逃してしまったんですよね。その後ちょっと気になりつつも、先にカレル・チャペックの「長い長いお医者さんの話」を読んで、こちらがものすごーく気に入ってしまっていたもので、なんだか二番煎じのような気もしちゃってたんですよねえ。
でも実際読んでみて、全然思ってたのとは違ってました。字も大きいし易しいし、読み始めたらすぐ読めちゃうような作品なんですが、短い物語の中に人生の色々なことがぎゅっと濃縮されてました。でも全然説教臭くなくて、するすると楽しく読めちゃう。人気があるのも分かります。こういう作品は、やっぱり子供の時に読んでおかなければ! でもこんな風に読み逃していた作品を読むと、再読計画をやって良かったな~って思います。そうでなければ、読むチャンスってなかなか巡ってこないですものね。(岩波少年文庫)

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小さなオランダ人形「トチー」は、エミリーとシャーロットという2人の女の子のお人形。トチーにはお父さんの「プランタガネットさん」とお母さんの「ことりさん」、弟の「りんごちゃん」と犬の「かがり」がいて、幸せに暮らしていました。人形たちの一番の望みは、きちんとした人形の家に住みたいということ。今は靴箱の中に住んでいるのです。そんなある日、エミリーとシャーロットの大おばさんが亡くなり、エミリーたちは大おばさんの持っていた古い人形の家をもらえることに。しかしその家と一緒に、見た目はとても美しいけれど性格の悪い花嫁人形のマーチペーンも、2人のところに来ることになっていたのです。

岩波少年文庫再読計画第4弾。「人形の家」といえばイプセンが有名ですが、私にとってはこのゴッデンの「人形の家」の方が先。これが児童書なんですけど、ほんと侮れないのです。今回読むのは小学校の時以来なので、大体の流れと結末しか覚えてなかったんですけど... というか結末は何となく覚えていたんですけど、読み終わった時、不覚にも泣きそうになりました。(電車の中だったのに!) 子供たちと人形という分かりやすい設定に置き換えられてるだけで、その中身はとても深いです。外見の美しさに惑わされずに、内面の真実を見つめる目を持つことは、とっても大切なこと。...でも、なんてこと! いやー、ほんと切ないです。(岩波少年文庫)

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金持ちのカリのために絵を描いていた時に、青い絵の具を無くしてしまったフェルコー。しかし弁償しようにもフェルコーは貧乏で、絵の具など買えないのです。フェルコーが絵の具を盗んだと責め立てるカリ。しかしフェルコーは用務員のおじさんに助けられ、野原に咲いている矢車菊から「ほんとうの空色」を作ることに...

ということで、岩波少年文庫再読計画第3弾。この本は私は題名も知らなかったんですけど、有名な作品だったのかな? 岩波書店のサイトでは、「世界の古典」ということで紹介されていました。作者のバラージュはハンガリー出身で、映画制作にも携わっていた人なのだそう。東欧圏のファンタジーって英語圏のものとはまた少し雰囲気が違っていて、それもまた素敵なんですよね。
この物語の「ほんとうの空色」とは、綺麗な青い色という意味ではなく、「本当の空」の色。この絵の具を塗ると、外が雲っている時は絵も灰色になるし、雨が降れば水が溢れ、晴れた日の夜は満天の星空になるのです。これがとても素敵! 使い道を間違えれば大変なんですが(笑)、フェルコーが屋根裏部屋でこの「ほんとうの空色」の絵の具が作り出した夜空を見ている場面など、ほんと幻想的な美しさです。私もこんな絵の具が欲しくなっちゃう。ラストはちょっぴり切ないんですけど、とても素敵な物語でした。読んで良かった!(岩波少年文庫)

矢車菊の青ってほんと綺麗な色ですよね。そういえばカシミール産のサファイアも、そのベルベットのような美しい青色がコーンフラワーブルー(矢車菊の青)と呼ばれてますね。WEBではタグで色を「blue」と指定するとこんな青色になりますが、矢車菊はまた少し違う青。もっと透明感があって優しくて爽やかで... こんな青色? ちょっと薄いかなあ。サファイアのコーンフラワーブルーはもう少し濃い色ですね。こんな青色? 今度は濃すぎ? 再現するのって難しいー。

