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33歳の未亡人のリリアが、23歳のキャロライン・アボットと1年のイタリア旅行に出ることになります。チャールズ・ヘリトンが10年前に周囲の反対を押し切ってリリアと結婚して以来、ヘリトン夫人を始めヘリトン家の人々は、リリアをヘリトン家の嫁として恥ずかしくない人間になるように教育し続け、それはチャールズの死後も続いていました。しかしリリアは主婦としても奥様としても落第。ヘリトン家の面々は、リリアが真面目なキャロライン・アボットの感化を受けることを期待して送り出します。そんな期待を知ってか知らずか、イタリアから楽しそうな手紙を頻繁によこすリリア。しかしそんな時、突然リリアが婚約したという知らせが舞い込み、ヘリトン家は大騒ぎに。

「天使も踏むを恐れるところ」とは、18世紀のイギリスの詩人・アレキサンダー・ポープの「批評論」の中の一節「天使も足を踏み入れるのをためらう場所に、愚か者は飛び込む」から取られたもの。無知と軽率さを笑い、賢明で慎重な行動の大切さを説く言葉です。この作品の場合、「愚か者」は明らかにリリア。でも「天使」はどうなんでしょう。訳者あとがきには違うことが書かれていたんですけど、私としてはむしろキャロライン・アボットのように思えるんですが... もちろんあとがきに書かれていた人物も確かにそうなんですけどね。しかもキャロライン・アボットは揺れ動いていて、それほど「賢明」で「慎重」な存在とは言えないんですが。
自由奔放で、裕福で上品なヘリトン家の家風に合わずに結婚して以来というもの窮屈な思いをしてきたリリア。彼女の同伴者となるキャロライン・アボットは、常識的な真面目な女性。そしてハンサムなイタリア男のジーノは、自由でおおらかな精神の持ち主。細かいことに一喜一憂し、自分たちが認められないことは直視しようとしないイギリス勢と、全てをそのまま受け入れて認めるイタリア勢のお国柄も対照的なら、奔放なリリアと真面目なキャロライン・アボットの造形も対照的。そしてそこで右往左往するのは、イギリス人でありながらイタリアを賛美するリリアの義弟・フィリップ。彼の橋渡しにもならない滑稽な姿も印象的です。「愚か者」のリリアなんですが、愚か者なりに自分に正直に求めるものを求め、それを得ることになるんですよね。キャロラインもまた求めてはいるんですが、賢明かつ慎重でありたい彼女には、リリアのように軽率な行動を取ることは許されず...。ただし、軽率な行動はそれなりの結果をももたらすもの。結果的に誰が一番幸せだったんでしょうね。とても滑稽でありながら、同時に深い喪失感も残る作品。全てにおいて両極端な悲喜劇だったように感じられました。(白水uブックス)

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毎日どこかの広場で説教をする男と常に一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色く、大きな口の中に見えるのは黄色い歯並み。男と犬の奇妙なつながりに興味を引かれた「ぼく」は、男のあとをつけるようになり... というフリードリヒ・デュレンマットの「犬」他、全18編の幻想小説アンソロジー。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。面白い作品もあったんですけど... でも、うーん、今ひとつぴんとこない作品も多かったかも... 今回ピンと来なかった作品については、いずれリベンジしようと思います。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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ノリーことエレノア・ウィンスロウは、お父さんとお母さんと2歳の弟と一緒にアメリカからイギリスに引っ越してきた9歳の女の子。イギリスのスレルという町でスレル校というところの小学部に通っています。将来の夢は、歯医者さんかペーパーエンジニアになること。最近とても好きなのは中国の女の子の絵を描くこととお話を作ること。

