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ギリシャ軍によるトロイ城包囲が7年過ぎた頃。アガメムノンやユリシーズたちは、ギリシャ軍の華・アキリーズを戦場に駆り立てようとしていました。しかし自分の力や名声に酔いしれ、すっかり高慢になっていたアキリーズは、毎日パトロクラス相手にふざけたり、アガメムノンらを嘲るばかり。なかなか戦争に参加しようとしないのです。そんな時、トロイ軍の将軍・イーニーアスがギリシャの軍営を訪れます。それはプライアム王の息子であり、トロイ軍の大将であるヘクターからの一騎打ちの申し出。ユリシーズの提案でヘクターの相手に決まったのは、エージャックス。そしてその頃、パリスの弟のトロイラスは、クレシダに一途に恋をしており、クレシダの叔父であるパンダラスに仲を取り持ってくれるよう頼んでいました。

ギリシャ・ローマ時代の神話や出来事を題材に取ったような後世の作品で何が困るって、人名が違ってしまうこと。先日ラシーヌの戯曲を読んだ時も、「フェードル」がパイドラのことで、「アンドロマック」がアンドロマケーのことで、なんてところで苦労したんですが、こちらもそうでした。トロイラスやクレシダ、アガメムノンはまあいいとして、ユリシーズはオデュッセウス、アキリーズはアキレウス、エージャックスは大アイアース。プライアム王はプリアモス王、ヘクターはヘクトル、イーニーアスはアイネイアースのことなんです。確かにシェイクスピアは英語で書いてるから、私が馴染んでいるギリシャ語読みとは違っていても仕方ないんですが...。英語読みだと軽いですね。なんだか調子出ないなー。(笑)
でも、シェイクスピアの戯曲の中ではかなり評価が低い作品のようなんですけど、人名がきちんと飲みこめてしまえば、これが結構面白く読めました。まず可笑しかったのは、ヘクターと戦うことが決まったエージャックスを、ユリシーズやアガメムノン、ネスターやダイアミディーズがおだてつつ、実は虚仮にしているところ。そしてギリシャ陣営にやって来たクレシダをギリシャの将軍らが歓迎しているところ。これはどっちも日本語で読んでも笑えるような訳になってるんです。読みながら思わずくすくす笑いが漏れてしまったほど。訳者の小田島雄志さん、スゴイ!

この作品では「トロイの城壁が七年にわたる包囲にも屈せず」とあるんですが、アキリーズがアガメムノンに対して怒っているので、おそらくホメロスの「イーリアス」と同時期の話なんでしょうね。(「イーリアス」はトロイ戦争の10年目) この「トロイラスとクレシダ」はタイトル通り、トロイの王子・トロイラスと、トロイの神官でありながらギリシャに寝返った神官カルカスの娘・クレシダという2人の悲恋物語ではあるんですが、それと平行して進んでいくのはトロイ戦争の顛末。というか、むしろ戦争の方が比重としては重いかもしれません。戦う気をまるで失っているアキリーズを、それと悟らせないように遠回し遠回しに戦場に引っ張り出すユリシーズの知略の物語。戦争ばかりだと観てる人が飽きてしまうだろうからと、ちょっと恋物語を入れて潤わせてみましたーという感じ?
人物の造形は、ホメロスの「イーリアス」とは、結構違ってました。一番目についたのは、ユリシーズに対するアキリーズの態度。「イーリアス」では、アキリーズはアガメムノンに対しては敵意を燃やしながらも、ユリシーズに対して敬愛の情を示してたんですよね。アガメムノンが折れて出た時も、ユリシーズが仲介役となったほど。でもこっちの作品でのアキリーズは、親友のパトロクラス以外の人間は全て見下してるんです。ユリシーズのことも。しかもアキリーズがヘクターを討ち取る場面が! これはないだろうという卑怯なやり口なんです。それまでのギリシャ陣営とヘクターの正々堂々としたやり取りからすると考えられなーい!

でも、やっぱり評判があまり高くないだけあって、ちょっと不思議な作品でもありました。それは、唐突に終わってしまうこと。ここで終わる? これから後はどうするの? もう呆気にとられてしまうような幕切れ。これは一体何だったんだーー。この作品は、シェイクスピアの作品の中でも「問題劇」という扱いをされてるそうなんですが、それも納得。現代の小説でも、ここまで読者に丸投げの作品はあんまりないんじゃないかしら。それに一応悲劇に分類される作品のようなんですが、とてもじゃないけど悲劇とは思えません。確かに愛は破局を迎えるんですけど、それでもこれって喜劇なんじゃ...?

シェイクスピアの作品に先んじて、チョーサーも同じ題名の作品を書いてるんですよね。日本では「トロイルス」という題名で訳されているようです。こちらではクレシダの造形がかなり違うようなので、そちらもぜひ読んでみたいなあ。そして「イーリアス」と並んでトロイ戦争についての筋の主な材源となっているという、ジョン・リドゲイド「トロイの書」、ウィリアム・キャクストンの「トロイ史集成」、チャップマン「イリアッド」も読んでみたいです... が、この3つは、どうやら日本語には訳されてないみたい... 残念。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」シェイクスピア

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33歳の未亡人のリリアが、23歳のキャロライン・アボットと1年のイタリア旅行に出ることになります。チャールズ・ヘリトンが10年前に周囲の反対を押し切ってリリアと結婚して以来、ヘリトン夫人を始めヘリトン家の人々は、リリアをヘリトン家の嫁として恥ずかしくない人間になるように教育し続け、それはチャールズの死後も続いていました。しかしリリアは主婦としても奥様としても落第。ヘリトン家の面々は、リリアが真面目なキャロライン・アボットの感化を受けることを期待して送り出します。そんな期待を知ってか知らずか、イタリアから楽しそうな手紙を頻繁によこすリリア。しかしそんな時、突然リリアが婚約したという知らせが舞い込み、ヘリトン家は大騒ぎに。

「天使も踏むを恐れるところ」とは、18世紀のイギリスの詩人・アレキサンダー・ポープの「批評論」の中の一節「天使も足を踏み入れるのをためらう場所に、愚か者は飛び込む」から取られたもの。無知と軽率さを笑い、賢明で慎重な行動の大切さを説く言葉です。この作品の場合、「愚か者」は明らかにリリア。でも「天使」はどうなんでしょう。訳者あとがきには違うことが書かれていたんですけど、私としてはむしろキャロライン・アボットのように思えるんですが... もちろんあとがきに書かれていた人物も確かにそうなんですけどね。しかもキャロライン・アボットは揺れ動いていて、それほど「賢明」で「慎重」な存在とは言えないんですが。
自由奔放で、裕福で上品なヘリトン家の家風に合わずに結婚して以来というもの窮屈な思いをしてきたリリア。彼女の同伴者となるキャロライン・アボットは、常識的な真面目な女性。そしてハンサムなイタリア男のジーノは、自由でおおらかな精神の持ち主。細かいことに一喜一憂し、自分たちが認められないことは直視しようとしないイギリス勢と、全てをそのまま受け入れて認めるイタリア勢のお国柄も対照的なら、奔放なリリアと真面目なキャロライン・アボットの造形も対照的。そしてそこで右往左往するのは、イギリス人でありながらイタリアを賛美するリリアの義弟・フィリップ。彼の橋渡しにもならない滑稽な姿も印象的です。「愚か者」のリリアなんですが、愚か者なりに自分に正直に求めるものを求め、それを得ることになるんですよね。キャロラインもまた求めてはいるんですが、賢明かつ慎重でありたい彼女には、リリアのように軽率な行動を取ることは許されず...。ただし、軽率な行動はそれなりの結果をももたらすもの。結果的に誰が一番幸せだったんでしょうね。とても滑稽でありながら、同時に深い喪失感も残る作品。全てにおいて両極端な悲喜劇だったように感じられました。(白水uブックス)

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毎日どこかの広場で説教をする男と常に一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色く、大きな口の中に見えるのは黄色い歯並み。男と犬の奇妙なつながりに興味を引かれた「ぼく」は、男のあとをつけるようになり... というフリードリヒ・デュレンマットの「犬」他、全18編の幻想小説アンソロジー。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。面白い作品もあったんですけど... でも、うーん、今ひとつぴんとこない作品も多かったかも... 今回ピンと来なかった作品については、いずれリベンジしようと思います。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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ノリーことエレノア・ウィンスロウは、お父さんとお母さんと2歳の弟と一緒にアメリカからイギリスに引っ越してきた9歳の女の子。イギリスのスレルという町でスレル校というところの小学部に通っています。将来の夢は、歯医者さんかペーパーエンジニアになること。最近とても好きなのは中国の女の子の絵を描くこととお話を作ること。

