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17世紀、清教徒革命下のイギリス。テムズ川に捨てられていた赤ん坊は、50匹の犬と共に暮らし犬たちを闘犬やレースに出して生計を立てている「犬女」に拾われ、ジョーダンという名前をつけられることに。成長したジョーダンは、自分の中に見えないインクで綴られたもう1つの人生があることに気付き、かつて野イチゴが高く香る家で見かけた踊り子・フォーチュナータを探して旅立ちます。

本の紹介に「幻の女フォーチュナータを捜して時空を超えた冒険の旅に出る」なんて書かれていたので、もう少しSF寄りの作品なのかと思っていたのですが、全然違いました! これはファンタジーなのですねー。放っておけば、もう空想がどこまででも広がってしまいそうな不思議な作品。まるで生まれつき軽すぎて天井に頭をぶつけそうになった3番目のお姫さまのエピソードみたい。でもそのまま飛んでいってしまうのではなく、危ういところでへその緒に引っ張られるんです。王女さまもこの物語も。神話とか聖書とかのエピソードもあり、歴史的でもあり、何ていうかものすごく懐が深いなあ... しかもそこかしこに私が好きな雰囲気がたっぷり。女の掃除人が掃除する様々な色の雲のエピソードも、宙吊りの家での生活も、恋が疫病扱いされている町の話も、そして12人の王女たちの物語も...!
でもこういったファンタジックな物語は、ジョーダンの側の物語なんですよね。これと平行して進んでいくのは、もっと現実的な17世紀のイギリスを描いた「犬女」の物語。こちらのベースはあくまでも史実に忠実。でも「犬女」の存在だけはファンタジーなんですよねえ。ジョーダンがそのファンタジックな世界の中で1人リアルな存在だったように。
リアルでありながらファンタジック、ロマンティックでありながらグロテスク。でも美しい! この本に詰まっているエピソードは、まるでピューリタンたちに割られてしまった教会のステンドグラスの色ガラスに、日の光が当たって色んな色が石畳に映って踊っているような感じです。

冒頭で時間についての言葉が書かれています。

ホピというインディアンの種族の言語は、英語と同じくらい高度に洗練されているにもかかわらず、時制というものがない。過去、現在、未来の区別が存在しないのだ。このことは、時間について何を物語っているのだろう?

まさしくこの言葉の通りの作品だったかも。 (白水uブックス)


+既読のジャネット・ウィンターソン作品の感想+
「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン
「オレンジだけが果物じゃない」ジャネット・ウィンターソン

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ヨークシャ地方北部にある小さな国教会の壁画を復元するためにロンドンからやって来たトム・バーキンは、戦争後遺症のために頬の痙攣や悪夢に苦しめられている青年。しかし1人でやる仕事はこれが初めてで、バーキンは今回の仕事を見事に仕上げようと張り切っていました。そんなバーキンをまず歓迎したのは、チャールズ・ムーン。ムーンは村の住人の先祖の墓探しを請負いつつ、この教会がサクソン人が建てた初期キリスト教時代の聖堂であることを見抜いて、密かにその発掘調査をしていました。お互い先の大戦を経験した仲間ということもあり、2人はすぐさま意気投合します。

戦争で悲惨な体験をし、しかも妻のヴィニーに手ひどく裏切られたバーキンが、仕事で訪れた北部ヨークシャでひと夏を過ごすうちに癒されていくという物語。安い報酬で引き受けた仕事なんですが、バーキンにとっては初の1人での仕事。幸い漆喰の下に隠れている絵画は綺麗に保存されているようで、やりがいのある仕事となります。美しい田園での生活、そして村人たちとの交流。戦争後遺症を共有するムーンの存在と、バーキンがその美しさに目を奪われるアリス・キーチの存在。バーキンの仕事は国教会での仕事ですが、メソジスト派の駅長一家の存在も大きいんですよね。
読み進めるうちに、これらの物語が回想であることが徐々に分かってきます。今はもう失われてしまった若い頃の美しい日々を愛しむ未来のバーキン。過ぎ去ってしまったからこそ、その日々は一層美しく...。まるで教会の壁画そのもののように、塗りこめられてしまった過ぎ去った日々が蘇ってきます。(白水uブックス)