ニコルソン・ベイカーの本は「中二階」に続いて2冊目。でもその「中二階」とも全然雰囲気が違うし、「Hで愉快な電話小説」だという「もしもし」とも、「時間を止めて女性の服を脱がせる特技をもつ男の自伝」だという「フェルマータ」とも全然違う(はず)の作品。だってこの作品は、全編9歳のノリー視点の物語なんですもん! ニコルソン・ベイカーが自分の娘をモデルに書き上げたようで、かーなりのユニークな作品。「中二階」みたいな作品を書く人の娘だけあって、さすがに思考回路が理屈っぽいなーとも思うんですが(笑)、理屈っぽくても子供っぽい可愛らしさもたっぷりなので、全然大丈夫。ノリー、可愛いです! でもこの子供らしい様々な間違いも含めて全て日本語らしい日本語に訳すのは大変だったでしょうねえ。岸本佐知子さん、ほんと適材適所です。

アメリカで親友だったデボラと離れたのは寂しいけれど、新しい学校でもキラという仲良しの女の子ができるノリー。でも同じクラスのパメラという女の子がいじめられていているのを黙って見過ごしていることができないんですね。で、パメラとも仲良くなっちゃう。だってパメラは悪いことなんて何にもしてないし、ノリーが転校したばかりの時に道が分からなくなったノリーに親切にしてくれたんだから。でもパメラと一緒にいるだけで、ノリーも相当からかわれることになるんです。ノリーの仲良しのキラも、パメラと仲良くするとノリーもいじめられちゃうようになるよ、と何度も言ってますしね。こういう時、自分もいじめられるのが怖くて、嫌いでもないのにいじめっ子たちと一緒になって笑ったりしてしまう子の方が断然多いと思うんですが、ノリー、強いです。からかわれた時も、どれだけ効果的に反撃するか頑張ってますから。でもそんなノリーも常に自信たっぷりというわけではないのが、逆に人間らしいところでいいのかも。そんな時も、やっぱりノリーの思考回路って面白いんです。(白水uブックス)


+既読のニコルソン・ベイカーの作品+
「中二階」ニコルソン・ベイカー
「ノリーのおわらない物語」ニコルソン・ベイカー

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50年ほど前、ロンドンに1人の豪商と義足作りに関しては類まれな腕の持ち主の親方がいた頃の物語。足を失った豪商は早速親方を呼びつけます。そして体にきっちりと合い、軽く、ひとりで勝手に歩き出すほどの脚が欲しいと注文するのですが... という「義足」他、全14編。

先日イギリス幻想小説傑作集を読んだ時に奇妙な世界の片隅でのkazuouさんに勧められたのが、この「スペイン幻想小説傑作集」。
スペイン文学はリアリズムが主流と言われてるんですが、これはスペインに早くからキリスト教が広まっていたこと、回教徒の侵入に抵抗するために異教的要素を極力排する必要があり、民間信仰や民間伝承の幻想譚が切捨てられたこと、そして宗教改革時に、そういった物語が再び断罪されたことが大きく関係しているのだそう。でも紀元前にケルト人の侵入を受けたイベリア半島北西端のガリシア地方なんかは、雨の多い陰鬱な気候と相まって、今でも民間信仰や異教的雰囲気をかなり残してるし、神秘的・幻想的作品を沢山生み出しているのだそうです。

「イギリス幻想小説傑作集」は怪奇的な作品が多かったんですが、こちらはユーモアがかった作品が多かったかな。特に可笑しいのは上にあらすじを書いた「義足」。すごいブラックユーモアなんですけどね。まさか、義足に連れられて世界中を駆け巡ってしまうとはー。(しかも最後の最後まですごいんです) あと、貧しくとも美しい主人公で、拾った人形を大切にするうちにその人形に魂が宿ってしまう... という一見昔ながらのおとぎ話のような「人形」という作品も、実はユーモアたっぷり。でもこちらは際どい路線。シニカルな笑いなのは、骸骨になってしまった登場人物たちが可笑しい「ガラスの眼」。
ちょっと読んだことのない雰囲気でびっくりしたのは、突然世界が真っ暗闇に覆われてしまった...! という「暗闇」。火が燃えていても、目には見えないんです。なので世界が暗闇になったというより、人々が突然みんな盲目になっちゃったってことなんですけど、主人公の目覚めた頃の長閑な雰囲気が一転して、この世の終わりといった感じになるのが迫力。そしてこの本で一番幻想的な作品だなあと思ったのは(私のイメージの「幻想」ですが)、学校をずる休みした少年が原っぱの祭りに行って、射的で特賞の島を当ててしまうという「島」。これはちょっと恒川光太郎さんの「夜市」(感想)みたいな感じ。この世とあの世の境界線が曖昧で... こういう雰囲気は大好き。