ニコルソン・ベイカーの本は「中二階」に続いて2冊目。でもその「中二階」とも全然雰囲気が違うし、「Hで愉快な電話小説」だという「もしもし」とも、「時間を止めて女性の服を脱がせる特技をもつ男の自伝」だという「フェルマータ」とも全然違う(はず)の作品。だってこの作品は、全編9歳のノリー視点の物語なんですもん! ニコルソン・ベイカーが自分の娘をモデルに書き上げたようで、かーなりのユニークな作品。「中二階」みたいな作品を書く人の娘だけあって、さすがに思考回路が理屈っぽいなーとも思うんですが(笑)、理屈っぽくても子供っぽい可愛らしさもたっぷりなので、全然大丈夫。ノリー、可愛いです! でもこの子供らしい様々な間違いも含めて全て日本語らしい日本語に訳すのは大変だったでしょうねえ。岸本佐知子さん、ほんと適材適所です。

アメリカで親友だったデボラと離れたのは寂しいけれど、新しい学校でもキラという仲良しの女の子ができるノリー。でも同じクラスのパメラという女の子がいじめられていているのを黙って見過ごしていることができないんですね。で、パメラとも仲良くなっちゃう。だってパメラは悪いことなんて何にもしてないし、ノリーが転校したばかりの時に道が分からなくなったノリーに親切にしてくれたんだから。でもパメラと一緒にいるだけで、ノリーも相当からかわれることになるんです。ノリーの仲良しのキラも、パメラと仲良くするとノリーもいじめられちゃうようになるよ、と何度も言ってますしね。こういう時、自分もいじめられるのが怖くて、嫌いでもないのにいじめっ子たちと一緒になって笑ったりしてしまう子の方が断然多いと思うんですが、ノリー、強いです。からかわれた時も、どれだけ効果的に反撃するか頑張ってますから。でもそんなノリーも常に自信たっぷりというわけではないのが、逆に人間らしいところでいいのかも。そんな時も、やっぱりノリーの思考回路って面白いんです。(白水uブックス)


+既読のニコルソン・ベイカーの作品+
「中二階」ニコルソン・ベイカー
「ノリーのおわらない物語」ニコルソン・ベイカー

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50年ほど前、ロンドンに1人の豪商と義足作りに関しては類まれな腕の持ち主の親方がいた頃の物語。足を失った豪商は早速親方を呼びつけます。そして体にきっちりと合い、軽く、ひとりで勝手に歩き出すほどの脚が欲しいと注文するのですが... という「義足」他、全14編。

先日イギリス幻想小説傑作集を読んだ時に奇妙な世界の片隅でのkazuouさんに勧められたのが、この「スペイン幻想小説傑作集」。
スペイン文学はリアリズムが主流と言われてるんですが、これはスペインに早くからキリスト教が広まっていたこと、回教徒の侵入に抵抗するために異教的要素を極力排する必要があり、民間信仰や民間伝承の幻想譚が切捨てられたこと、そして宗教改革時に、そういった物語が再び断罪されたことが大きく関係しているのだそう。でも紀元前にケルト人の侵入を受けたイベリア半島北西端のガリシア地方なんかは、雨の多い陰鬱な気候と相まって、今でも民間信仰や異教的雰囲気をかなり残してるし、神秘的・幻想的作品を沢山生み出しているのだそうです。

「イギリス幻想小説傑作集」は怪奇的な作品が多かったんですが、こちらはユーモアがかった作品が多かったかな。特に可笑しいのは上にあらすじを書いた「義足」。すごいブラックユーモアなんですけどね。まさか、義足に連れられて世界中を駆け巡ってしまうとはー。(しかも最後の最後まですごいんです) あと、貧しくとも美しい主人公で、拾った人形を大切にするうちにその人形に魂が宿ってしまう... という一見昔ながらのおとぎ話のような「人形」という作品も、実はユーモアたっぷり。でもこちらは際どい路線。シニカルな笑いなのは、骸骨になってしまった登場人物たちが可笑しい「ガラスの眼」。
ちょっと読んだことのない雰囲気でびっくりしたのは、突然世界が真っ暗闇に覆われてしまった...! という「暗闇」。火が燃えていても、目には見えないんです。なので世界が暗闇になったというより、人々が突然みんな盲目になっちゃったってことなんですけど、主人公の目覚めた頃の長閑な雰囲気が一転して、この世の終わりといった感じになるのが迫力。そしてこの本で一番幻想的な作品だなあと思ったのは(私のイメージの「幻想」ですが)、学校をずる休みした少年が原っぱの祭りに行って、射的で特賞の島を当ててしまうという「島」。これはちょっと恒川光太郎さんの「夜市」(感想)みたいな感じ。この世とあの世の境界線が曖昧で... こういう雰囲気は大好き。

この中にアルバロ・クンケイロの「ポルトガルの雄鶏」という作品があって、この短篇自体はあんまりどうってことないんですけど(失礼)、アーサー王伝説の魔法使い・マーリンが主人公の「マーリンと家族」という長編からの抜粋なんだそうです。マーリンが主人公だなんて、これは読んでみたいなあ。でも未訳。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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社交界の花・サノックス卿夫人と名外科医・ダグラス・ストーンの仲は公然の秘密。しかし夫人がある日突然きっぱりと修道院に入ってしまったことから、いたるところで噂話が飛び交います。しかもその時、ダグラス・ストーンは泥酔してうつろな笑いを浮かべながら従僕と共にベッドに腰掛けていたというのです... というアーサー・コナン・ドイル「サノックス卿夫人秘話」他、全12編の収められた短篇集。

ええと、今年ぜひとも読みたいと思っている幻想文学なんですが... この本の「幻想」って「幻想」というより「怪奇」? 幻想味はあるんだけど、それが不気味な方向に出てる作品が多かったです。面白い作品は結構ありましたが、幻想という意味ではどうなんだろう。ホラー系は基本的にあまり得意ではないので、怖くなりすぎたらどうしよう、と読みながらドキドキしてしまいました。初っ端のコナン・ドイルからして、結構怖かったんですよぅ。

この中で私が好きだったのは、嵐の日に風に飛ばされてきた幽霊船に、村の若い幽霊たちがラム酒を飲みに通っちゃう「幽霊船」(リチャード・バラム・ミドルトン)。なんとも長閑な幽霊話で、こういうのは好き好き。それと、眠るたびに林檎の樹に覆われた谷間の情景の夢を見るという「林檎の谷」(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ)も良かったです。一番の大きな林檎の樹の枝が分かれているところに金髪の美しい魔女が立ち、林檎を片手に歌っているんですけど、その下の谷底には男の骸がいっぱいなんですよね。さすがダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、絵画のような美しさがありました。あと、インド版狼男話の「獣の印」(ラドヤード・キプリング)も。でもこれは子供の頃に読んだことがあるような気がする...。
読んだことがあるような気がするといえば、「屋敷と呪いの脳髄」(エドワード・ブルワー=リットン)と「ポロックとポロの首」(H.G.ウェルズ)の2作も読んだことがあるような気がします。多分、なんですけどね。エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」なんかと同じ本に入ってた、なんてことはないかしら。いずれにせよ子供の頃に図書館で借りた本だと思うので、今となってはよく分からないのだけど。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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「互いにベージュ色の高価なレインコートに身を包んで出会いましょう。豆スープのようにどんよりした霧の夜に。まるで探偵映画もどきに。」という文章で始まる「別の女になる方法」他、「離婚家庭の子供のためのガイド」「母親と対話する方法」「作家になる方法」など全9編。

これはハウツー本の文体で書かれた小説、ということでいいのかな。どれも内容的には結構スゴイことが書かれてるのに、文章がとにかく淡々としてるので、なんだかまるでごく普通の事務的な説明を受けているだけのような錯覚に陥ってしまうという、とっても不思議な作品です。
とにかく淡々... たとえば「作家になる方法」の冒頭はこんな感じ。

作家になるためには、まず最初に、作家以外のものになろうとしてみることです。どんなに途方もないものでもいいのです。映画スターと(か)宇宙飛行士。映画スターと(か)宣教師。映画スターと(か)幼稚園の先生。世界大統領、大いに結構。そしてミジメな挫折を味わうことです。早ければ早いほどいいのです。十四歳で挫折を知るなんて理想的。早いうちに決定的に幻滅することが、くじけた夢に関する長い俳句を十五歳でひねり出すのに必要な条件なのです。