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夏休みに、田舎のおばさんの家に預けられた3人の子供たち。偶然、足をくじいたプライスさんを助けたことから、プライスさんが魔女だということを知ってしまいます。プライスさんは3人に口止めをするために、末っ子のポールが偶然持っていたベッドのノブに魔法をかけることに。なんとそのノブをちょっと捻って願えば、ベッドが3人を望む場所に連れて行ってくれるというのです... ということで、岩波少年文庫再読計画第2弾。「床下の小人たち」のシリーズでも有名なメアリー・ノートンです。この1冊に、「魔法のベッド南の島へ」「魔法のベッド過去の国へ」の2つの物語が入っています。

子供たちが魔法で色んな所に行くことができるというのは、私の大好きなヒルダ・ルイスの「とぶ船」と似たような感じ。でもあちらは船に乗っていくんですが、こちらは普通のベッド。ノブ(ベッドの柱についている玉飾り)を一方に回せば現在の世界の行きたい場所へ、もう一方に回せば過去の世界へ... ベッドをこんな風に使ってしまうのが楽しいんですよね。北欧神話が根底にある「とぶ船」とはまた全然違う日常的な雰囲気を作り出していて、こちらもとっても楽しいです。そして「だれでも、きっとプライスさんみたいな人をしってると思います」と書かれているプライスさんは、そんな日常的な世界に相応しい日常的な魔女。まだまだ勉強中なのであまり高度な技を使えないし、ほうきに乗るのも上手くないんですけど、根底にはどこかメアリー・ポピンズみたいな雰囲気が漂っていて、さすがイギリスのファンタジー。必然的に子供たちの冒険も波乱万丈になってしまうんですけど、その普通さがほんと楽しくて。こういうファンタジーは大好きです(^^)。(岩波少年文庫)

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「お姫さまとゴブリンの物語」は、ゴブリンに浚われそうになったお姫さまをカーディという少年が助ける話。「カーディとお姫さまの物語」は、その続編で1年後のお話です。

岩波少年文庫再読計画第1弾。...というのが何の計画なのかは最後にまわしますが。(^^ゞ
「ナルニア物語」のC.S.ルイスや、「指輪物語」のJ.R.R.トールキンも愛読していたというジョージ・マクドナルド。ルイス・キャロルに「不思議の国のアリス」の出版に踏み切らせたのも、このマクドナルドだとか。でも「ナルニア」や「指輪物語」は大好きでも、私がマクドナルドを読んだのってかなり遅かったんですよね。高校生ぐらい。そこから発展した後進の作品を先に読んでしまうと、どうしても元となった作品には目新しさを感じなくなってしまったりするし、高校生頃ということでタイミングも悪かったのかも。最初に読んだ時はそれほど印象に残らず、そのままになってしまっていたのでした。
で、今回読み返してみて。以前読んだ時よりも、ずっと良かったです。今の方が、こういう物語を素直に読めるようになってるのかも。「大きな大きなおばあさま」という、ちょっと不思議な存在(魔女ではないんです、一応)が登場するんですけど、彼女の描写がとても幻想的で素敵なんですよね。こういう物語が一番楽しめるのはもちろん小学生ぐらいの時なんでしょうけど、その時読むのでなければ、今の年ぐらいで読むのもいいかもしれないですねー。(岩波少年文庫)

そして岩波少年文庫再読計画とは。
子供の頃は、本と言えばまず岩波書店。特に岩波少年文庫が大好きだったんですよね。以前もCross-Roadの瑛里さんと「岩波少年文庫は読破したかったよね」なんて話をしていたことがあるんですが、最近も「れんげ野原のまんなかで」(森谷明子)に登場する能勢夫人が言ってる本は何かが分からず(どなたか分かった方は教えて下さい!)、柊舎のむつぞーさんと「岩波少年文庫を再読したくなった」という話をしていたんです。そして再読&読破にすっかり本気になってしまった私は、こんなページまで作ってしまったのでした。...あ、でも一見結構読んでるみたいですけど、大人用の本で読んでいる作品も「既読」にしてしまってるので、実際にこの版で読んでいる作品はもっと少ないです。少年文庫版ではなく大人用の本で読んでる作品はどうしようかちょっと迷うところなんですが、子供用に書き直した物を読んでもなあって気もするので、あまり再読しないかも。(中には読んでみたいのもあるんですけどねっ) 
リストを作ってみて、子供の頃のラインナップとはかなり変わってるのでびっくりです。大好きだった作品も随分なくなっちゃってて残念。


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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