この中にアルバロ・クンケイロの「ポルトガルの雄鶏」という作品があって、この短篇自体はあんまりどうってことないんですけど(失礼)、アーサー王伝説の魔法使い・マーリンが主人公の「マーリンと家族」という長編からの抜粋なんだそうです。マーリンが主人公だなんて、これは読んでみたいなあ。でも未訳。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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社交界の花・サノックス卿夫人と名外科医・ダグラス・ストーンの仲は公然の秘密。しかし夫人がある日突然きっぱりと修道院に入ってしまったことから、いたるところで噂話が飛び交います。しかもその時、ダグラス・ストーンは泥酔してうつろな笑いを浮かべながら従僕と共にベッドに腰掛けていたというのです... というアーサー・コナン・ドイル「サノックス卿夫人秘話」他、全12編の収められた短篇集。

ええと、今年ぜひとも読みたいと思っている幻想文学なんですが... この本の「幻想」って「幻想」というより「怪奇」? 幻想味はあるんだけど、それが不気味な方向に出てる作品が多かったです。面白い作品は結構ありましたが、幻想という意味ではどうなんだろう。ホラー系は基本的にあまり得意ではないので、怖くなりすぎたらどうしよう、と読みながらドキドキしてしまいました。初っ端のコナン・ドイルからして、結構怖かったんですよぅ。

この中で私が好きだったのは、嵐の日に風に飛ばされてきた幽霊船に、村の若い幽霊たちがラム酒を飲みに通っちゃう「幽霊船」(リチャード・バラム・ミドルトン)。なんとも長閑な幽霊話で、こういうのは好き好き。それと、眠るたびに林檎の樹に覆われた谷間の情景の夢を見るという「林檎の谷」(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ)も良かったです。一番の大きな林檎の樹の枝が分かれているところに金髪の美しい魔女が立ち、林檎を片手に歌っているんですけど、その下の谷底には男の骸がいっぱいなんですよね。さすがダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、絵画のような美しさがありました。あと、インド版狼男話の「獣の印」(ラドヤード・キプリング)も。でもこれは子供の頃に読んだことがあるような気がする...。
読んだことがあるような気がするといえば、「屋敷と呪いの脳髄」(エドワード・ブルワー=リットン)と「ポロックとポロの首」(H.G.ウェルズ)の2作も読んだことがあるような気がします。多分、なんですけどね。エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」なんかと同じ本に入ってた、なんてことはないかしら。いずれにせよ子供の頃に図書館で借りた本だと思うので、今となってはよく分からないのだけど。(白水uブックス)


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「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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「互いにベージュ色の高価なレインコートに身を包んで出会いましょう。豆スープのようにどんよりした霧の夜に。まるで探偵映画もどきに。」という文章で始まる「別の女になる方法」他、「離婚家庭の子供のためのガイド」「母親と対話する方法」「作家になる方法」など全9編。

これはハウツー本の文体で書かれた小説、ということでいいのかな。どれも内容的には結構スゴイことが書かれてるのに、文章がとにかく淡々としてるので、なんだかまるでごく普通の事務的な説明を受けているだけのような錯覚に陥ってしまうという、とっても不思議な作品です。
とにかく淡々... たとえば「作家になる方法」の冒頭はこんな感じ。