ちょっと面白いでしょう? ハウツー物を小説にしてしまうなんて、アイディアですよねえ。全編こんな感じで物語が始まるんです。
表面に現れてるのは、シニカルなユーモアセンス。でも基本的に不倫とか離婚とか挫折とか死がテーマになっているので、奥底から寂しさや絶望感が滲み出てくる感じ。でも面白いとは思うんだけど、純粋に好みかと言えば、あまり好みではなかったかも。例えばアメリカ人が読むと、私が今読んでいるよりももっとすごく面白く感じるんだろうな、なんて思っちゃうんですよね。そんな、いかにもアメリカ~なユーモアセンス。そうでなくてもユーモア物って難しいのに。その時の自分自身との波長が合うかどうかというのも、かなり重要ポイントになってきますしね。日本物のユーモアだって合う合わないが激しいのに、ましてや外国物ときた日には、って感じかな。(白水uブックス)

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17世紀、清教徒革命下のイギリス。テムズ川に捨てられていた赤ん坊は、50匹の犬と共に暮らし犬たちを闘犬やレースに出して生計を立てている「犬女」に拾われ、ジョーダンという名前をつけられることに。成長したジョーダンは、自分の中に見えないインクで綴られたもう1つの人生があることに気付き、かつて野イチゴが高く香る家で見かけた踊り子・フォーチュナータを探して旅立ちます。

本の紹介に「幻の女フォーチュナータを捜して時空を超えた冒険の旅に出る」なんて書かれていたので、もう少しSF寄りの作品なのかと思っていたのですが、全然違いました! これはファンタジーなのですねー。放っておけば、もう空想がどこまででも広がってしまいそうな不思議な作品。まるで生まれつき軽すぎて天井に頭をぶつけそうになった3番目のお姫さまのエピソードみたい。でもそのまま飛んでいってしまうのではなく、危ういところでへその緒に引っ張られるんです。王女さまもこの物語も。神話とか聖書とかのエピソードもあり、歴史的でもあり、何ていうかものすごく懐が深いなあ... しかもそこかしこに私が好きな雰囲気がたっぷり。女の掃除人が掃除する様々な色の雲のエピソードも、宙吊りの家での生活も、恋が疫病扱いされている町の話も、そして12人の王女たちの物語も...!
でもこういったファンタジックな物語は、ジョーダンの側の物語なんですよね。これと平行して進んでいくのは、もっと現実的な17世紀のイギリスを描いた「犬女」の物語。こちらのベースはあくまでも史実に忠実。でも「犬女」の存在だけはファンタジーなんですよねえ。ジョーダンがそのファンタジックな世界の中で1人リアルな存在だったように。
リアルでありながらファンタジック、ロマンティックでありながらグロテスク。でも美しい! この本に詰まっているエピソードは、まるでピューリタンたちに割られてしまった教会のステンドグラスの色ガラスに、日の光が当たって色んな色が石畳に映って踊っているような感じです。

冒頭で時間についての言葉が書かれています。

ホピというインディアンの種族の言語は、英語と同じくらい高度に洗練されているにもかかわらず、時制というものがない。過去、現在、未来の区別が存在しないのだ。このことは、時間について何を物語っているのだろう?

まさしくこの言葉の通りの作品だったかも。 (白水uブックス)


+既読のジャネット・ウィンターソン作品の感想+
「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン
「オレンジだけが果物じゃない」ジャネット・ウィンターソン

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ヨークシャ地方北部にある小さな国教会の壁画を復元するためにロンドンからやって来たトム・バーキンは、戦争後遺症のために頬の痙攣や悪夢に苦しめられている青年。しかし1人でやる仕事はこれが初めてで、バーキンは今回の仕事を見事に仕上げようと張り切っていました。そんなバーキンをまず歓迎したのは、チャールズ・ムーン。ムーンは村の住人の先祖の墓探しを請負いつつ、この教会がサクソン人が建てた初期キリスト教時代の聖堂であることを見抜いて、密かにその発掘調査をしていました。お互い先の大戦を経験した仲間ということもあり、2人はすぐさま意気投合します。

戦争で悲惨な体験をし、しかも妻のヴィニーに手ひどく裏切られたバーキンが、仕事で訪れた北部ヨークシャでひと夏を過ごすうちに癒されていくという物語。安い報酬で引き受けた仕事なんですが、バーキンにとっては初の1人での仕事。幸い漆喰の下に隠れている絵画は綺麗に保存されているようで、やりがいのある仕事となります。美しい田園での生活、そして村人たちとの交流。戦争後遺症を共有するムーンの存在と、バーキンがその美しさに目を奪われるアリス・キーチの存在。バーキンの仕事は国教会での仕事ですが、メソジスト派の駅長一家の存在も大きいんですよね。
読み進めるうちに、これらの物語が回想であることが徐々に分かってきます。今はもう失われてしまった若い頃の美しい日々を愛しむ未来のバーキン。過ぎ去ってしまったからこそ、その日々は一層美しく...。まるで教会の壁画そのもののように、塗りこめられてしまった過ぎ去った日々が蘇ってきます。(白水uブックス)

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片目の野良猫のフレデリックは、その晩はネズミの王・マードックが現れないのを確かめ、ひどい悪臭のする番犬・シーザーの小屋の前を忍び足で通り過ぎ、パン屋の裏口へ。いつもパン屋の奥さん「でぶのムー」が温かいミルクの皿を階段の下に置いてくれるのです。ミルクを飲んだフレデリックは、パン屋の見習いのエントンが出した熱い灰の入ったバケツのふたで丸くなり、ネズミたちのたてる音に耳を傾け、大熊座の上に小さく光っている星を不思議に思い、その星の夢、銀色の毛とアクアマリンのように青い目、金色の爪を持ち、水晶でできた鈴がついたリボンつけた美しい猫の夢をみます。そんなフレデリックを訪ねて来たのは、しっぽをなくしたカストロ。フレデリックとカストロ、そして肩を痛めたリンゴは、三銃士ならぬ三銃猫なのです。

ドイツのファンタジー。物語には2つの流れがあって、1つはフレデリックとカストロとリンゴという3匹の猫と犬のシーザー、そしてネズミの王・マードックが率いるネズミたちの物語。もう1つは、フレデリックたちの物語や夜空に輝くちび星の物語を雪フクロウのメスランテアが銀色猫のエンリルに語って聞かせる物語。フレデリックたちの場面は冒険物語のようで楽しいし、メスランテアとエンリルの場面はそれとは対照的にとても美しいもの。帯には「魂の成長を描いた、感動のファンタジー!」とあるし、確かに3匹の猫たちが、自分にとって一番大切なものとは何なのかを知るという成長物語になってるんですが... でも、どこかしっくりと来ないんですよね。詰めが甘いというか何というか。この本の単行本版の紹介で「ふたつの物語が並行して進み、一気に感動の結末へ!」とあったんですが、ラストは言うほど盛り上がらなくて「感動の結末」という感じではなかったし。せっかくの猫の話なのに、イマイチ楽しめなくてちょっと残念。(白水uブックス)

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19世紀末。エルヴェ・ジョンクールは、20年かけて南仏の町・ラヴィルデューを養蚕の町にしたバルダビューに誘われて、蚕の卵の売買の仕事を始めることになります。しかしやがてヨーロッパの養蚕農家は疫病に悩まされるようになり、その疫病はじわわと全世界に及ぶのです。蚕の卵が疫病に冒されていないのは、世界中で日本だけ。32歳のジョンクールは、最近まで鎖国をしていたという日本へと向かうことに。

絹を生み出す蚕、そしてそれを巡る人々の物語。
まず「日本の読者へ」という序文があって、ここに描かれている日本は西洋人の空想の中に存在する日本だと書かれていました。日本人に読まれることを想定しないで書いたので、日本人にとってはあり得ない姿かもしれないし、登場する日本語の名前に抵抗を感じるかもしれない、と。確かにここに描かれているのは、西洋の映画に登場するようなエキゾティックな日本の姿。でもハリウッド映画の「フジヤマ・ゲイシャ」じゃなくて、もっとしっとりと静かな雰囲気なんですよね。だから私は逆に、イタリア人の思い描く「幻想の日本」として結構楽しめたかも。「ハラ・ケイ」なんて名前が出てくるたびに、妙に反応してしまうんですが。(笑)
そしてバリッコがその「ハラ・ケイ」という名前を使ったのは、言葉の響きがとても好きだったからなのだそう。それも含めて、全体的にそういう感覚的なものをすごく大切にした作品なんですね。訳者あとがきに、作者が「物語がひとりでに透けて見えてくるようにしたかった」と語っていたとある通り、ものすごく光を感じる物語でした。太陽の光をそのまま仰ぎ見るのではなくて、ごくごく薄い絹の布ごしに感じる光。(ん? なんだか几帳のような... ああ、「窯変源氏物語」が私を呼んでいる!) 文章もまるで詩を読んでいるようで音楽的だし(バリッコは実際、音楽学者でもあるらしいです)、そんな文章で描かれた場面場面はとても幻想的。特にハラケイの家を訪れて美しい女性に出会う場面は、まるで夢の中の一場面のようです。話がどうこういうよりも、感覚的に楽しむ作品なんだろうな、きっと。(白水uブックス)