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片目の野良猫のフレデリックは、その晩はネズミの王・マードックが現れないのを確かめ、ひどい悪臭のする番犬・シーザーの小屋の前を忍び足で通り過ぎ、パン屋の裏口へ。いつもパン屋の奥さん「でぶのムー」が温かいミルクの皿を階段の下に置いてくれるのです。ミルクを飲んだフレデリックは、パン屋の見習いのエントンが出した熱い灰の入ったバケツのふたで丸くなり、ネズミたちのたてる音に耳を傾け、大熊座の上に小さく光っている星を不思議に思い、その星の夢、銀色の毛とアクアマリンのように青い目、金色の爪を持ち、水晶でできた鈴がついたリボンつけた美しい猫の夢をみます。そんなフレデリックを訪ねて来たのは、しっぽをなくしたカストロ。フレデリックとカストロ、そして肩を痛めたリンゴは、三銃士ならぬ三銃猫なのです。

ドイツのファンタジー。物語には2つの流れがあって、1つはフレデリックとカストロとリンゴという3匹の猫と犬のシーザー、そしてネズミの王・マードックが率いるネズミたちの物語。もう1つは、フレデリックたちの物語や夜空に輝くちび星の物語を雪フクロウのメスランテアが銀色猫のエンリルに語って聞かせる物語。フレデリックたちの場面は冒険物語のようで楽しいし、メスランテアとエンリルの場面はそれとは対照的にとても美しいもの。帯には「魂の成長を描いた、感動のファンタジー!」とあるし、確かに3匹の猫たちが、自分にとって一番大切なものとは何なのかを知るという成長物語になってるんですが... でも、どこかしっくりと来ないんですよね。詰めが甘いというか何というか。この本の単行本版の紹介で「ふたつの物語が並行して進み、一気に感動の結末へ!」とあったんですが、ラストは言うほど盛り上がらなくて「感動の結末」という感じではなかったし。せっかくの猫の話なのに、イマイチ楽しめなくてちょっと残念。(白水uブックス)

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19世紀末。エルヴェ・ジョンクールは、20年かけて南仏の町・ラヴィルデューを養蚕の町にしたバルダビューに誘われて、蚕の卵の売買の仕事を始めることになります。しかしやがてヨーロッパの養蚕農家は疫病に悩まされるようになり、その疫病はじわわと全世界に及ぶのです。蚕の卵が疫病に冒されていないのは、世界中で日本だけ。32歳のジョンクールは、最近まで鎖国をしていたという日本へと向かうことに。

絹を生み出す蚕、そしてそれを巡る人々の物語。
まず「日本の読者へ」という序文があって、ここに描かれている日本は西洋人の空想の中に存在する日本だと書かれていました。日本人に読まれることを想定しないで書いたので、日本人にとってはあり得ない姿かもしれないし、登場する日本語の名前に抵抗を感じるかもしれない、と。確かにここに描かれているのは、西洋の映画に登場するようなエキゾティックな日本の姿。でもハリウッド映画の「フジヤマ・ゲイシャ」じゃなくて、もっとしっとりと静かな雰囲気なんですよね。だから私は逆に、イタリア人の思い描く「幻想の日本」として結構楽しめたかも。「ハラ・ケイ」なんて名前が出てくるたびに、妙に反応してしまうんですが。(笑)
そしてバリッコがその「ハラ・ケイ」という名前を使ったのは、言葉の響きがとても好きだったからなのだそう。それも含めて、全体的にそういう感覚的なものをすごく大切にした作品なんですね。訳者あとがきに、作者が「物語がひとりでに透けて見えてくるようにしたかった」と語っていたとある通り、ものすごく光を感じる物語でした。太陽の光をそのまま仰ぎ見るのではなくて、ごくごく薄い絹の布ごしに感じる光。(ん? なんだか几帳のような... ああ、「窯変源氏物語」が私を呼んでいる!) 文章もまるで詩を読んでいるようで音楽的だし(バリッコは実際、音楽学者でもあるらしいです)、そんな文章で描かれた場面場面はとても幻想的。特にハラケイの家を訪れて美しい女性に出会う場面は、まるで夢の中の一場面のようです。話がどうこういうよりも、感覚的に楽しむ作品なんだろうな、きっと。(白水uブックス)