作家になるためには、まず最初に、作家以外のものになろうとしてみることです。どんなに途方もないものでもいいのです。映画スターと(か)宇宙飛行士。映画スターと(か)宣教師。映画スターと(か)幼稚園の先生。世界大統領、大いに結構。そしてミジメな挫折を味わうことです。早ければ早いほどいいのです。十四歳で挫折を知るなんて理想的。早いうちに決定的に幻滅することが、くじけた夢に関する長い俳句を十五歳でひねり出すのに必要な条件なのです。

ちょっと面白いでしょう? ハウツー物を小説にしてしまうなんて、アイディアですよねえ。全編こんな感じで物語が始まるんです。
表面に現れてるのは、シニカルなユーモアセンス。でも基本的に不倫とか離婚とか挫折とか死がテーマになっているので、奥底から寂しさや絶望感が滲み出てくる感じ。でも面白いとは思うんだけど、純粋に好みかと言えば、あまり好みではなかったかも。例えばアメリカ人が読むと、私が今読んでいるよりももっとすごく面白く感じるんだろうな、なんて思っちゃうんですよね。そんな、いかにもアメリカ~なユーモアセンス。そうでなくてもユーモア物って難しいのに。その時の自分自身との波長が合うかどうかというのも、かなり重要ポイントになってきますしね。日本物のユーモアだって合う合わないが激しいのに、ましてや外国物ときた日には、って感じかな。(白水uブックス)


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17世紀、清教徒革命下のイギリス。テムズ川に捨てられていた赤ん坊は、50匹の犬と共に暮らし犬たちを闘犬やレースに出して生計を立てている「犬女」に拾われ、ジョーダンという名前をつけられることに。成長したジョーダンは、自分の中に見えないインクで綴られたもう1つの人生があることに気付き、かつて野イチゴが高く香る家で見かけた踊り子・フォーチュナータを探して旅立ちます。

本の紹介に「幻の女フォーチュナータを捜して時空を超えた冒険の旅に出る」なんて書かれていたので、もう少しSF寄りの作品なのかと思っていたのですが、全然違いました! これはファンタジーなのですねー。放っておけば、もう空想がどこまででも広がってしまいそうな不思議な作品。まるで生まれつき軽すぎて天井に頭をぶつけそうになった3番目のお姫さまのエピソードみたい。でもそのまま飛んでいってしまうのではなく、危ういところでへその緒に引っ張られるんです。王女さまもこの物語も。神話とか聖書とかのエピソードもあり、歴史的でもあり、何ていうかものすごく懐が深いなあ... しかもそこかしこに私が好きな雰囲気がたっぷり。女の掃除人が掃除する様々な色の雲のエピソードも、宙吊りの家での生活も、恋が疫病扱いされている町の話も、そして12人の王女たちの物語も...!
でもこういったファンタジックな物語は、ジョーダンの側の物語なんですよね。これと平行して進んでいくのは、もっと現実的な17世紀のイギリスを描いた「犬女」の物語。こちらのベースはあくまでも史実に忠実。でも「犬女」の存在だけはファンタジーなんですよねえ。ジョーダンがそのファンタジックな世界の中で1人リアルな存在だったように。
リアルでありながらファンタジック、ロマンティックでありながらグロテスク。でも美しい! この本に詰まっているエピソードは、まるでピューリタンたちに割られてしまった教会のステンドグラスの色ガラスに、日の光が当たって色んな色が石畳に映って踊っているような感じです。

冒頭で時間についての言葉が書かれています。

ホピというインディアンの種族の言語は、英語と同じくらい高度に洗練されているにもかかわらず、時制というものがない。過去、現在、未来の区別が存在しないのだ。このことは、時間について何を物語っているのだろう?

まさしくこの言葉の通りの作品だったかも。 (白水uブックス)


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「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン
「オレンジだけが果物じゃない」ジャネット・ウィンターソン

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