+既読のアレッサンドロ・バリッコ作品の感想+
「海の上のピアニスト」アレッサンドロ・バリッコ
「絹」アレッサンドロ・バリッコ

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南に向けて6時間も飛びっぱなしだったカモメたちの一団は、見張り係がみつけたニシンの群れを目指して急降下。しかし銀色の翼のケンガーが4匹目のニシンをとりに海に潜った時、見張り係の警告の叫び声が。ケンガーが海面に頭を出した時、既に仲間たちの姿はありませんでした。警告は、海に原油が広がっていることを知らせるものだったのです。羽に原油がべっとりとついたカモメは、魚の餌食になるか餓死するさだめ。ケンガーはなんとか飛び立つことに成功するものの、やがて力尽きてハンブルクの一軒の家のバルコニーに墜落。そこにはゾルバという黒い猫がいました。自分の命が長くはないことを悟ったケンガーは、自分の産む卵をゾルバに託すことに。そして卵を食べないこと、ひなが生まれるまで卵の面倒をみること、そしてひなに飛び方を教えることをゾルバに約束させます。

ゾルバ、大佐、秘書、博士、向かい風といった猫たちと、フォルトゥナータと名づけられたカモメとの友情物語。「港では、一匹の猫の問題は、すべての猫の問題だ」「港では、一匹の猫が名誉にかけて誓った約束は、港じゅうのすべての猫の約束じゃ」という言葉のもとに、死んでいったカモメのケンガーとの約束は厳重に守られることになります。でも何でも載ってる博士の百科事典にも、カモメの育て方は載ってないんですよね。猫たちのカモメのヒナ育ては、全く手探り状態でスタート。ゾルバは綺麗な石みたいだなと思いつつも卵を温め続け、やがて生まれたヒナにハエを取ってやり、人間たちに見つからないように場所を移し、ヒナを狙わないように野良猫と下水管のネズミに話をつけます。フォルトゥナータをという名前になったヒナは、猫たちの愛情に包まれて育つんです。自分も猫だと思いたくなるほどまでに。
この猫たちがすごくいいんです。なんていうか男気があってカッコいい。私は本当は動物モノってあんまり好きじゃないんですけど、これは良かったなあ。とてもシンプルな物語なんですけど、とても力強くて愛情もたっぷり。ヨーロッパでは「8歳から88歳までの若者のための小説」という副題で刊行されたと聞いて納得です。確かに一見童話のような作品だし、すぐ読めてしまう短さなんですけど、これは単なる子供向けの作品ではないですね。子供も大人もそれぞれに楽しめる作品。なかなかいいものを読みましたー。(白水uブックス)

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ダヴンホール島のチャイナタウンで生まれ育ったマークは、生まれつき真っ白い髪をした少年。そのマークが、母親の足元に見知らぬ男の死体が横たわってるのを見たのは19歳の時。マークはそのまま回れ右をして島を出て行きます。島と本土を行き来する小さい船で働きながら、決して島に降り立とうとはしないマーク。そして15年が経った時。ダヴンホール島にやって来た青いドレスの娘に心を奪われたマークは、娘がなかなか戻って来ないのに苛立ち、15年ぶりに島に降り立ちます。しかし娘は見つからず、マークは母と再会。そして15年前に死んだ男の声、バニング・ジェーンライトの生涯を語る声を聞くことに...。

裏表紙に「仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら...」と書いてあったので、てっきりヒトラーのif物、第二次世界大戦でナチスが勝ち、その勢力が全世界に及んでいく話なのかと思ったら! いや、確かにヒトラーは生きてるんですけどね。そういう話ではなかったんですね。そして裏表紙に「ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え」ともあったので、最初に出てくる少年がそのポルノグラファーになるのかと思ったんですけど、どうやらそれも違うみたいで、そうこうしてるうちにバニング・ジェーンライトの話が始まっちゃうし。しかもそのバニング・ジェーンライトの話の中にも、いくつもの話の流れがあるんです。面白くてどんどん読み進めてしまうんですけど、えっ、これってどういうこと? 話はあとでちゃんと繋がるの? このまま読み進めちゃって本当に大丈夫...? なんて不安になってしまいました。
それでもとりあえず読み続けてたら。「あっ」と思った瞬間全てが繋がってました。そうか、よく分からなかったあの場面はこういうことだったのか! あれもこれも、そういうことだったのか! いきなり目の前がクリアになりました。オセロゲームで、いきなりパタパタと駒がひっくり返って、黒一色に見えた盤上が白一色になってしまった時みたいな感覚。
そうか、これはパラレルワールドじゃないんですね。パラレルワールドと言えるほど平行してないもの。捩れて絡まりあって侵食しあってます。そうか、クリストファー・プリーストの「双生児」か。あと、先日読んだばかりのガルシア=マルケス「百年の孤独」も? いや、凄かったな。これはもう一同最初に戻って読み返してみなくっちゃ。そうすれば、もう少し全体像を掴みながら読めるよね。ああ、作者の理解力を持ってこの作品を読みたい。って、理解力のなさを暴露してるようですが、そこはそれ、隅々まで理解したいということで♪

...で、結局カーラって誰だったんでしょうか?(す、すみません、よく分からなくて...)(白水uブックス)

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19世紀末。葉巻店主の息子として生まれたマーティン・ドレスラーは、9歳の時に既に葉巻やパイプ、煙草に関する知識を十分持ち、客の気質を素早く見抜いてはぴったり合った品を勧めるのを得意としていました。人々はマーティンを気に入り、その判断を信頼していたのです。やがてヴァンダリン・ホテルの早番フロント係のチャーリー・ストラトマイヤーに、ホテルのロビーの葉巻スタンドでは売っていない高級パナテラ葉巻を毎日届けることによって、ビジネス上の初の成功を収め、14歳の時にマーティンはヴァンダリン・ホテルのベルボーイとして働くことになります。

今回主人公として描かれているマーティン・ドレスラーという人物像自体は、ミルハウザーが描いているほかの人物たちと基本的に同じ。自分の興味の対象に打ち込んで、素晴らしい作品を作り上げるというのも同じ。でもマーティン・ドレスラーは芸術家じゃないんですよね。アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインと同じように確かに職人気質なんだけど、マーティン・ドレスラーが作り出すのは時代を先取りするようなカフェレストランでありホテルであり、決して自動人形や絵画やアニメーションではないんですよねえ。そしてもう1つ違うのは、彼には全面的にお膳立てを整えて後押ししてくれる人間がいないということ。そういう人間の存在によって、アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインは自分の作り出す芸術品に没頭していればそれで良かったんだけど、マーティン・ドレスラーは自分が作り出す立場でもあり、全面的にお膳立てを整える立場でもあり、なんですよね。その都度パートナーはいるんだけど、気がついたら去っていってしまっていて。
いつものようにミルハウザーらしさを堪能できたし、今回は長編のせいかマーティン・ドレスラーの感情の移り変わりもいつも以上に濃やかに描かれていたんですけど、やっぱりどこか違うなあって気も...。いつもと同じような人物造形だけに、生み出すものに期待してしまうのかな。レストランやホテルというのがリアルすぎるんですよね、多分。あまり夢みる対象にはならないからかも。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー
「マーティン・ドレスラーの夢」スティーヴン・ミルハウザー

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カモの英語の成績は20点満点の3点。ロシア移民の祖母を持ち、自分でも10ヶ国語ぐら話せるお母さんは通信簿を見て怒りだし、カモに3ヶ月で英語を完璧にマスターしろと言いつけます。3ヶ月で外国語を1つ丸々覚えるなんて絶対無理、と抗議するカモにお母さんが渡したのは、英語っぽい響きの名前がずらりと並んだメモ用紙。それはペンフレンドの名前のリスト。カモがフランス語で手紙を書くと英語で返事が来るという仕組みで、3ヶ月も経てばバイリンガルになるというのです。そしてカモが15の名前の中から選ぶことになったのは「キャサリン・アーンショー」でした。