+既読のアレッサンドロ・バリッコ作品の感想+
「海の上のピアニスト」アレッサンドロ・バリッコ
「絹」アレッサンドロ・バリッコ

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南に向けて6時間も飛びっぱなしだったカモメたちの一団は、見張り係がみつけたニシンの群れを目指して急降下。しかし銀色の翼のケンガーが4匹目のニシンをとりに海に潜った時、見張り係の警告の叫び声が。ケンガーが海面に頭を出した時、既に仲間たちの姿はありませんでした。警告は、海に原油が広がっていることを知らせるものだったのです。羽に原油がべっとりとついたカモメは、魚の餌食になるか餓死するさだめ。ケンガーはなんとか飛び立つことに成功するものの、やがて力尽きてハンブルクの一軒の家のバルコニーに墜落。そこにはゾルバという黒い猫がいました。自分の命が長くはないことを悟ったケンガーは、自分の産む卵をゾルバに託すことに。そして卵を食べないこと、ひなが生まれるまで卵の面倒をみること、そしてひなに飛び方を教えることをゾルバに約束させます。

ゾルバ、大佐、秘書、博士、向かい風といった猫たちと、フォルトゥナータと名づけられたカモメとの友情物語。「港では、一匹の猫の問題は、すべての猫の問題だ」「港では、一匹の猫が名誉にかけて誓った約束は、港じゅうのすべての猫の約束じゃ」という言葉のもとに、死んでいったカモメのケンガーとの約束は厳重に守られることになります。でも何でも載ってる博士の百科事典にも、カモメの育て方は載ってないんですよね。猫たちのカモメのヒナ育ては、全く手探り状態でスタート。ゾルバは綺麗な石みたいだなと思いつつも卵を温め続け、やがて生まれたヒナにハエを取ってやり、人間たちに見つからないように場所を移し、ヒナを狙わないように野良猫と下水管のネズミに話をつけます。フォルトゥナータをという名前になったヒナは、猫たちの愛情に包まれて育つんです。自分も猫だと思いたくなるほどまでに。
この猫たちがすごくいいんです。なんていうか男気があってカッコいい。私は本当は動物モノってあんまり好きじゃないんですけど、これは良かったなあ。とてもシンプルな物語なんですけど、とても力強くて愛情もたっぷり。ヨーロッパでは「8歳から88歳までの若者のための小説」という副題で刊行されたと聞いて納得です。確かに一見童話のような作品だし、すぐ読めてしまう短さなんですけど、これは単なる子供向けの作品ではないですね。子供も大人もそれぞれに楽しめる作品。なかなかいいものを読みましたー。(白水uブックス)

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ダヴンホール島のチャイナタウンで生まれ育ったマークは、生まれつき真っ白い髪をした少年。そのマークが、母親の足元に見知らぬ男の死体が横たわってるのを見たのは19歳の時。マークはそのまま回れ右をして島を出て行きます。島と本土を行き来する小さい船で働きながら、決して島に降り立とうとはしないマーク。そして15年が経った時。ダヴンホール島にやって来た青いドレスの娘に心を奪われたマークは、娘がなかなか戻って来ないのに苛立ち、15年ぶりに島に降り立ちます。しかし娘は見つからず、マークは母と再会。そして15年前に死んだ男の声、バニング・ジェーンライトの生涯を語る声を聞くことに...。