カモ少年のシリーズは、日本ではまだこの1作しか訳されていないんですが、4部作。フランスの小中学生に人気のシリーズなんだそうです。
いやね、カモ少年の文通相手の名前が「キャサリン・アーンショー」だという時点でオカシイとは思ったんですよ。「まさかね」とも思ったんだけど。でもそのキャサリン・アーンショーからの返事の内容が、まさにそのキャサリン・アーンショーならではの手紙で! うひゃーっ。(嬉)
こうなるとある程度展開が予想できたりもするんですけど、いやあ、楽しかったです。伏線がちゃんと生かされてて、それもなんだか粋な感じ。いいなあ。
後の方で「テッラルバ子爵」の甥、なんて人の話も出てきたりして、それもまたニマニマでした。でも「メイジー・ファランジュ」と「ゲイロード・ペンティコスト」は分からなかったな。これは何だったんだろう。気になるー。(白水uブックス)


+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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檻の前にいたのは、2時間以上も身動きせずにじっと立ち続け、青い毛並みのオオカミが行ったり来たりするのを眺め続けている少年。オオカミは、少年が一体自分に何をして欲しいのかと不思議に思います。そのうち飽きるだろうと考えるオオカミでしたが、少年は翌日もそのまた翌日も、そしてその翌日も、月に一度の休園日も、オオカミの檻の前に1日中立っていたのです。10年前に人間に生け捕りにされた日に片目を失って以来、人間に二度と興味を持つまいと誓っていたオオカミですが、やがて根負けして檻の中を歩き回るのをやめ、少年に真正面から向き合うことに。

今まで読んだダニエル・ペナックの作品って、マロセーヌシリーズの4冊だけなんですけど、そちらとはもう全然雰囲気が違っててびっくり。マロセーヌシリーズはもう本当に饒舌な作品でしたが、こちらはとっても静かなんです。外界から心を閉ざして檻の中を歩き続けるオオカミと、そのオオカミを見つめる少年が正面から向き合うことによって徐々に理解や信頼が生まれて、オオカミは再び生きる力を得るという物語。
読み始めた時は、児童文学?と思ったんですが、実際にはすごく深くて大人向きの作品ですね。子供のうちに読んでも楽しめるとは思うんですけど、本当に理解できるのは大人になってからでしょう。「先進国に対するアフリカ」とか「自然破壊」みたいに、表にはっきりと出てきてるテーマもあるんですが、一番大切なことはむしろ隠れてるし。読みながら、これはどういうことを意味してるんだろう?って1つずつ考えちゃう。
この作品に出てくる少年は、アフリカ生まれの黒人の少年なんですよね。フランス人作家のダニエル・ペナックがこんな作品を書いてるとはびっくりでしたが、モロッコのカサブランカで生まれ、両親とともにアジアやアフリカの各国で暮らした経験を持つのだそう。そうだったのか。納得です。 (白水uブックス)


+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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トランペット吹きのティム・トゥーニーが汽船ヴァージニアン号に乗り込んだのは、1927年1月のこと。一等の金持ち連中のために、二等船客のために、そして時々貧しい移民連中のためにと1日に3~4回ずつ演奏する日々が始まります。その船のジャズ・バンドの中にいたのが、ピアニストのダニー・ブードマン・T・D・レモン・ノヴェチェント。ノヴェチェントは、このヴァージニアン号で生まれた人間。ニューヨークに到着した時に、一等船客用のダンス室のグランドピアノの上に、段ボール箱に入れられて置き去りにされていたのです。1900年生まれのその赤ん坊はノヴェチェント(900)と呼ばれるようになり、やがて世界一のピアニストになることに...。

私は観てないんですが、映画「海の上のピアニスト」の原作ですね。中心となるのはトランペッターのモノローグ。彼が船の上で出会って親しくなったピアニストのノヴェチェントについて語っていきます。かっちりしたシナリオではないんだけど、モノローグの合間にト書きが書かれているので、本当に芝居の脚本を読んでいるような雰囲気。
船で生まれた赤ん坊はそのまま船に置き去りにされ、船の上で成長し、船で出会う人々の目を通して世界中を知ることになります。生まれてこの方一度も陸の土を踏んだことのないノヴェチェントは船を下りようなんて考えもしないんですけど、ある日突然言うんです。「ニューヨークで、あと三日したら、この船から降りるよ」
その時ノヴェチェントは32歳。でも、陸地から海が見たいと言ったノヴェチェントの足が3段目で止まってしまうんですね。この時のノヴェチェントの思いが終盤に明らかにされるのですが、これがすごく分かる...。この場面を読んだ時、ノヴェチェントの出すピアノの音がどんな音だったのか、なんだかとても分かるような気がしました。
本を読んだ限りのイメージでは、フルカラーの綺麗な映像の映画よりも、もっとシンプルな舞台で観たいなーという感じ。美しい映像で美しいピアノの音色を聴くのももちろんいいんですけど、もっとシンプルな方がノヴェチェントの生涯が際立ちそうな気がする... 実際にはどうだったのかしら?(白水uブックス)


+既読のアレッサンドロ・バリッコ作品の感想+
「海の上のピアニスト」アレッサンドロ・バリッコ
「絹」アレッサンドロ・バリッコ

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幼い頃から絵を描くのが好きだったフランクリンは、高校を卒業すると似顔絵描き、広告ポスター仕事を経て、新聞の漫画を描くようになり、じきに自宅でアニメーションを作り始めることに... という「J・フランクリン・ペインの王国」。昔々、川向こうの険しい崖の上に建っている城に住んでいたのは美しい王と王妃。2人は心から愛し合っていたにも関わらず、1年と経たないうちに幸福は絶望へと変わり果てることになるのです... という「王妃、小人、土牢」。そしてエドマンド・ムーラッシュという画家の遺した絵画の解説から、エドマンドとその妹・エリザベス、エドマンドの友人・ウィリアムとその妹・ソフィアの4人の関係が見えてくる「展覧会のカタログ」の3編。

「J・フランクリン・ペインの小さな王国」のJ・フランクリン・ペインは、ミルハウザーがよく描く職人タイプの人間。1920年、まだディズニーのミッキーマウスも出てきていない、アニメーションのごくごく初期の時代。セル画を使えば相当楽になると分かってはいても、細部にまで拘って自分で描かずにはいられないフランクリンの姿は、まさしく「アウグスト・エッシェンブルク」タイプ。
そしてあとの2作は、小さなエピソードを積み重ねていくタイプの作品。「王妃、小人、土牢」は、それぞれ表題がついたエピソードがいくつも積み重なることによって、王と王妃、辺境伯、小人の4人の物語が展開していきます。「展覧会のカタログ」も、画家の遺した絵1枚1枚に書かれた解説を読んでいくに従って、4人の人間の変化し緊迫してゆく関係が見えてくる作品。

でも最初はそんな外見的な形式の違いに目が行ってしまってたんですけど、考えてみたら「J・フランクリン・ペインの小さな王国」は、フランクリンが自ら小さなエピソード積み重ねてるようなものだし... それにアニメーションというのは、観客がそこで繰り広げられる物語を眺めるというもの。「王妃、小人、土牢」で、川向こうのお城のお話がどんなに酷い展開をみせたとしても、川のこちら側の町の住人にとっては「昔々」のお話に過ぎないというのと同じなんですよね。展覧会のカタログだってそう。3つの作品はそれぞれに共通するものを持ってたのね。「探偵ゲーム」の現実の世界とゲームの中の世界のように、外の世界と中の世界と。

3編とも本当にミルハウザーらしい作品でした。幻想的という意味では今まで読んだ2冊の方が好きだったけど、この本もなかなか良かったです。この3作の中では「王妃、小人、土牢」が一番好きだな。これが一番境界線があやふやだからかな。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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町の中心にあるバーナム博物館は、様々な様式が混在している上、非常に複雑な構造。そしてその中には、ありとあらゆる不思議な物が詰まっているのです... という表題作「バーナム博物館」他、全10編の短編集。

まるで表題作となっている「バーナム博物館」そのままのような本でした! 10編の短編が、まるでバーナム博物館のそれぞれの展示室のような感じ。細密画のようにみっしりと描きこまれたそれぞれの物語が濃厚な空気を発散していて、読者を「自然な世界から怪奇・幻想の誤った世界へ」と誘います。しかも、ふと異世界に踏み込んでしまえば、もう二度と元の世界に戻れなくなりそうな危機感もたっぷり。でも博物館の中をいくら歩いて回ってもその全貌はなかなか掴めないように、この短編集をいくら読んでも、ミルハウザーという作家の全貌はなかなか見えて来ないのかも。博物館の中を歩くたびに新たな部屋や展示物が見つかるように、本を開くたびに新たな発見がありそうです。
私が特に気に入ったのは表題作の「バーナム博物館」と「探偵ゲーム」かな。「バーナム博物館」は「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中の「東方の国」のような雰囲気で、説明だけといえば説明だけなんですが... それぞれの部屋や展示物を想像しているだけでも素敵。そして「探偵ゲーム」は、3人きょうだいの末っ子のデイヴィッドの誕生日に、久々に兄のジェイコブと姉のマリアンが家に戻ってくるんですが、ジェイコブは大遅刻をした上、何の予告もなく恋人を連れて来るんですね。で、4人で探偵ゲームというボードゲームをするんだけど... という物語。それぞれの人物のモノローグが積み重なっていく形式なんですが、ゲームの参加者1人1人だけでなく、ゲームの盤上の駒として動いている人物たちのモノローグも入って、それぞれの思いや腹の探り合いが渾然一体。どちらが現実なのか分からなくなりそうなほど緊迫感たっぷり。
シンドバッドの架空の8番目の航海を物語りながら、時折「千夜一夜物語」がヨーロッパに広まった経緯などの考察が挟み込まれる「シンドバッド第八の航海」や、「不思議の国のアリス」の冒頭のアリスが落ちるシーンだけを描きこんだ「アリスは落ちながら」も楽しかったし、「千夜一夜物語」や「不思議の国のアリス」を読み返したくなっちゃう。そして最後は、映画化もされた「幻影師、アイゼンハイム」。「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中の「アウグスト・エッシェンブルク」タイプの作品。やっぱりこれが一番ミルハウザーらしい作品なのかもしれないなー。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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アウグストの父は時計職人で、彼が覚えている一番古い情景は、父親が懐中時計の裏蓋をあけて、歯車が重なり合って神秘的に動いている情景。時計や歯車のことを習い始めたアウグストは、12歳の時に見た動く絵を自分でも作り、14歳の時には自動人形を作り始めます。そして18歳になったアウグストは、大手百貨店を経営するプライゼンタンツに誘われて、ベルリンで自動人形を作る仕事に取り組むことに... という「アウグウト・エッシェンブルク」他、全7編。

スティーヴン・ミルハウザーの本を読むのは初めて。これは森山さんにオススメいただいた本です。この本に収められた「東方の国」が私好みじゃないかとのことだったんで早速探してみたら... いや、もうほんと好みでした! 森山さん、私の好みがよく分かってらっしゃるわー。
この本は3部構成になっていて、第1部には上にあらすじを書いた中編「アウグスト・エッシェンブルク」が、2部と3部は短編が3作ずつ収められてます。第2部の3作に関しては、雰囲気ががらっと変わってしまって驚いたんですけど、これは訳者あとがきによると「ミルハウザーとしては比較的珍しいタイプの作品」とのことなので、まあいいとして。(これも決して悪くはないんですが)1部と3部はほんと良かったです。特に「アウグスト・エッシェンブルク」と、最後の「東方の国」。素晴らしい。
「アウグスト・エッシェンブルク」は、なぜかとても懐かしく感じられる物語。かつて好きだった物や憧れていた場所、既に忘れかけていた懐かしい情景を集めてきて物語の形にしたら、こんな感じになるのでしょうか。これは19世紀後半のドイツを舞台に、天才的な自動人形の作り手・アウグスト・エッシェンブルクを描く物語。12歳のアウグストがまず動く絵に、14歳で自動人形に魅せられる場面の懐かしい空気ったら。アウグストの作る自動人形が百貨店のウィンドウに置かれている場面のどれも素晴らしいことったら。当時のヨーロッパの文化の持つ濃厚な美しさや豊かさが伝わって来るようです。そして後にアウグストの作り上げる自動人形の舞台の美しく哀しいことったら。もう胸をぎゅーっと鷲掴みにされ続けてました。この物語自体が、アウグストの自動人形の舞台を見ているような作品。きっとミルハウザー自身が、アウグストのような職人的な作家なのでしょうね。
そして最後の「東方の国」は、まるでイタロ・カルヴィーノの「見えない都市」のような幻想的な物語。最初に本を手にした時にこの「東方の国」を開いたら、もう目が釘付けになってしまって... 見た途端に好きだと分かるのもすごいなあと思うんですが、その予感通りの作品でした。こういうの、ほんと好き!

あわせてオススメされた「バーナム博物館」も読まなくちゃ。それにしても白水uブックスってほんと外れがないなあ。少しずつ読んでいこうっと。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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マロセーヌは、デパートの商品の品質管理係。しかしその実態は苦情処理のためのスケープゴート。怒った客がデパートに怒鳴り込むたびに「お客様ご要望コーナー」に呼び出され、客の前で上司にこっぴどく叱られるのが仕事。マロセーヌは反省して嘆き悲しみ、上司はマロセーヌに弁償するように命じたり首を言い渡します。そして尚もくどくど怒り続けていると、客の態度が一変するのです。客たちは一様にマロセーヌに同情して、逆にマロセーヌが首にならないように上司に喰ってかかり、訴えを引っ込めることになり、結果的にデパートは賠償金を払わずに済むという仕組み。そんなある日、マロセーヌの目の前で爆弾事件が起こります。その爆弾事件は2度3度と続き、そのたびに死人が出ることに。そしてなぜか常に現場近くにいるマロセーヌが疑われることになるのですが... という「人喰い鬼のお愉しみ」と、その続編「カービン銃の妖精」。

以前「人喰い鬼のお愉しみ」を読んで、続きを読もうと思ってそのままになってたんですけど、つなさんが読んでらしたのを見て思い出しました。でも前回読んだのは、もう4年も前のこと。人間関係もかなり忘れちゃったし、これは一度復習しておかないといけないなあーと、「カービン銃の妖精」を読むついでに「人喰い鬼のお愉しみ」も再読しておくことに。
いやあ、面白かった。もう前回の苦労が何だったのか全然思い出せないぐらい堪能しました。そうか、こんなに楽しい作品だったのか。やっぱり人間関係が掴めてると、物語そのものに集中できますね。前回は大変だったんですよー。「マロセーヌ」と聞くと女の子の名前かなって思うのに男の人だし、しかもこの「マロセーヌ」というのは苗字! 後で出てくる「バン」とか「バンジャマン」というのが彼のファーストネーム。マロセーヌが苗字だと分からないのは日本人の私には仕方ないとしても、それが「バン」や「バンジャマン」と同じ人間だと分かるまでにも随分かかったし...。しかも彼には父親の違う弟や妹が5人もいて、お母さんは何度目かの駆け落ち中。その辺りの説明もさらっとしてるんですよね。もうほんと読みづらいったら。饒舌すぎるほど饒舌な作品なのに、なんで肝心のその辺りの説明は饒舌じゃないのかしら?(笑)
あーでもこの饒舌ぶり、ニコルソン・ベイカーの「中二階」(感想)に通じるものがあるかもー。なんて思いつつ...。

この家族構成だけでも只者じゃないって感じですが、登場人物がまた1人残らず個性的だし、とにかくユニーク。妙に後を引く面白さがあります。ちょっと説明しづらいんですけどね。読んでるうちにミステリだということをすっかり忘れてしまってましたが、一応ミステリ作品でもあります。そして「カービン銃の妖精」では訳者さんが代わるんですけど、全然違和感がないどころか、さらにパワーアップ。あと2冊出てるし、続きも読むぞ!(白水Uブックス・白水社)


+シリーズ既刊の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ペナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ペナック
「散文売りの少女」ダニエル・ペナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック

+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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漢の大帝国の路から路へさすらいの旅を続けていた老画家汪佛(わんふお)とその弟子の玲は、ある時漢の皇帝の兵士たちに捕らえられ、王宮へと向かうことになるのですが... という「老絵師の行方」他、全9編の短編集。