裏表紙に「仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら...」と書いてあったので、てっきりヒトラーのif物、第二次世界大戦でナチスが勝ち、その勢力が全世界に及んでいく話なのかと思ったら! いや、確かにヒトラーは生きてるんですけどね。そういう話ではなかったんですね。そして裏表紙に「ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え」ともあったので、最初に出てくる少年がそのポルノグラファーになるのかと思ったんですけど、どうやらそれも違うみたいで、そうこうしてるうちにバニング・ジェーンライトの話が始まっちゃうし。しかもそのバニング・ジェーンライトの話の中にも、いくつもの話の流れがあるんです。面白くてどんどん読み進めてしまうんですけど、えっ、これってどういうこと? 話はあとでちゃんと繋がるの? このまま読み進めちゃって本当に大丈夫...? なんて不安になってしまいました。
それでもとりあえず読み続けてたら。「あっ」と思った瞬間全てが繋がってました。そうか、よく分からなかったあの場面はこういうことだったのか! あれもこれも、そういうことだったのか! いきなり目の前がクリアになりました。オセロゲームで、いきなりパタパタと駒がひっくり返って、黒一色に見えた盤上が白一色になってしまった時みたいな感覚。
そうか、これはパラレルワールドじゃないんですね。パラレルワールドと言えるほど平行してないもの。捩れて絡まりあって侵食しあってます。そうか、クリストファー・プリーストの「双生児」か。あと、先日読んだばかりのガルシア=マルケス「百年の孤独」も? いや、凄かったな。これはもう一同最初に戻って読み返してみなくっちゃ。そうすれば、もう少し全体像を掴みながら読めるよね。ああ、作者の理解力を持ってこの作品を読みたい。って、理解力のなさを暴露してるようですが、そこはそれ、隅々まで理解したいということで♪

...で、結局カーラって誰だったんでしょうか?(す、すみません、よく分からなくて...)(白水uブックス)

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19世紀末。葉巻店主の息子として生まれたマーティン・ドレスラーは、9歳の時に既に葉巻やパイプ、煙草に関する知識を十分持ち、客の気質を素早く見抜いてはぴったり合った品を勧めるのを得意としていました。人々はマーティンを気に入り、その判断を信頼していたのです。やがてヴァンダリン・ホテルの早番フロント係のチャーリー・ストラトマイヤーに、ホテルのロビーの葉巻スタンドでは売っていない高級パナテラ葉巻を毎日届けることによって、ビジネス上の初の成功を収め、14歳の時にマーティンはヴァンダリン・ホテルのベルボーイとして働くことになります。

今回主人公として描かれているマーティン・ドレスラーという人物像自体は、ミルハウザーが描いているほかの人物たちと基本的に同じ。自分の興味の対象に打ち込んで、素晴らしい作品を作り上げるというのも同じ。でもマーティン・ドレスラーは芸術家じゃないんですよね。アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインと同じように確かに職人気質なんだけど、マーティン・ドレスラーが作り出すのは時代を先取りするようなカフェレストランでありホテルであり、決して自動人形や絵画やアニメーションではないんですよねえ。そしてもう1つ違うのは、彼には全面的にお膳立てを整えて後押ししてくれる人間がいないということ。そういう人間の存在によって、アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインは自分の作り出す芸術品に没頭していればそれで良かったんだけど、マーティン・ドレスラーは自分が作り出す立場でもあり、全面的にお膳立てを整える立場でもあり、なんですよね。その都度パートナーはいるんだけど、気がついたら去っていってしまっていて。
いつものようにミルハウザーらしさを堪能できたし、今回は長編のせいかマーティン・ドレスラーの感情の移り変わりもいつも以上に濃やかに描かれていたんですけど、やっぱりどこか違うなあって気も...。いつもと同じような人物造形だけに、生み出すものに期待してしまうのかな。レストランやホテルというのがリアルすぎるんですよね、多分。あまり夢みる対象にはならないからかも。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー
「マーティン・ドレスラーの夢」スティーヴン・ミルハウザー

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