これもナタリア・ギンズブルグ「ある家族の会話」(感想)と同様に、須賀敦子さんの本を読んで興味を持った本です。
どことなく東洋の香りが漂う短編集。実際に、漢時代の中国を舞台にした「老絵師の行方」や源氏物語を題材に取った「源氏の君の最後の恋」、インドを舞台にした「斬首されたカーリ女神」のように、誰が見ても「東方」だという場所を舞台にした話もあるんですが、バルカン半島もフランス人(ベルギー人?)のユルスナールにとっては「東方」だったのかな... 同じバルカン半島でも、トルコなら分かるんですけど、ギリシャや他の国の話も「東方」に入れられていたのが、ちょっとびっくりでした。でもギリシャはギリシャでも、遥か昔のギリシャ神話の物語に題材を取っていたり、チューリップというトルコ原産の花が重要なモチーフになってたりするせいか、一貫して感じるのはやっぱり「東方」の幻想的な異国情緒でした。民話などに題材を取ってる作品が多いので、独創性という意味ではそれほど発揮されていないのかもしれませんが、どれを読んでもとにかく美しい! 思わず息を呑むような美しい情景が広がります。その中でも特に好きだったのは、上にもあらすじをちらっと書いた「老絵師の行方」。小泉八雲の「果心居士」とかなり共通しているようだし、私自身何かの中国物の本でも読んだことがあるような話なんですが、そちらはそれほど美しくなかったですよぅ。いやあ、これはすごいな。これはユルスナールだけじゃなくて、訳者の多田智満子さんもすごいのだろうけど。
あと驚いたのは、「源氏の君の最後の恋」ですね。まさかこんなところで源氏物語を読むことになるとは...。「訳者として困ったのは、さすがのユルスナールの博識をもってしても日本の固有名詞や官職名にいささか不適切なものがあることで、読者の興をそがぬために、適当に修正したり省略したりしたところもあるが」と解題にあった通り、この作品を訳すには多田智満子さんも結構苦労されたようです。ユルスナール版の「雲隠」、とても興味深い1篇となっていました。私としてはちょっと受け入れがたいものがあったのだけど...。(白水uブックス)


+既読のマルグリット・ユルスナール作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール
「ハドリアヌス帝の回想」マルグリット・ユルスナール

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トリノ大学の医学部教授だったユダヤ系イタリア人・ジュゼッベ・レーヴィと、ミラノ生まれの母リディアの間に、5人きょうだいの末っ子として生まれたナタリア・ギンズブルグ。ムッソリーニの台頭と共に反ファシスト運動に一家全体で巻き込まれ、そのリーダーだったレオーネ・ギンズブルグと結婚、しかし後にその夫をドイツ軍によって殺されることになった、イタリアを代表する女流作家の自伝的作品。

今年の読書1作目は、イタリア文学から。須賀敦子さんの本を読んでいたら、無性に読みたくなった本なんですが、やっぱり面白かった!
前書きにも、何一つフィクションはないと書いてある通りの自伝的な作品... というか、言ってしまえばナタリア・ギンズブルグの家族の話なんです。ごく普通の家族の話なら、まあ面白い話も1つ2つあるでしょうけど、それほどのものではなさそうなところなんですが、これが面白いんですねえ。行儀作法に厳しくて短気で、自分の嗜好を絶対だと信じていて、山やスキーなど自分が好きなものを家族にも強要する父。一見ものすごく横暴なんですけど、どこかピントがずれててなんだか可笑しい人。そして買い物が好きで楽天的で、いつまでも少女のような母。きょうだいは兄が3人に姉が1人で、父譲りで唯一山が好きになった長男のジーノ、文学者肌で常にお洒落なマリオ、母と姉妹のように仲の良い美しいパオラ、まるで勉強しなかったのに、立派な医者になって家族を驚かせるアルベルト、そしてナタリア。1つの家族の話が淡々と描かれてるだけなんですが、その家族の歴史とムッソリーニのファシズムの時代、そして第二次世界大戦の時代が重なることによって、思わぬ重さを見せることになります。ナタリアの家族も反ファシズムの運動家として警察に追われたり、実際に投獄されたり、彼女の夫となるレオーネ・ギンズブルグに至っては獄死してしまうわけなんですが、ことさらに悲壮感があるわけでもなく、家族の絆の強さを強調しているわけでもなく、ましてやファシズムを攻撃することも全くないんです。あくまでも淡々と描かれていきます。でも、すごく雄弁に伝わってくるものがありました。
ただ、肝心なナタリアのことについては、最低限しか触れられてないのが残念。自分のことはあまり書きたくないにしても、もうちょっと、ねえ、という感じ。レオーネ・ギンズブルグと結婚した後のことについては、もちろん触れられてるんですけど、少女時代のナタリアについてもうちょっと読みたかったなあ。(白水uブックス)


+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

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1時少し前、黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、CVSファーマシーの白い小さな紙袋を手に、会社の入っているビルのロビーに入った「私」。エスカレーターで中二階にあがると、そこにオフィスがあるのです...

岸本佐知子さんの「気になる部分」(感想) を読んだ時から気になってたんですけど、ようやく読めました! 一読して思ったのは、この作品の(というより、ニコルソン・ベイカーの作品の?)翻訳を岸本佐知子さんに依頼した人はエライ!!ということ。ニコルソン・ベイカーの作品はこれが初めてなんですけど、びっくりしました。岸本さんのように一面のお花畑が火の海になってしまうことこそないんですが(笑)、この方の思考回路も相当念が入ってるんでしょうねえ。いや、すごいです。岸本さんは、まさに適材適所ですね。

ある会社員の靴紐がお昼前に切れて、彼は昼休みに新しい靴紐を買ってくるんです。実際にここに書かれているのは、その彼がオフィスビルに入ってきたところから、エスカレーターを降りるところまで。出来事としては、ぜーんぜん何も起きないんです。ひたすら彼がオフィスに向かう途中で頭の中でめぐらしていた考え事を書き綴っていくだけ。エスカレーターの美しさから、回転する物体の縁に当たる光の美しさを思い、自分の左手にある紙袋の中身を思い出そうとしながら、その日の昼食に半パイント入りの牛乳を買った時の店員の女の子とのやりとりを思い出し、「ストローはお使いになります?」と聞かれたことから、かつての紙ストローからプラスチック・ストローへの変換と"浮かぶストロー時代"の幕開け、その後の大手ファーストフードチェーン店のストローに関する対応へと思考は飛び、さらに様々な事柄へ...。両足の靴紐が同時期に切れるのはなぜなのか、自分の人生における8つの大きな進歩について、ミシン目に対する熱烈な賛美。どんなに瑣末な思考も疎かにされることなく滑らかに発展し続けますし、その発展した思考が新たな思考を呼んで、それぞれに詳細な注釈を呼んで、その注釈は本のページから溢れ出しちゃう。ありふれてるはずの日常のほんの数分間が、日常のありふれた瑣末なことに関する思考で、再現なく豊かに膨らんでいくんですよね。いや、もう、こんな作品を読んだのは初めて! いやー、ほんと変な話でした。でも面白かった。(笑)(白水uブックス)


+既読のニコルソン・ベイカー作品の感想+
「中二階」ニコルソン・ベイカー
「ノリーのおわらない物語」ニコルソン・ベイカー

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The Light of the Worldのnyuさんのところで記事を拝見して(コチラ)、「ジョン王という手もあったか!」と手に取った本。
先日の「アイヴァンホー」以来、いくつかロビン・フッド関連作品を読んだんですが、元々ロビン・フッド物ってあんまりないんですよね。...いや、まさかシェイクスピアにロビン・フッドが登場するはずもないというのはよく分かってるんですが。(笑)
ジョン王といえば、マグナカルタ(大憲章)を認めたヒト。フランスにあったイギリスの領土を失ったことから欠地王とも呼ばれ、イギリスでは最低最悪の君主とされてるヒト。ロビン・フッド物でも徹底して悪役にされてます。でも兄のリチャード一世が十字軍遠征のために税金を絞り取った後なので(その後囚われて、そっちの身代金も莫大だった)、タイミングが悪かったとも言えそう。そんなジョン王が主役になるとどんな話になるんだろう? と思ったのでありました。
...対照的に評判の良いリチャード1世は、獅子心王と呼ばれてる人ですけど、今まで読んだ限り、結構単純な戦争馬鹿に描かれてることも多いです... きっと脳みそが筋肉でできてるタイプだったんでしょう。でも面倒見の良い先輩タイプで、人々に愛されたのかも。(笑)

話が始まるのは、既にジョンが王になった後。リチャード1世の後を継ぐはずだった甥のアーサーを差し置いてジョンが王位についたため、フランスのフィリップ王から、アーサーの権利を認めろという使者が来るんです。(その時アーサーはフランスにいた) それをジョン王が追い返して、フランスに大軍を進めるところから話が始まります。

一読して、随分単純に分かりやすくまとめたなあという印象の作品でした。まあ、私は元々シェイクスピアのことを、それほどオリジナリティのあるヒトとは思ってないのですが(ほとんどの作品に元ネタがあるわけですし)、きっとどこかに光るものがあって名を残したんだろうと思うわけで... この作品では、私生児フィリップ(サー・リチャード)が面白かったです。話し方が野卑すぎて浮いてるんですけど(しかもこれで獅子心王と話しぶりがそっくりって)、この役を舞台で演じる役者さんは、他の役者さんを食ってしまえそうです。そういう意味で、ちょっと舞台を見てみたくなるような作品ですね。...シェイクスピアが書いたのはあくまでも戯曲なんだから、本を読んでるだけじゃダメなんですよね、きっと。舞台でこそ本領発揮するんでしょう。(だから舞台を観たことのない私には、その真価は分からないのかも)

結果的にはマグナ・カルタも登場しないし... いえ、登場しないというのは既に聞いて知ってたんですが、なんでシェイクスピアはこのことを書かなかったのかな? すぐに破棄されたようなものだから重要ではないと考えた? それとも単に忘れていた?(笑)
この作品で貴族たちがジョンに離反したのは、マグナ・カルタのせいではなくて、ジョンがアーサーを殺したという噂が流れたからでした。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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トルコ人との戦争で砲火を浴びて真っ二つになってしまったメダルド子爵。生き残った右半身は故郷に帰還するのですが、その右半身は完全な「悪」だったのです... という「まっぷたつの子爵」と、12歳の時に昼食に出たかたつむり料理を拒否して木に登り、それ以来樹上で暮らし続けたコジモの物語「木のぼり男爵」。

以前「不在の騎士」を読んだ時に奇妙な世界の片隅でのkazuouさんにお勧め頂いていた本。その3冊で歴史小説3部作とされているんですが、話としては全然関連がなくて、それぞれに独立しています。
いやあ、どちらも面白かった。「まっぷたつの子爵」は寓話だし、「木のぼり男爵」はもう少し現実的な話(?)ながらも色々とメッセージが含まれているんですが、それ以前に物語として面白かった。特に気に入ったのは「まっぷたつの子爵」。これは表紙を見て分かる通り児童書なんですけど、いや、すごいですね。真っ二つになってしまった子爵の身体は、完全な「善」と「悪」に分かれちゃう。普通に考えれば「善」の方が良いもののはずなのに、完璧な「善」は実は「悪」より遥かに始末が悪かった、というのがスバラシイ。まあ、結局のところ、完全な存在ではあり得ない人間にとっては、善悪のバランスが取れた人間の方が理解しやすいですしね... それに「悪」に対しては立ち向かって行こうという意欲が湧くかもしれないけど、完全な「善」を前にしたら、いたたまれなくなっちゃうものなのかもしれないな... 中でも、「善」のために気晴らしができなくなって、自分たちの病気を直視せざるを得なくなった癩病患者の姿がとても印象的でした。
「木のぼり男爵」も面白かったです。現代インドの作家・キラン・デサイの「グアヴァ園は大騒ぎ」では、主人公は木に登ったきりほとんど何もしようとせず、家族によって聖人として売り出されてしまうんですけど、こちらのコジモは実に行動的。木がある限り、枝から枝へとどこへでも行っちゃう。樹上にいても読書もできれば盗賊と友達となれるし、海賊と戦うこともできるし、恋愛すらできちゃうんですよね。ヴォルテールやナポレオンが登場したのにはびっくり。そしてアンドレイは、「戦争と平和」のアンドレイだったんですね。ただ、こちらは少し長かったかな。もう少し短くまとまっていても良かったような気がします。(晶文社・白水uブックス)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイ。第23回たらいまわし企画「笑う門には福来たる! "笑"の文学」で、空猫の図書室の空猫さんと(記事)、コウカイニッシ。のあさこさんが挙げてらした本です。(記事

帯の「抱腹絶倒」の言葉に納得のエッセイ集。岸本さんの思考回路、面白すぎ! 小学校の算数のテストの時、「ある人が、くだもの屋さんで20円のリンゴを7こ買おうとしたら、10円たりませんでした。その人はいくら持っていたでしょうか」という問題を読めば、その"ある人"のことが気の毒になり始めて、どうかすると同情が淡い恋心に変わってしまい、思いを馳せているうちに、テスト終了になってしまっていたという岸本さん。ごく普通だったはずの話が、気づけばすっかりシュールになってます。流行のポジティブ・シンキングをやってみようと、寝る前に布団の中で美しいを思い浮かべるものの、最後には必ず目を覆うばかりの地獄絵図と成り果ててしまったりとか... なぜ一面の菜の花畑に河童が出てくるんですか! しかもその河童一匹のために一面が火の海になってしまうとは...!
という私が一番最初に笑ったのは、本文2ページ目に載ってた、茶碗蒸しのつくり方に関する穴埋め問題。「...このとき、醤油を入れすぎると( )が悪くなってしまいます」 私が笑った回答は、岸本さんご自身の回答ではなかったんですが。 (笑)

ただ、翻訳家さんのエッセイということで、もっと本や仕事にまつわるエピソードを読めるのを期待してたのに、そういった部分はあんまりなくて、それが少し残念でした。全部で4章に分かれてるんですけど、そういった話は最後の章だけなんですもん。もっと今の仕事にまつわる面白い話、読んだ本の話などを読みたかったなー。岸本さんの翻訳された本は読んだことがないんですが、なんだか不思議な雰囲気の作品のようで、そちらもちょっと気になります。(白水uブックス)


+既読の岸本佐知子作品の感想+
「気になる部分」岸本佐知子
「ねにもつタイプ」岸本佐知子

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これは前回のたらいまわし企画「旅の文学」で、肩までまったり。のne_sanさんが紹介されていた本。「暑苦しい真夏の夜に読むのには、一押しの一冊です」「夏に向けて、「積読熟成」なさるなら、この春がチャンス!」とのことだったんですが、熟成を待ちきれずに、読んでしまいました。(笑) このアントニオ・タブッキというのは、現代イタリア文学を代表する鬼才の1人なのだそう。...と書いてるワタシは、名前を聞いたこともなかったのですが...(^^;
内容は、失踪した友人を探してインドの各地を旅する男の物語。でも手がかりがあまりに少なくて、主人公は細い糸を辿るように色々な場所を訪れて、様々な人に話を聞くことになります。場末の娼婦に「彼は病気だった」と聞けば病院を訪ね、そこにも何も手がかりがないと知ると、医者がふと名前を出したホテルに泊まりに行き... と、確実に足取りを辿っているわけじゃないんですが、細い糸を手繰り寄せるように訪ねまわる主人公。でもそうやって訪ね歩いているうちに、なんだかまるで合わせ鏡の中に入り込んでしまったような感覚なんです。...そして最後にその鏡に映ったものは...? (鏡というのは私が連想しただけで、作中には登場しません) インドを辿る旅でありながら、自分自身の内面の旅でもあるんですね。とても幻想的。ごく短い作品なんですけど、とても不思議な感覚で、これはクセになりそうです。もうちょっと何回か読み返してみようっと。
上のAmazonのリンクは単行本版。表紙の画像が出てこなかったのですが、もっとお手頃な新書版はコチラ。私が読んだのもそっちです。(白水uブックス)

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先日行った花園大学公開講座「ミステリーの魅力」で、近藤史恵さんが海外ミステリ入門編として薦められてた本。近藤史恵さん大好きだし、すっごくキャラ立ちしててフランスでもブレイク中のシリーズということで、とても読みたかった本。
でも... いえ、キャラ立ちは凄いのです、確かに。これでもかこれでもかと個性的な人物が登場。ストーリーはユーモアたっぷりで、テンポも良くて面白い。でもね、読んでても人間関係がなかなか分からないんですよー。その辺りの説明が極めてあっさりしているので、「えっ、これは誰? どういう関係?!」の繰り返し。独身で、たんまりいる弟妹と一緒に暮らしているという主人公の家庭環境を飲み込むだけで、凄く時間がかかってしまいました...。「人間関係が全然ワカラナイー。でもなんだか面白いー」状態。結局なんとか理解したのは、後半に入ってからでしょうか... いえ、一旦分かってしまえば、全然なんてことないんですけどね。でも、こんなに掴みにくくて、それでも面白かったっていう作品も珍しいです、ほんと。やっぱりフランスの作品... だからなのでしょうか...?(笑)
これで人間関係は掴めたから、シリーズ次作はずっと楽しく読めると思います。なんかね、後を引くんですよね、この感じ。うーん、やっぱり面白かったんだな。不思議だなあ)(白水社)


+シリーズ既刊の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ペナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ペナック
「散文売りの少女」ダニエル・ペナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック

+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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